麦芽を原料とするラガービールは、世界のビール市場の90%以上を占めています。しかし、生産に利用できる市販酵母の種類が少ないため、ラガービールの味や風味、香りの多様性は限られています。市販酵母の制約から解放されたまったく新しい風味のラガービールを作り出す試みとして、新しく発見されたビール酵母の交配実験が実施されています。

Wild Patagonian yeast improve the evolutionary potential of novel interspecific hybrid strains for lager brewing | PLOS Genetics

https://journals.plos.org/plosgenetics/article?id=10.1371/journal.pgen.1011154

We’ve unlocked exotic new beer flavours using genetics

https://theconversation.com/weve-unlocked-exotic-new-beer-flavours-using-genetics-237266



麦芽から作られるビールは酵母の種類で分けられ、約15度〜20度で発酵して終期には酵母が液体の表面に浮いてくるエールと、約10度の低温でゆっくり発酵し終期には酵母が底に沈むラガーがあります。その他、発酵の温度や酵母の種類、製造方法によってさまざまな種類のビールが存在しており、新しいスタイルの実験的なクラフトビールも普及しています。

ラガーは原料に麦芽を使用し、二糖類を発酵に利用する酵母を用いて醸造されます。酵母は糖をアルコールと二酸化炭素に発酵させる単細胞菌類であり、伝統的なラガー酵母としてはサッカロミセス・パストリアヌスという酵母が知られています。サッカロミセス・パストリアヌスは数百年前に栽培化されてから醸造に最適化されてきましたが、母種であるサッカロミセス・エウバヤヌスという野生種が数年前まで発見されていなかったため、新しいラガービールを作ることはほとんど不可能でした。



ところが2011年に、野生種のサッカロミセス・エウバヤヌスがアルゼンチンのパタゴニアの樹皮で発見されました。それ以来、何百もの株が発見されたサッカロミセス・エウバヤヌスは、驚くほどの遺伝的多様性を持っていることが判明しています。

ストックホルム大学で微生物学の博士研究員を務めるジェニファー・モリネット氏らは、新しく発見されたビール酵母の遺伝的多様性を利用して、ラガーの風味と香りの幅を広げる交配種の研究を進めました。モリネット氏によると、特にチリ南部で発見された3つの酵母系統は、低温に耐性があり麦芽糖をアルコールと二酸化炭素に変換するのに効果的で、独特の香りも持っている点で優れていたとのこと。

モリネット氏らの研究では、サッカロミセス・エウバヤヌスと出芽酵母を交配させ、新しいハイブリッドラガー酵母の生産を試みました。しかし、当初は発酵条件にうまく適応できず、望ましい特性を持つ株は生まれなかったそうです。

そこで、新たな交配種をビール麦汁に似た培地で6カ月間栽培して自然な進化プロセスを促進したり、優れた発酵能力とより高いアルコール濃度を生成できる能力を示した菌株を抽出したりすることで、より望ましい交配種の発見が試みられました。結果として研究チームは、商業醸造に必要な強い発酵特性を保持できるだけではなく、ラガーでこれまで嗅いだことも味わったこともない新しい風味を提供できる、まったく新しいラガー酵母を生み出すことができたと報告しました。



モリネット氏は「私たちは、この新しいハイブリッド酵母がラガービール醸造に革命を起こす可能性を秘めていると信じています。特にクラフトビール醸造者は、新しいユニークなラガースタイルを開発し、競争の激しい市場で自社製品を際立たせることもできるはずです。さらに、私たちの研究は醸造における生物多様性の重要性を強調したものであり、野生酵母の自然な遺伝的多様性を活用することが、革新的な製品を生み出す醸造の未来を形作る上で、重要な役割を果たす可能性があります」と語っています。