『虎に翼』桂場の“甘党設定”が生み出す物語 松山ケンイチが担う“バランサー”の役割
法曹の世界が舞台の朝ドラ『虎に翼』(NHK総合)は、残すところあと3週。法律とは、現代社会を生きる私たちにとってなくてはならないもの。その礎を築き上げている人々の物語も、いよいよ目指すべきゴールが見えてきた。
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ここまでくるとヒロイン・寅子(伊藤沙莉)のみならず、登場人物のそれぞれに非常に大きな動きが生まれるというもの。そのひとりが裁判官の桂場等一郎だ。演じているのは松山ケンイチである。
この桂場とは、物語の序盤から登場し続けている人物だ。司法の独立を重んじる裁判官で、つねに渋面を浮かべ、寅子はもちろん、周囲の誰にも腹の内を明かさない堅物。いまもなお、私たちは彼のことを掴みきれないでいるのではないだろうか。
そんな桂場について確実に分かっているのは、寅子にとって法曹界の手強い先輩であり、気難しい性格の持ち主ではあるが、じつは彼女をいろいろと気にかけていること。そして、“甘党”であることだ。時代の移り変わりとともに法曹界における彼の立場も変わってきたが、このふたつに関してはいまも変わらない。第5代最高裁長官に就任し、司法の頂へと登り詰めてもなお、変わらないのである。
桂馬が“堅物”であることは、彼のキャラクターにおいて重要な設定だった。桂場の態度や言動は、ヒロイン・寅子の人生にさまざまな影響を与えてきたのだ。その過程をつぶさに私たち視聴者は見守ってきただろう。
しかし、彼が“甘党”であることもまた、“堅物”な性格であるのと同じくらいに重要な設定になっているように思える。そう、たんなるキャラクターの設定のひとつなどには収まっていないのだ。むしろいまの『虎に翼』の世界においては、物語を動かすほどの力(=機能)さえ持っているといえるはずである。
たとえば、桂場は甘いものを味わうため、甘味処「竹もと」をしばしば訪れている。いや、いち視聴者の肌感としては、「毎日かよっているのでは?」と思わずにはいられないほど。だから寅子は桂場に用があるときは、「竹もと」に行けばいい。頼みごとがあるときなどはなおさらだ。ここは彼にとって憩いの場。癒しの場。ここでの彼は職場で会うときよりもきっとマイルドだろう。
桂場が「竹もと」で甘味を堪能する様子が描かれるとき、それはつまり寅子たちの物語が前進するときだった。思い返してみれば寅子が法曹界に進むのが決まったのも、桂馬が「竹もと」で団子を頬張っているときだったではないか。
さらに彼の“甘党”の設定は、現在では新たなドラマを生み出していたりもする。
寅子の学生時代からの同志である竹原梅子(平岩紙)は「竹もと」の後継者になるべく、“この店の味”を生み出せるよう、修行に励んできた。そこで味の「検定」を行っていたのが桂場だ。彼が無言で首を左右に振るさまは、これまでにたびたび映し出されてきた。そうしてついに、第23週「始めは処女の如く、後は脱兎の如し?」の第115話にて、「合格」が出たわけだ。
梅子は家庭の問題で法曹界を歩むのを断念しなければならず、さらには夫の遺産相続をめぐって家を出ることとなった。それからは学生時代の同期の山田よね(土居志央梨)と轟太一(戸塚純貴)とともに暮らしながら、「竹もと」の味を継承するため奮闘してきたのだ。しかも、一人前の寿司職人となった道男(和田庵)とともに、寿司と甘味が楽しめる「笹竹」をはじめることになる。桂場というひとりのキャラクターの設定が、ここまで物語を発展させるとは……。脚本の妙に唸らずにはいられない。
桂場は“物語の序盤から登場し続けている人物”だと先述したが、これはつまり、演じる松山が放送初期の頃から本作を支えてきたということ。脚本の妙は、それを体現できる優れた演技者がいなければ成立しない。
桂場等一郎の“甘党”という設定は、あと3週の『虎に翼』にどのような作用をもたらすのだろうか。(文=折田侑駿)