イーロン・マスク氏(写真:© 2023 Bloomberg Finance LP)

小型ライフサイエンス実験装置の研究開発を行う会社や、企業のDXや宇宙ビジネスコンサルティングを行う会社の代表も務め、宇宙利用の拡大を目指している堀口真吾さんは、次のように話します。

「今、世界中で勢いを増す宇宙ビジネスの状況は、世界を変えたIT革命前夜と同じであるように感じます。まさに宇宙が社会を変える、『スペース・トランスフォーメーション』が起きつつあり、宇宙という場を利用していかに価値を生み出していくかが問われています」

今後ISSが退役し「ポストISS」といわれる時代になるに際し、どのような設備・機能・サービスがあればいいのか。また、宇宙にはどのような特徴があり、環境としてどのように使うことができるのかをつづった『スペース・トランスフォーメーション』より、一部抜粋・再構成してお届けします。

ロケット打ち上げの1強はSpaceX

2024年前半の日本のロケット打ち上げは明暗が分かれる結果になりましたが、米国は日本のずっと先を走っています。宇宙開発は国家主体から民間主体へと変わり、民間企業が次々と重要な成果を挙げています。

特に注目されるのは、電子決済サービス「ペイパル」を足掛かりに、電気自動車、太陽光発電などのビジネスで成功し、Twitter(Xと改名)の買収でも知られるイーロン・マスク氏の率いる米SpaceX社です。

2002年に設立された同社は2012年、民間機として初めて国際宇宙ステーション(ISS)へのドッキングを成功させ、補給物資や実験装置を送り届けました。2020年には、民間企業として史上初となる有人宇宙船の打ち上げ、およびISSドッキングを成功させました。さらに、2021年9月、搭乗者が民間人のみの宇宙船「クルードラゴン」を打ち上げ、3日間にわたり地球を周回し、海に着水しました。クルードラゴンはISSの軌道よりも高い高度585劼謀達しました。

SpaceXはロケットの再利用の開発にも挑戦し、これを実現させました。この結果、ロケットの打ち上げコストが低減化され、打ち上げ頻度は高まりました。 2021年に31回、2022年に61回、2023年に96回の打ち上げに成功しています。4日に1回のペースでロケットを打ち上げているのです。

2023年の世界のロケット打ち上げ回数は212回で、対2022年比18%増となり、過去最高を記録しました。SpaceXはその45%を占め、ロケット打ち上げの1強と言える存在になっています。 再利用可能なロケット技術の開発は、打ち上げコストの大幅な削減を実現しました。それにより、小型衛星の打ち上げ市場が活性化されました。

小型衛星の最大のメリットは「安くて早い」

小型衛星の最大のメリットは、安価で早く製造できる点にあります。従来の大型衛星の多くは、設計から打ち上げまでに5年以上の期間を必要としていました。5年たてば、市場の動向が大きく変わり、ビジネスとして成立しなくなるリスクがあります。

一方、小型衛星だと最短で1、2年で作ることが可能です。ビジネス投資を考えるうえで、この違いは非常に大きいものがあります。⼩型衛星であれば数千万円の低予算で実現できるため、ビジネスの見通しを立てやすく、リスクも⼩さく済みます。小型衛星の打ち上げ費用減少によって衛星通信や衛星からの観測データの取得といった民需が拡大し、それが打ち上げ費用のさらなる低減につながるという良循環が実現されています。

SpaceXは今、スターシップ(Starship)の開発を進めています。スターシップは完全再使用型の2段式超大型ロケット・宇宙船です。ロケットの2段目の部分がスターシップで、1段目のブースター部分はスーパーヘビーと名付けられています。2段目は長期間の軌道滞在が可能な乗客・貨物兼用の宇宙船として設計されています。スターシップは米国航空宇宙局(NASA)のアルテミス計画の月着陸船に選定されており、2026年の月面着陸が計画されています。

