酒の造り手だって、そりゃ酒を飲む。誰よりもその酒のことを知り、我が子のように愛する醸造のプロ「杜氏」は、一体どのように呑んでいるのか?東日本大震災を契機に新しい味わいを提案する蔵がある。海沿いの蔵だからこその酒の楽しみ方もあり、なんともうらやましい。

酒の造り手だって、そりゃ酒を飲む。誰よりもその酒のことを知り、我が子のように愛する醸造のプロ「杜氏」は、一体どのように呑んでいるのか?東日本大震災を契機に新しい味わいを提案する蔵がある。海沿いの蔵だからこその酒の楽しみ方もあり、なんともうらやましい。

茨城県『森島酒造』

【森嶋正一郎氏】

森嶋正一郎氏

1975年、茨城県生まれ。東京農業大学醸造学科卒業後、「琵琶乃長寿」の池本酒造で修業を重ねる。1999年に森島酒造に入社。2006年に茨城県出身者で初の南部杜氏に合格。2019年に常陸杜氏に合格。同年「森嶋」のリリース開始。

旬の地魚を味わいながら

「その月の『森嶋』の新作をよく冷やして酌む」と杜氏は言った。「富士大観」「森嶋」を醸す森島酒造の杜氏・森嶋正一郎さんだ。「森嶋」は森嶋さんが立ち上げた新銘柄。使用する米の違いなどで異なる商品を、10月を除く月替わりで年11種類リリースしている。

晩酌は欠かさない。まずは「森嶋」の新作を品質チェックも兼ねて味わう。そして、気になる他社の酒を2種類ほど楽しむのが常だ。蔵と自宅は海岸から70歩の距離。新鮮な魚介には事欠かない。初夏から揚がるアジやサバなどの青物をはじめ、夏場はタイやスズキ、ウニ、秋からのタコやアンコウ、メヒカリ……名物揃いだ。

この晩、食卓にはやはり名産のヒラメの昆布〆、タケノコの若竹煮、炙ったスルメが並んだ。

噛むほどに旨みが広がるヒラメの昆布〆に、奥さんの地元・里美で採れた掘り立てのタケノコが脇を固める。スルメは酒粕に漬け込んでから炙ったもの。

「知り合いの漁師さんがちょくちょく魚を持って来てくれるんです。酒に目がない人でしてね、うちの酒と物々交換するんです。おかげで我が家は一年中、旬の地魚を堪能できています」

「森嶋」の誕生は東日本大震災が契機となった。蔵に甚大な被害を受け、廃業の危機に陥った。しかし、蔵をできる限り修復し、酒造りを続けることを決意した。太平洋戦争では、空襲により蔵と自宅は全焼。祖父が耐火性を重視して大谷石を使って再建した石造りの蔵だった。その蔵も、3・11でひび割れてしまった。

「森嶋」のラベルの石は、破壊された蔵に転がっていた壁の欠片だ。一石を投じる酒にしたいと、「森嶋」のアイコンに掲げた。種類豊富な「森嶋」に共通するのはピチピチとしたフレッシュさ。軽快な印象ながら、ほどよい飲み応えと余韻がある。

酒のほのかな苦味と渋みが淡い味付けの肴の旨さを引き立てるスルメはふっくら、そしてしっとりと焼き上がり、酒粕の風味も加わって、呑兵衛にはたまらない格好のつまみとなる

「香りは穏やかに。伝統的にはよしとされない苦味と渋みを、敢えてほのかに感じられるようにしています。このヒラメのような淡い旨みと合うと思います。苦味が魅力の山菜やタケノコとの相性もいいですね。食が進む、不思議とまた飲みたくなる。そんな食中酒を造りたいです」

例年造りを終える7月に漁師から届くアワビを楽しみにしている。アワビの刺身で飲る一杯は、1年間造りを頑張った自分へのご褒美。さあ、もうひと踏ん張りだ。

『森島酒造』 @茨城

1869年創業。敷地内の井戸から汲み上げる阿武隈山系の中硬水を仕込み水に「富士大観」「森嶋」を醸す。「森嶋」では伝統を重んじながら、日本酒の新たな可能性を追求する“モダンクラシック”を目指している。

【森嶋 雄町 純米大吟醸[瓶燗火入]】

森嶋 雄町 純米大吟醸[瓶燗火入]

【森嶋 山田錦 純米吟醸[瓶燗火入]】

森嶋 山田錦 純米吟醸[瓶燗火入]
森島酒造

撮影/松村隆史、取材/渡辺高

2024年7月号

※2024年7月号発売時点の情報です。

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