必要最低限の仕事しかしない「静かな退職」と呼ばれる若者が増えており、20、30代の3割を占めると言われている。人事ジャーナリストの溝上憲文さんが企業の人事担当者に「静かな退職」をする人の口癖と社内生態を取材した――。
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■若手の3割を占める必要最低限しか働かない「静かな退職」者の正体

必要最低限しか働かないことを「静かな退職」(Quiet Quitting)と呼ぶそうだ。自発的に仕事に取り組んでほしい会社にとっては何とも歯がゆい存在だが、実はそんな人が増えている。

「Great Place To Work® Institute Japan」は「静かな退職」を「仕事に全力投球するのを止め、必要最低限の業務をこなす働き方」と定義。2024年1月の調査によると、静かな退職を実施している人は34歳以下で30.7%に達している。

給料以上に稼いでほしい、仕事を通じて成長してほしいと願う会社から見れば「手抜き」感は否めないだろう。こういう人は若年層に限らない。

35〜44歳 27.8%
45〜54歳 23.1%
55〜59歳 18.3%

と、あらゆる世代に2割前後存在する。

この人たちは「退職するつもりはないが、昇進意欲もなく、積極的に仕事に意義を見いだせない人」でもある。率直に言えば、戦力以下の“働かない社員”“ぶらさがり社員”と見なされてもおかしくないだろう。

前出データでも触れたようにこうした働かない社員は若い世代ほど多く、当然、入社間もない新人にも少なくない。やる気に満ちているか思いきや、さにあらずなのだ。

「あっ、忘れていました。いつまでだっけ、先輩。私一人じゃ間に合いません。先輩手伝ってくれますかあ?」

消費財メーカーの営業職の主任は、2日前に仕事を依頼した入社1年目の新人女性からこう言われたという。

主任は「最近の新人は仕事を頼んでも忘れやすく、進捗確認をしょっちゅうしないと安心できない。本当にやる気があるのかと疑ってしまう」と嘆く。

本当に忘れっぽいのか、意図的なのかよくわからない。仕事に対する真剣さが感じられない点では共通すると語るのは住宅メーカーの総務課長だ。

「入社2年目の社員に『明日は大事なイベントがあるのでよろしく』と頼んだが、翌日の定時になっても出社しない。1時間過ぎた頃に『体調がすぐれないので休みます』と電話で連絡をしてきた。また、同じ2年目社員には課内の打ち合わせの最中に『トイレに行くので、ちょっと失礼します』という社員もいる。トイレで席を立つケースが多く、どうも面倒な仕事は回避したいという思いがあるのではないか」と語る。

■額に汗して働くのは嫌だけど、「安定した生活を送りたい」

こうした懸念は近年の新入社員の働く価値観とも関係があるかもしれない。ラーニングエージェンシーが実施した「新入社員意識調査」(23年4月1日〜4月11日、4428人)で「仕事を通じて成し遂げたいこと」を質問した。

最も多かった回答は「安定した生活を送りたい」であり、65.8%だった。続いて「自分を成長させたい」(57.8%)、「家族に恩返ししたい」(45.8%)という順番だった。

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安定した生活を送りたい、という新人の仕事への向き合い方について企業研修を手がける講師はこう指摘する。

「安定志向の新人は、昇進意欲に欠ける傾向があり、管理職や経営層のへのキャリアアップには関心が薄く、人との競争を好まない。一方、プライベートな時間を何よりも大切にし、仕事はほどほどに取り組む傾向がある」

残業をバリバリしなくてもいいから、せめて業務時間は力を存分に発揮してほしい。会社はそう願うが、彼らは仕事に割く体力を極力温存したい。それで、コスパよく働いてよいパフォーマンスを出せるなら、それでもいいかもしれないが、仕事内容が見合わないこともしばしば。「給料泥棒」と断罪されてもしかたない。

20代はいい働きを見せていたのに、30代で急降下する人もいる。30代は一人前のスキルを持ち、第一線での活躍が期待されている人たちだが、急にペースダウンしてしまうのだ。IT企業の人事担当者はこう嘆く。

「20代の頃は営業担当のSEとしてがんばっていたが、30代前半になって取引先の訪問がみるみる減少し、新規顧客の開拓にも熱心ではなくなった社員がいる。後輩の指導もおろそかになり、上司への報連相も雑になった」

