おいしさの評価が分かれるのは、なぜなのか。女子栄養大学の西村敏英教授は「人間は食べ慣れたものをおいしいと感じる。過去に食べたことがなければ評価基準がないので、正しく評価できていない可能性がある」という――。(第1回)

※本稿は、西村敏英『おいしさの9割はこれで決まる!』(女子栄養大学出版部)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

■評価の高い店なのに“おいしくない”と感じる理由

皆さん、友だちとレストランに行って同じメニューを頼んだとき、その食べ物のおいしさの評価が違っていたことはないですか?

また、グルメ雑誌で紹介されていた行列のできるラーメン店に足を運んだときに、わくわくした気持ちで長時間並んで食べたラーメンがおいしくなかったという経験はないでしょうか。

おいしさを決める要因は、「口に入れる前に感じる香りや色」、「口に入れたときに感じる味、香り、食感」などたくさんあります。

同じ食べ物を食べれば、食べた人全員が同じ刺激を口腔(こうくう)内や鼻腔(びくう)で受けるので、おいしさに関しては同じ評価になるはずです。しかし、実際には、食べる人によっておいしさの評価が違っています。

「旨い」や「おいしい」の評価は、食べ物の素材によって決まる客観的な要因に加えて、食習慣、食文化、価値観などの個人によって異なる要因が最終的な判断にかかわっているのです。

食習慣や食文化による要因は、離乳後の食生活の影響を受けます。乳幼児からの食生活や味つけは、家庭によって違います。

したがって、私たちは小さいころ経験してきた食生活により、知らず知らずのうちに、食べ物のおいしさを学習しており、自分がおいしいと感じる評価基準(ものさし)が作られていくのです。

■「おふくろの味」はなぜおいしいのか

みそ汁などで、「おふくろの味はおいしい」という表現が使われますが、これは小さいころから食べ慣れてきた塩加減や風味づけなどを最もおいしいと感じることを意味しています。

また、高級食材を使用した料理を食べたことがなければ、その料理に対するものさしがないので、正しい評価ができない可能性があります。

ある大学の教授が大学生を対象に、高価なようかんとスーパーで購入した安価なようかんの食べ比べをして、「おいしいようかんを選ぶ」という実験を行ないました。

多くの学生は「安価なようかん」のほうを選びました。これは、ふだんから食べ慣れている安価なようかんのほうが「おいしい」と判断したからです。

食べ物のおいしさを決めている味も、学習によって区別できるようになります。

中学2年生を対象に五基本味を識別できるかどうかを調べた研究では、酸味の正解率のみが81%と高い割合を示しましたが、甘味は51%、苦味とうま味は39%、塩味では34%しか正解できませんでした(図表1)。

中学生の6割超は「塩味」が識別できなかった 「中学生の五基本味の識別正解者の割合」

酸味と甘味の識別率はいずれも5歳児と同程度、塩味は5歳児より低い正解率でした。

大学生になっても、うま味の識別はむずかしいことがわかっています。これは、日ごろから、五基本味を学習するチャンスがないからです。味の基準もふだんの食生活で意識して学習しないと正しい評価基準は確立できません。

子どもには小さいころからいろいろなものを食べさせて、食べ物のおいしさを評価できる評価基準を作ってあげてください。それが、好き嫌いをしないことにもつながります。

■「おいしさ」は機械で測れるのか

皆さん、食べ物のおいしさを機械で測ることはできると思いますか? おいしさを決める要因の中で、食べ物の味を測定する味覚センサーや、香りを測定する嗅覚(きゅうかく)センサーが開発されています。

味覚センサーは食べ物から抽出された味物質を含む溶液を用いて、五基本味の強さを測定する分析機器です。センサーは、舌の味刺激を受ける部分を模倣した脂質膜でできており、味物質がセンサーの脂質膜に結合すると電位の違いが発生して、味の刺激の強さを測定できます。

センサーには、脂質膜の違いにより、苦味、甘味、うま味、塩味、酸味の五基本味と渋みの6種類があります(図表2)。

「味覚センサーの応答原理」

近ごろは、このセンサーでコクの要素である「味刺激の持続性」を測定できるとされており、さまざまな場面で利用されています。嗅覚センサーは、ゴミの不快臭の強度を測定する分析機器として実用化されています。

