【黒部 エリ】「この街で最高の寿司だ」噂の日本人「スシ・ボス」がNYの新富裕層を虜にした理由

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ニューヨーカーに刺さる 日本の本来感と 唯一無二のキャラを持つ鮨シェフ

大都市ニューヨークでも、日本の食や文化、そしてなにより「日本」そのものが人気となっている。

確かにアニメやマンガ、ラーメンは世界的に大ブーム。

でもその一方で、JAXURY(ジャクシュアリー=Japan’s Authentic Luxury)、すなわち「本物の心地よさ」は伝わっているのか。

そのことを考えてみるために、ニューヨーカーに「日本のラグジュリー」について尋ねてみた。

題して、黒部エリが現在のNYをレポするシリーズ、「ニューヨーク・クロ現」がスタート。まずは「食」編から、レッツゴー!

もはやニューヨークの鮨は1000ドル超え

ニューヨークのおまかせ鮨は、もはや日本人が行けない」

そういわれているのが、現在のニューヨーク

今やマンハッタンには、本格的な「おまかせ鮨」はひしめいているけれど、「Masa」のカウンター席950ドルを筆頭に、長らくNYで活躍してきたミシュラン鮨シェフ市村英治氏が手がける「Sushi Ichimura」や、同じくミシュランに輝く「Sushi Noz」は450ドル。東京の名店「すし匠」もNY店では、おまかせが450ドル。またバワリーホテルに入っている「吉乃 New York」は、おまかせが500ドル。

これに飲み物に税やチップを入れたら、軽く1000ドル超え、どころか2000ドルになるはず。いや、もうそれって家賃だし。

このようにNYの高級鮨はぐんぐん高めを狙っているのが現状。

しかしこれでは一般人には食べられないし、私自身が美食ライターでもないので、グルメレポートはできません、あしからず。

けれども日本の本物を守りながら、かつNYでしかない、ユニークな鮨があるので、ここでご紹介したい。

私自身が大好きな鮨シェフで、 友人にも強くお薦めできる上、先日、日本で美食をつくしてきた編集さんにも紹介したところ、「ニューヨークで食べたもので一番おいしかった」とまでいわれたので、アメリカ人にしか通じない創作鮨ではない。

日本のオーセンティックなラグジュリーでありながら、ニューヨークらしさがある。

その好例が、「スシ・ボス」こと、吉田一男さんなのだ。

リーマン御用達から子どもが大好きなスナックになった鮨

さて、ここでザッと海外における鮨ブームをふり返ってみると、1990年代までは、ニューヨークでも通称「ジャパレス」、ジャパニーズレストランは、おもに駐在員や日本人相手だったもの。

和食レストランのドアを開けると、ダークスーツの背広姿の集団がかたまっていて、店内がズーンと暗かったほど。

当時は「寿司田」や「築地すし清」など、日本から上陸した鮨店で「日本人の板前が握った、同じ味を提供する」ということこそ、ラグジュリアスだったのだ。

それが森本正治シェフの「アイアン・シェフ・アメリカ」(1998~1999年)の放映、一世を風靡したNOBU(1994年)や、高級鮨ブームの立役者となった「Sushi Yasuda」(1999年)などの出現で、一気に和食の知名度が広がることに。

今や安い巻き寿司なら、全米のスーパーのお総菜コーナーに置いてあるし、学校帰りの子どもたちにとって一番人気のスナックともいわれている。

かくしてアメリカ文化にすっかり根づいた鮨なのだが、高級おまかせ鮨店は現在では、ほとんどがアメリカ人客、ことに中国人客が圧倒的に多く、日本人はわずかというのが実状。ラグジュリーをつきつめれば、やっぱり市場はそこになる。

ピンクヘアをした謎の大将、カズオさん

ニューヨークは、おまかせが増えてしまって、それでは普通に働いている人が行けないですから。フツーに月イチくらいで行ける鮨店をやりたかったんですよね。サッと来て、サッと食べられるような鮨をやりたかった」

そう語る吉田一男さん(以下、カズオさん)がかぶっているのは、NO SUSHI NO LIFE(寿司がなければ、生きられないね)と書かれたベースボールキャップ。いでたちからして、もうクセが強い。