もしかしたら仕事以外での悩みがあるかもしれないと上司の課長が心配し、面談したところ理由は違った。

「同期のライバルが係長に昇進したのがショックだったそうです。20代は一生懸命に仕事をしていた社員がライバルに抜かれて息切れしてしまうケースがあります。当社の課長の平均年齢は37〜38歳だが、35歳ぐらいで係長になっていない社員はほぼ課長になるのは難しい。同期で課長になるのは4割もいない。だから、そんなに落胆しなくてもいいのではないかと上司が説いてもあまり効果はなかったようだ」(人事担当者)

■人事が面談すれば一発で見分けられる「静かな退職者」の口癖

もしこのまま“働かない社員”状態が続けば、第一線から脱落するのは時間の問題だ。

昇進レースで最も厳しいのは銀行業界だ。銀行の人事担当者は「30歳前後で同期の半分が昇進競争から脱落していく。40歳前半に支店長や本店の課長になる時期にさらに半分が脱落する。脱落しても年下の上司に尽くし、それなりにがんばれば会社に残ることも可能だが、そうでなければ40代の早いうちから取引先の中小企業に飛ばされる」と語る。

30代で失速すると、昇進で後輩にも先を越され、40代以降になると本当の筋金入りの働かない社員になってしまう。前出のIT企業の人事担当者は50歳の万年係長が後輩にこう愚痴ったことを聞いている。

「僕らはこれからがんばっても評価がよくなったり、給料が上がるわけでもないしね。逆にこの前の賃金制度改革で減らされちゃったよ。上司の○○君からも『あまり無理しないでください』と言われているしね。仕事が少ないのは、それでいいじゃないかと思っているよ」

もちろん会社や上司のマネジメントの問題もあるが、こうなってしまうと“手抜き感情”が染みついてしまい、再び戦力化するのは容易ではない。

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今、大手企業の中には中高年社員の再戦力化に向けたキャリア開発研修を実施しているところも多い。

大手通信会社では中高年向けの「キャリアデザイン研修」と個別の「キャリア面談」を実施している。研修中は一人ひとりの言動を観察し、面談にも活用する。研修の最後には参加者全員に5年後、10年後にどうしたいかについて「キャリアビジョン」を書いてもらう。

面談時間はひとり30〜50分。自分はこうなりたいというビジョンを聞き、実現するための短期的目標などを設定するのが目的だ。面談は本人が書いたビジョンシートに基づいて行うが、日頃、前向きに働いている社員なのか、あるいは手抜きして定年まで逃げ切ろうとしているのか、面談すると一発でわかるという。

同社のキャリア開発担当者の実体験だ。

「最初に、この前の研修はどうでしたか、と聞く。『楽しかったです』と言う人は職場でもがんばっている人が多い。逆に『つらかったです』と言う人は『この人はあんまり仕事をしていないな』とわかる。つらかったと言う人にどんな仕事をしていきたいですかと聞いても、『後輩の指導です』とか『上司を補佐します』という決まり文句が多く、本音を言わない人が多い」

会社も働かない中高年を再起動させるために必死だが、中には尻を叩く側の管理職からも働く意欲が減速しているという話も聞く。

建設関連会社の人事担当者は「当社でも文書のペーパレスや業務のデジタル化を推進しているが、以前は若い人が多かった『異動希望』が管理職からも出るようになった。理由を聞くと『デジタル化についていけないので、違う部署に異動したい』と言う。そんな部署はないと突っぱねたが、新しい技術についていこうという気力を失っている人もいる」と語る。

50歳前後で前向きに働く意欲を失っていたとしても、60歳定年、65歳までの再雇用終了までにあと15年も働かなくてはいけない。

また、定年後再雇用になると、管理職も役職を外れ、一兵卒、しかも給与が半額程度に下がるのが一般的だ。

最近、取材先の人事担当者からよく聞くのは、「もう退職金ももらったし、定時に帰れるし、あんまり無理しないで給与に見合った働き方でよいだろう」という人が多いとの嘆きだ。

彼ら中高年の働かない人を放置すれば職場内での反発や軋轢も生まれ、生産性にも悪影響を与えると問題視する人事担当者が多い。さらに定年まで先が長い20、30代の3割を占める「静かな退職」者たちの将来は吉と出るか凶と出るか。年功から実力主義の風潮が強まる中で、「安定した生活」が保障されるとは思えない。

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)