インターネット上で書籍の海賊版が配布されるのを防ぐため、出版社は削除リクエストや検索エンジンによるブロックなど、さまざまな取り組みをしています。海賊版の取り締まりをすると正規コンテンツの売上が増加するのかは意見や研究結果が分かれていますが、ポーランドのワルシャワ大学の研究者らが大手出版社と協力した実験では、著作権侵害の取り締まり活動が正規書籍の売上に目に見える影響を及ぼすことが示されました。

Internet “piracy” and book sales: a field experiment | Journal of the Economic Science Association

https://link.springer.com/article/10.1007/s40881-024-00171-9



Taking Pirated Copies Offline Can Benefit Book Sales, Research Finds * TorrentFreak

https://torrentfreak.com/taking-pirated-copies-offline-can-benefit-book-sales-research-finds-240804/

海賊版サイトのドメイン削除や検索に表示されなくするブロッキングなどは、世界で最も広く使用されている著作権侵害対策です。しかし、2015年にイギリスで行われた研究では「1つのサイトをブロックしても他の海賊版サイトのアクセスが増えるだけで正規コンテンツの消費量は増加しない」と示されたり、同年には欧州委員会で「オンライン上の著作権侵害がコンテンツの売上を変えるということを支持する証拠はない」という報告書が出されていたりと、海賊版への対策をしても正規コンテンツの売り上げは増加しないとする意見もあります。

一方で、アメリカのチャップマン大学とカーネギーメロン大学の研究者らが発表した論文では、主に映像コンテンツの違法ストリーミングサイトを対象に、ブロックが効果的かどうか、ブロックされた結果どのサイトでユーザーが増加したか調査しました。結果として、大規模なブロッキングが実施された後、正規のコンテンツへのアクセス数が国によって5%〜8%ほど増加したことが示されました。

海賊版サイトをブロックしたら正規コンテンツの消費量が上がったという研究結果 - GIGAZINE



正規のストリーミングサイトに誘導しやすい映像コンテンツだけではなく、書籍についても海賊版のブロックで正規版の売り上げに変化が見られるかどうかを、ポーランドのワルシャワ大学の研究者らが調査しました。ポーランドの電子書籍市場はかなり小さいため、この調査では印刷された書籍のみを考慮に入れて、「オンラインの海賊版書籍がアクセス不能になると、紙の書籍の売上は上がるのか」という実験となっています。

実験では、9社の著名な出版社が協力し、それぞれ5冊〜53冊の書籍をターゲットに選定しました。選ばれた本は、価格や形式、本の人気などに基づいて「海賊版を削除するグループ」もしくは「削除しないグループ」に割り当てられます。そして、「削除するグループ」の本は、ポーランドの著作権侵害対策団体と共有し、積極的にオンラインの海賊版を見つけ出して1年にわたって削除通知を発行し続けました。

以下のグラフは実験結果を累積分布関数で示したもので、横軸が売り上げ数を表しています。黒線で示されている「海賊版を削除しなかったグループ」の売り上げに対し、赤線で示されている「海賊版を削除したグループ」の売り上げはわずかに高くなったのみで、統計的に有意な差は見られませんでした。



そこで、実験結果をベイズ推定に基づいて以前の研究データと復号して分析した結果、研究者らは「従来の分析では有意な差ではありませんでしたが、ベイズ的分析により、無許可の流通を抑制したことで売上高が約『9%』と大幅に増加するという結論に至りました」と示しています。

論文によると、最初の分析結果に有意な差がでなかったのは、サンプル数が比較的少なかったためとのこと。一方で、海賊版の研究は前後の比較に頼ることが多いため、完全な対照群を用いて同じ期間の結果を比較できた今回の研究は、海賊版研究のデータとして重要な貢献をしていると研究者らは結論付けています。

また、海賊版対策に関する過去の研究の多くは、研究者が関与できない一時的なブロッキングを利用したものですが、ワルシャワ大学の研究者らは出版社や著作権侵害対策機関と協力して長いスパンで研究を実施しています。このアプローチにも重要な意義と効果があると研究者らは述べています。