この個性的なキャラもあって、カズオさんはニューヨークでは「スシ・ボス」のアダ名を持ち、個人インスタのフォロワーも多いという人気シェフなのだ。

カズオさんがニューヨーカーに有名になったのは、前職の店「JUKU(ジュク)」から。

チャイナタウンの謎に暗い路地裏、ピンクのネオンサインがある入り口から入ると、カウンターにいるのが、ネオンピンクのヘアをした大将。

服装もシュープリームのTシャツに、ヴァージル・アブローXナイキのスニーカー。怪しい、怪しすぎる。でもヒップ。そして出してくるのが、個性的なおまかせの20連発雨あられ。

それだけで充分パンチがあるけれど、ハデな見かけと違って、カズオさんの鮨は、どれも丁寧に仕事がしてあるところがミソなのだ。

朝からチクチクと下処理をしたネタで、ひと工夫もふた工夫もして楽しませてくれ、ちゃんと「本来感」と「クラフトマンシップ」がある。おかげでニューヨーカーに大ブレイク、若いインフルエンサーたちにも大人気に。

そして24年から「Tokugawa」に移籍。同店は「Serafina」(セラフィナ)というNYでは有名なイタリアンレストランチェーンを持つオーナーの傘下だ。

ちなみにNYの鮨店の多くは、アメリカのレストランティエ(飲食店経営者)と組んでいるのだが、このあたりもNYらしい土地柄、ビジネスになるものを目ざとく見つける投資家がいるからこそ、ラグジュリアスな鮨の興隆があるもの。

かつて人気があった日本の鮨店「寿司田」は、 今では撤退。寿司職人を全員日本から派遣する方針を取ってきたのだが、アメリカ人の雇用を促進する政策となったため、ビザが下りなくなって閉店することに。

つまりラグジュリアスな食文化は、政策や経済に大きな影響を受け、時代にあったビジネスへと常に変化しているのだ。

グルメなアメリカ人常連客が絶賛するカズ・スシ

「TOKUGAWA」でのカズオさんが手がけるおまかせは、アペタイザーに、握りが10貫、茶碗蒸しと、手巻きがついて、コースが120ドル。

これに税チップを入れて、ひとり160ドルほど。お酒や追加をオーダーすれば、250ドルくらいが目安。

これは現在のおまかせ相場では、とてもリーズナブル。テーブル席では、アラカルトのお鮨やおつまみが頼めるので、手軽に食べることができる。

では、実際にどんな人たちが、ご贔屓さんなのか。

カウンター席にいたマイケル・マンノさんは、カズオさんのおまかせ常連さんだ。

両腕にはなんとびっしりとタトゥ。そしてベースボールキャップに、Tシャツ、スニーカーとカジュアルなスタイル。

パッと見は「スニーカー販売でがっつり稼ぎました」みたいにも見えるのだが、さにあらず、実は世界4大会計事務所である、某有名会計事務所の役員なのだ(ええええ!)。

このあたりがNYの新世代のリッチ層らしいところで、服装からは職業がパッと見、わからない。高いスニーカーを履き、ウィリアムズバーグの高層アパートに住み、鮨や日本酒が好きという人たちがいくらでもいる。

マイケルさんは、お鮨が大好きで、日本にも今まで10回ほど旅行したことがあり、かの「すきやばし次郎」にも既に3回行ったとか。

ご本人も料理上手で、美食探訪が趣味。アジアのベストレストランに何度も選ばれた著名シェフ、ガガン・アナンド氏が手がける店『ガガン』(コース16000バーツ、約6,8000円)で食べるために、タイに旅行に出かけたそう。

もちろんNYの「よし乃」や「すし匠」も体験済み。

日本でもNYでも有名店のお鮨を食べ歩いてきたマイケルさんだが、カズオさんの大ファンで、2018年から通いつめているとか。

――なぜカズオさんのスシを好きになったのですか?

「僕はニューヨークのフードシーンにかなり精通しているので、すべての店のオープン情報を詳しく知ることができたんです。

そして彼がJUKUをオープンした時、他の店舗で彼の話をいつも聞いていて、ついに入店したんですよ。そして2018年から彼の寿司が大好きになったんです」

マイケルさんは、カズオさんの鮨を食べた時の画像を37回分もスマホのファイルに納めているのだが、これをインスタにアップするわけでもなく、自分の楽しみのために取ってあるとか。このあたりがまた承認欲求のない富裕層の余裕というヤツかも。