しかし、食べ物のおいしさを評価する場合には、1つの食品に1000種類ほど存在する香り物質の識別と、官能特性との関連づけが必要なので、人の官能特性を反映できるセンサーの開発はむずかしく、いまだに実現していません。

■味覚センサーで「ビール」の違いがわかる

おいしさを決定する重要な要因には、味以外にも香りがあります。

食べ物を食べたとき、脳では味覚と嗅覚の刺激が相互作用し、統合された感覚として最終的に認知されます。そして、これまでの食経験で作られている評価基準(おいしさのものさし)と比べられ、食べ物のおいしさの程度を判定しています。

したがって、味覚センサーや嗅覚センサーが、味や香りの強さをそれぞれ客観的に測定できたとしても、人が判断するおいしさの評価をすることは、現段階ではできないと考えられています。

しかし、これらのセンサーは、食品開発の現場ではおおいに役立っています。

食べ物から抽出された味物質や放出される香り物質の種類や量を測定できるため、同じ食品に関するメーカーによる違いを示したり、あるいは食品製造において、いつも同じ基準の製品が作られているかをチェックしたりする品質管理の現場で利用されています。

たとえば、味覚センサーはビールや水の味の比較に利用され、銘柄の異なるビールやミネラルウォーターの違いを区別できることも示されています(図表3)。

“推しのビール”が見つかる? 「ビールのテイストマップ」

このように、センサーは世の中で食品開発や品質管理の現場で大活躍していますが、人がおいしさを評価する官能評価にはまだまだ及びません。皆さんは、食べ物のおいしさをセンサーの評価に頼らず、自分の五感で判断してくださいね。

■「うま味」と「旨味」は違うもの

日本人の多くは、「うま味」と「旨み(旨味)」の言葉の使い方をまちがえています。うま味と旨みは、同音異義語です。同音異義語とは、発音が同じで意味が異なる2つ以上の単語のことです。

たとえば、「性格と正確」、「医師と意志」、「柿と牡蠣」、「伯父と叔父」、「魚介類と魚貝類」、「うま味と旨み(旨味)」などです。「魚介類」は水産動物の総称ですが、「魚貝類」は文字どおり魚類と貝類を指す言葉です。

うま味と旨みには、どのような意味の違いがあるのでしょうか。

「うま味」の表記は、甘味、酸味、苦味、塩味といった基本味の一つを指します。

一方、「旨み(旨味)」は食べ物がおいしいことを意味する言葉です。「旨い」の名詞形であり、うま味とはまったく異なる意味になってしまいます。

たとえば、肉のおいしさを表現する場合は、「肉は熟成するとうま味物質が増えて、旨みが増強されます」が正しいのです。うま味は、英語でも“Umami”。旨みは“Deliciousness”あるいは“Palatability”と表現されるため、英語圏の人たちが混同することはありません。

日本人だけが昔から区別せずに使ってきたために、混同しているのです。

■「うま味物質」を入れすぎると“おいしくない”ワケ

うま味は、1908年に東京帝国大学理学部の池田菊苗博士により、こんぶに含まれるグルタミン酸ナトリウムが示す味として世界で初めて見いだされました。

その後、うま味物質として、小玉新太郎博士により、カツオ節から「イノシン酸」が、國中明博士により、干ししいたけから「グアニル酸」が発見されました。

また、グルタミン酸ナトリウムとイノシン酸やグアニル酸の組み合わせで、2つのうま味物質が存在すると、うま味の強度は相加的ではなく、相乗的に強められることが明らかにされ、現在の「うま味調味料」が開発されました。

調理するときに、調味料であるうま味物質を使うと料理がおいしくなるので、うま味と旨みは区別されずに使われていました。

しかし、2002年に人の舌上からうま味物質であるグルタミン酸ナトリウムのグルタミン酸と結合する「うま味受容体たんぱく質」が発見され、うま味物質によって認知できる「うま味」が、おいしさではなく、第5の基本味であると科学的に証明されたのです。

これにより、「うま味」と「旨み」は同音異義語になりました。

うま味物質は香りがないので、単独ではけっしておいしいとはいえません。うま味物質は塩や砂糖と同様、調味料です。

すまし汁にうま味物質を添加する場合、0.3%前後の濃度で添加するとすまし汁のおいしさ(旨み)が強くなりますが、0.9%以上の量を添加するとおいしさ(旨み)が急激に低下します(図表4)。

