※2024年3月撮影

トップ画像は、「大宮八幡宮」の御神輿庫前の「源義家公お手植松跡」。

そこに立つ木札。内容は読めますね?

※2024年3月撮影

境内の北側、大正8年(1919年)に建立された「大宮八幡神社沿革碑」。奥に「北神門(赤門)」が見えます。

※2024年3月撮影

公爵徳川家達篆額(徳川家16代当主)と書かれています。記載内容は「53回」に見た杉並区教育委員会の「大宮八幡宮」案内の内容とほぼ同じです。

「北神門(赤門)」の手前に「力石」がならんでいます。

※2024年3月撮影

木札の記載は以下です。

「力石は、江戸時代の頃より、氏子や近村の若者達が当宮に集い力競べの神事をする為に奉納されるもので「担石(かつぎいし)」又は「磐持石(いわもちいし)」とも呼ばれています。この力石は明治・大正時代に奉納されたもので

現在重さ27貫(101キログラム)から最大50貫(187キログラム)までの力石14個があります。

杉並区教育委員会」

これが最も重い50貫(187kg)の力石。187kgもある石を担ぐことができたとは驚きです。

※2024年3月撮影

「北神門(赤門)」を出て境内を見ています。両側は工事中です。

※2024年3月撮影

「大宮八幡宮」の境内案内には次の様に記載されています。

「赤門(北神門)は元々正門で御鎮座九百年に現在の位置に移築されました。
今回、改修工事にあたり朱を塗り直す際、釘で書いたような209年前の「寛政七卯年 五月三日 中山□□ 中根□□」という書き込みが扉板より発見され、区の文化委員会の鑑定で江戸中期以前のものと認められました。」

「北神門(赤門)」の北に朱塗りの鳥居があります。

※2024年3月撮影

「大宮八幡社叢(おおみやはちまんしゃそう)」という東京都教育委員会の案内が正参道にありましたが、まさに社叢です。

※2024年3月撮影

案内板の内容は以下でした。

「東京都指定天然記念物 大宮八幡社叢

大宮八幡宮の参道や社殿を取り囲む社叢です。昭和8年10月に指定されたもので、指定当初は、マツ(クロマツと思われる)やスギの見事な社叢が見られたとされます。

現在は、ヒノキが最も多く、ヒノキは本殿裏の樹林地に集中しています。全体としてはクスノキやシラカシなどの常緑広葉樹、ソメイヨシノなどの落葉広葉樹の広葉樹の社叢へ変わってきています。しかし隣接する和田堀公園と一体となった樹林帯は貴重な空間となっています。

平成2年3月 建設 東京都教育委員会」

「和田堀公園」側です。

※2024年3月撮影

「善福寺川」に赤い橋が架かっています。

※2024年3月撮影

次回は、「和田堀公園」に行きます。

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などは京王電鉄さんの許可をいただいて撮影しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

※参照資料

・『京王ハンドブック2022』(京王電鉄株式会社広報部/2022)

・京王グループホームページ「京王電鉄50年史」他

下記の2冊は主に古い写真など「時代の空気感」を参考にいたしました

・『京王電鉄昭和〜平成の記録』(辻良樹/アルファベータブックス/2023)

・『京王線 井の頭線 街と駅の1世紀』(矢嶋秀一/アルファベータブックス/2016)