カズ・スシは「新しい体験」ができる

――カズオさんのスシはどこが魅力でしょうか。

「カズ・スシはクラシックな寿司もあるけど、新しい体験もできるんですよ。うん、そうだね、それがアメリカ人の特徴じゃないかな。アメリカ人はただ食べ物が好きなんじゃない。新しい体験をすることが好きなんですよ」

なるほど。このexperience という単語は、アメリカ人と話していると、実によく出てくるのだが、新しい体験、「うおお!」となる体験、自分だけの体験というのが、とても重要視されるのだ。モノではなくて体験を買うというのが現在の消費者マインドといわれるけれど、独自性のある体験が、高い満足度となる。

「日本の鮨店は静かですよね。寿司屋に座って静かにしているのを、楽しむ人もいる。でもNYで単に黙っていたら、誰でも同じ。

カズには彼の個性がある。彼はただのシェフではなく、キャラクターがある人物なんですよ。だから僕は、彼とは相性がいいんだと思う」

これまた、なるほど!ポイントだ。英語でキャラクターがあるというのは、個性がある、面白い人物という意味なのだが、日本でいう「キャラ立ちしている」に当てはまる。

なにもカズオさんがギャグを連発するわけではないのだが、ネタの説明も面白いし、楽しいし、カウンターに座ると「常連客あつかいされている」気持ちにさせてくれるのだ。

カズオさんの場合は、今どきのストリートファッションな大将が、驚くほど本格的でおいしい握りを出してくれて、カウンターで「常連」な気分になれるのだから、それは楽しい。

「それから、彼はすばらしいシグネチャーピースを持っていて、そこが大きな魅力ですね」

――マイケルさんのお気に入りはなんでしょうか?

「お気に入りは、叩いたアジのピースです。それから、彼は他では手に入らないような様々なピースをたくさん持っているんですよ」

アジの叩きというのはカズオさんのシグネチャーで、アジを叩いて、ショウガ、ネギ、ゴマを混ぜた一品だ。これがとてもおいしい。

またカツオの下に、叩いたトロを入れるという一品も、シグネチャーピース。二種類の魚を使った珍しいスタイルで、上に辛いネギを添え、違う味をひとつにまとめている。

さらに大トロの上に中トロを重ねるというダイナミックな一品もあって、これも口のなかで二種類の味が微妙に溶けあって味わえる。

月に何回も通っているというマイケルさん。彼のようなグルメを飽きさせず、引きつけ続ける魅力があるのがカズオさんの鮨だ。

「30年間ずっと鮨を握ってきて、今は自分が食べたいと思うような、おまかせを作っています。そしてニューヨークでしかできないスタイルをやってね。お客さんの反応を見ながら、ネタを決めてきた感じですね」

とカズオさんは語る。

では、ここでニューヨーカーに刺さる「JAXURY10の視点」とも共通する重要な原則をまとめてみよう。

まず鮨に「クラフトマンシップ」がある。おいしいのは絶対の大前提。

さらに

「新しい体験」ができる、

キャラクターが立っている、そして

唯一無二シグネチャー」がある。このコンボは強力だ。

その上で通いつめるほど、「日常的な上質さ」があれば、鮨好きには嬉しい。

予約サイトのRESYの前ディレクターであり、飲食店でポイントを稼げるブラックバードの創設者であるコーリン・カマックさんは、自身のインスタでカズオさんをこう語っている。

「銀行口座を破産させたくなければ、正直いって、この街で最高の鮨だ」

イグザクトリー、まさにその通り。

◇後編「NYで日本人の「スシ・ボス」が「この街で最高の寿司」と言わしめた「寿司の出し方」」では、そんなカズオさんがニューヨーカーを魅了する「プレゼンテーション」や「伝え方」の秘密を、さらに深掘りしてみよう。

PROFILE

黒部エリ(くろべ・えり)米ニューヨーク在住。東京都出身。早大卒業後、講談社ホットドッグプレスで「アッシー」などの流行語を生み出すなど、ライターとして活動。また「青山えりか」名義で講談社X文庫より少女小説を30数冊、計100万部刊行。1994年よりNY在住。NYファッションウィーク、カルチャー、アートや食、人物インタビューなど、ポップなノリと、多角的な視点・視座で発信を続けている。『生にゅー! 生で伝えるニューヨーク通信』(文藝春秋)、ブックライターとして『20字に削ぎ落とせ ワンビッグメッセージで相手を動かす』(朝日新聞出版社)など著書多数。

NYで日本人の「スシ・ボス」が「この街で最高の寿司」と言わしめた「寿司の出し方」