うま味物質の入れすぎで“おいしさ”が急減 「うま味物質(グルタミン酸ナトリウム)の添加量とおいしさ(旨み)との関係」

これは、塩を入れすぎると「しょっぱすぎる」、砂糖を入れすぎると「甘すぎる」ように、うま味物質を入れすぎると「旨すぎる」わけではなく、うま味だけが強くなって「うま味すぎる」状態となり、おいしくなくなるのです。

うま味物質は、食べ物に適量を添加することでおいしくなりますが、入れすぎると食べ物の味わいをだいなしにしてしまい、「旨み」は感じられなくなります。

■「うま味調味料は化学的な合成品」は誤り

皆さんは、家庭で料理するときに、うま味調味料を使っていますか。

食品に関する授業で、うま味調味料を使っているか否かの質問をすると、「うま味調味料は、化学的に合成されたものだから、使用しない」という誤った考えを持っている学生が多くいます。

また、うま味調味料は使用しないが、顆粒タイプの「和風だしのもと」のような風味調味料は使用していると答える学生がいます。うま味調味料は、どのようにして作られるのでしょうか。

うま味調味料は、アミノ酸系うま味物質のグルタミン酸ナトリウム(MSG)と、核酸系うま味物質のイノシン酸ナトリウム(IMP)/グアニル酸ナトリウム(GMP)の混合物からできています。

2種類以上の異なるうま味物質が混合されているのは、「うま味の相乗効果」を利用しているからです。MSG、IMP、GMPがそれぞれ単独で存在するよりも、MSGとIMP/GMP(IMPとGMPの混合物)が共存しているほうが、うま味物質の効果が強くなるのです。

MSGとIMP/GMPを1対1で混合すると、うま味物質の効果が最も強くなります。

ちなみに、MSGの製造コストはIMP/GMPよりも安価です。それぞれの味質を生かし、市販のうま味調味料では、MSGにIMP/GMPを1〜2.5%配合したものを低核酸系うま味調味料、6〜12%配合したものを高核酸系うま味調味料としています(図表5)。

商品例は、低核酸系うま味調味料が「味の素」(味の素株式会社)、高核酸系うま味調味料が「ハイミー」(味の素株式会社)や、「いの一番」(三菱商事ライフサイエンス株式会社)です。

「うま味調味料の配合」

■「うま味調味料」は“発酵”で作られたもの

MSGとIMP/GMPは、いずれも化学合成ではなく、発酵法で製造されています。発酵法は、ヨーグルトやみそなどの製造方法と同じで、微生物の力で製造する方法です。

さとうきびからとれた糖蜜(とうみつ)に、アミノ酸生産菌(Corynebacteriumglutamicum)を添加すると、この微生物が糖蜜中の糖を使って発酵液中に大量のグルタミン酸を作ってくれるのです。

酸性物質であるグルタミン酸を含む溶液を中性にすることでMSGになります(図表6)。また、IMP/GMPも同様の発酵法で製造されています。

さとうきびの糖蜜を発酵させてうま味調味料が作られるまで 「発酵法によるグルタミン酸ナトリウムの製造法」
西村敏英『おいしさの9割はこれで決まる!』(女子栄養大学出版部)

うま味調味料は香りがないので、単独ではけっしておいしいとはいえません。一方、風味調味料は、うま味調味料をベースとして作られているのですが、カツオ節などの香りが付与され、単独でもおいしく感じられます。

両方で使用されているうま味物質はまったく同じ発酵法で作られています。「風味調味料は天然物だけれども、うま味調味料は化学製品であり健康的ではない」という考えは、事実とは異なります。いずれの調味料も安全性にまったく問題はありません。

うま味調味料は、香り物質が添加されていないので、適量を使用することでほかの食材の風味をじゃませずに、素材の特徴的な風味の感じ方を強めることができます。適量を意識しながら日常の料理に利用してみてください。

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西村 敏英(にしむら・としひで)
女子栄養大学教授
東京大学農学部農芸化学科卒業、同大学院農学系研究科博士課程を修了。東京大学農学部助手、広島大学生物生産学部助教授、教授、同大学院生物圏科学研究科教授、日本獣医生命科学大学応用生命科学部教授を経て、2017年より現職。2015年より広島大学名誉教授。研究分野は「食肉と健康」、「食べ物とおいしさ」など。2010年に食べ物のおいしさの要因である「コク」を定義し、世界に発信するための研究活動を行なっている。
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(女子栄養大学教授 西村 敏英)