女性には「ケアワーカー」の適正あり…学術的に証明 職業選択の時代でも「ケアワーカー」を選ばざるを得ない実情
ここ数年、すべての人が他者から応えられ、受け入れられ、取り残されたり、傷ついたりする人が現れないことを目指そうという考え方「ケアの倫理」がトレンドになっています。書店では、特設コーナーが設置されるなどしているほか、新聞や雑誌などでも特集が組まれたりしています。
各方面で、このケアの倫理に注目が集まる一方、改めて考えたいのが女性とケアの関連性です。女性が「家庭の天使」と称えられた時代もあり、このころには夫や子どもを献身的にケアする女性が理想的と考えられていました。また、女性にケアの適性があることはさまざまな研究において証明されています。
現代社会においてはジェンダーロール(男女の役割分担)の垣根が払拭されつつあるとはいえ、ケアワーク従事者の多くが女性です。ケアワークを望んで就いた人、さまざまな事情でケアに就かなければならなかった人もいるのではないでしょうか……。
女性には「ケア」の適正があると学術的、証明も
19世紀の英米圏では、夫や子どもに献身的で、家庭を切り盛りする女性は「家庭の天使」と称されていました。しかし、娼婦をはじめ家庭に入らない女性は「堕落した女性」とみなされていました。ジェンダーロールが明確に存在していた当時、賃金労働に勤しみ、自ら身を立てる女性は蔑(さげす)まれることさえありました。
女性が男性に比べケアの適正が高い傾向にあることは、1900年代半ばごろから学術的に論証されてきました。米国の心理・倫理学者のキャロル・ギリガンさんは自著「もうひとつの声で−心理学の理論とケアの倫理」(1982年)で、男性は公正としての道徳概念を重視する一方、女性はケア活動やつながりの中にある責任を重視すると述べています。同じ米国の心理学者のジーン・ベイカー・ミラーさんは女性の自己感覚は付き合いや関係性を作り、維持することに基づくと指摘しています。
また、労働者派遣事業や職業紹介事業などを行うアデコが、2024年に全国の小中学生1800人を対象にした「将来就きたい職業」の調査を実施し、男女で思考パターンに違いが出ている結果を紹介しています。
男子が将来就きたい職業では「サッカー選手」「エンジニア・プログラマー」「野球選手」「YouTuberなどの動画投稿者」「会社員」の順で多いのに対し、一方の女子では「パティシエ(お菓子職人)」「先生(大学・高校・中学校・小学校、幼稚園など)」「看護師」「医者」「会社員」の順で多い結果となっています。上位5つの職業のうち、男子の結果には他者をケアする職業は含まれていないものの、女子には「先生」「看護師」「医者」といった他者に寄り添い、ケアを行う職業が含まれています。
子どもを産む機械、家庭内使用人…「ケアの倫理」と異なる主張
ケアの倫理をたたえるのとは異なる主張を唱えた人もいます。男女が平等な権利を行使できる社会の実現を目的とする思想や運動「フェミニズム」活動を行った米作家のベティ・フリーダンさんは自著「女性らしさの神話」(1963年)で、寝床の片付け、食料品の購入、子どもの世話をする日々に物足りなさを感じる女性たちの心の声を代弁しています。米作家のロビン・モーガンさんも同時期に、女性は抑圧された階級、子どもを産む機械、家庭内使用人、安価な労働力として搾取されていると指摘しました。
ささやかな幸せを感じている現代の人の中にも、彼女たちが約60年前につづった言葉に共感する人もいるのではないでしょうか。ある人から見るとぜいたくな悩みかもしれませんが、それでも家事を繰り返す日々を送る女性の中には鬱々(うつうつ)としている人もいるのです。
令和の日本では結婚後も外で働く女性が多いとはいえ、外で賃金労働に勤しみながらも夫のサポート役にまわる女性も少なくありません。家庭の都合で仕事を辞めるのも、子どもが生まれたら時短勤務やパートに切り替えるのも妻が多いと見て取れます。こうした女性の中にはキャリアを諦めて家庭に入ることを決めても、キャリアの中断について同情されず、むしろ当然のことと捉えられた人も少なくないはずです。自身がどのような思いで家庭に入ることを決めたのか、家族にも友人にも察してもらえなければ、心悲しくもなると思います。
自由な職業選択の時代でも 「ケアワーク」に行きつく事情が…
令和においても男性よりも女性の方がケアワークに従事している傾向にあります。総務省統計局による調査「ライフステージでみる日本の人口・世帯」では、男性と女性における産業ごとの就業者の割合が明らかになっています。男性は「製造業」(20.2%)が「その他」(22.8%)に次いで多い一方、女性は「医療・福祉」が22.6%と最多です。なお、男性における「医療・福祉」の割合は6.0%と一桁台にとどまっています。
こうした背景には、女性の方がケアワークに関心を抱きやすいという肯定的な理由だけでなく、社会における負の側面の影響が懸念されるような気がします。例えば、地方では職業の選択肢が少ないため、妻が夫の仕事の都合で地方に移住することになればケアワークも選択肢に含める必要が出てくることもあります。あるいは、子育てや介護などで空白期間が長くなれば選べる職業が少なくなることもあるため、門戸を大きく開いているケアワークが1つの選択肢になるケースもあるでしょう。
働く上でさまざまな制約がある女性にとってパートタイムでの募集枠も多く、中途採用にも積極的で、地方にも求人が多いケアワークはある種の受け皿としてみなせるのかもしれません。
ケアワーカーは人間社会の基盤を支える仕事…ケアが必要ない人はほとんどいない
ケアワーカーの存在がなければ、今の生活が立ち行かなくなる人は多いと思います。また、現在、ケアを受けている人の中にはケアワーカーの存在を心の支えにしている人もいるでしょう。私たちはケアワーカーに依存し、甘えつつも、そのありがたさには、なぜか気づけていないのかもしれません。
ケアワーカーを取り巻く環境はよいとは言いがたく、賃金の安さをはじめ改善が必要な問題は少なくないと考えられます。その背景には、現代社会においては資格職ですが、高齢者や子どものケアが家庭内の無賃金労働と結び付けられてきた歴史があります。それだけでなく、高齢者施設や保育施設は経済的利益を生み出すことを目的にしているわけではないため、従業員に支払える給与が限られているのが現状です。
私たちは家庭内外において相互依存の関係にあることを思い出し、ケアを受ける側だけでなく、ケアを提供する側の声にも耳を傾ける必要があると思います。また、ケアを受けていないと思っている人も、他者からのケアを多かれ少なかれ受けていることも珍しくありません。今一度、ケアについて考えてみるのも、よいかもしれません。