2023年4月に1回目のスターシップ打ち上げを実施しましたが、数分後に上空で爆発。同年11月の2回目の打ち上げでは、ブースターから宇宙船の分離に成功して宇宙空間に到達した直後に爆発しました。いずれも燃料漏れなどのトラブルが原因とみられています。世界を牽引するSpaceXでさえ、ロケット開発は難しいのです。

3回目の打ち上げは2024年3月14日。宇宙船はブースターから分離して宇宙空間に到達し、約1時間飛行しました。予定していたインド洋には着水しませんでしたが、前2回に比べると前進しており、マスク氏は同日、Xに「軌道速度に到達した。おめでとう」とコメントし、NASAのビル・ネルソン長官もXで「試験飛行の成功おめでとう」と投稿し、この成果を称えました。

既存の衛星通信の欠点

マスク氏の事業家としての優れた点は、ロケット開発や打ち上げのみならず、通信事業という地上のビジネスにつなげ、成果を挙げていることです。 地球上のほぼ全域での衛星インターネットアクセスを可能にするStarlink(スターリンク)事業の開発は2014年に始まり、2018年にプロトタイプのテストフライト衛星2機を打ち上げました。2019年5月には、商用サービスに向けた大規模な打ち上げが実施され、60機の運用衛星が配備されました。現在では、5000機以上の衛星が低軌道で運用され、衛星コンステレーション(衛星群)を構成しています。

インターネット通信には、固定のネット回線や、既存の衛星通信を用いたサービスがあります。固定のネット回線は、接続ケーブルを引いたり、基地局からモバイル端末に電波を送信したりすることで、インターネット通信を提供しています。通信の遅延が少なく、安定してデータ通信ができる一方、通信回線の敷設や電波塔の設置などが必要で、山間部や離島、海上などの条件では通信が難しいという課題があります。

また、既存の衛星通信は、高度約3万6000劼砲△訐纏澑卆韻鰺用しています。環境を問わず通信できる利点があるものの、地上と衛星との距離が遠いため、通信速度の低下や遅延が生じるという欠点がありました。

スターリンクは衛星が高度約550劼涼狼緜禝案擦鮗回しています。これにより、電波塔などの設備や通信回線施設が不要で、かつ通信速度も速くなります。ネット回線と既存の衛星通信が抱えていた課題を一挙に解決できる通信方法なのです。

スターリンクは世界各国で利用されており、日本ではKDDIがスターリンクと提携して、2022年10月からサービスを開始しました。2023年には、ソフトバンク、NTTドコモなども同様のサービスを始めました。

2024年1月1日に発生した能登半島地震では、光ケーブルなどの設備の損傷や基地局の停電により、大規模な通信障害が発生しました。道路が寸断され、設備の早期回復は困難な状況にありました。そこで活躍したのがスターリンクです。KDDIとソフトバンクがスターリンクの受信アンテナを各地の避難所などに無償提供しました。周辺にいる被災者は、スマートフォンなどでネット通信できるようになりました。

SpaceXは2020年代半ばまでに総数約1万2000機の衛星を高度550劼竜案擦里曚、高度1150辧高度340劼竜案擦貿枷する計画です。スターリンクは通信分野で革命を起こしつつあるのです。

Amazon創業者、宇宙へ行く

マスク氏と並ぶ起業家であるジェフ・ベゾス氏も宇宙分野のキーパーソンの一人です。米国オンライン通販大手「アマゾン」創設者で、ワシントンポスト紙を買収して経営を黒字化させたことでも知られるベゾス氏は2000年、有人宇宙飛行事業を目的とする民間企業Blue Origin社(ブルーオリジン)を設立しました。アマゾンがまだ黒字化していない時点での起業でした。

ベゾス氏はロケット研究者だった祖父や、SFテレビドラマ『スタートレック』の影響で、科学や宇宙への強い関心を抱き、物理学者を目指していたといいます。Blue Originは商業的な宇宙旅行の実現を目指し、再利用可能なロケット技術の開発や有人宇宙船の開発に取り組んでいます。

弾道飛行用の打ち上げシステムである「ニューシェパード」は、乗客6人を乗せる乗員カプセルと、それを打ち上げるロケット動力推進モジュールから構成されています。乗員カプセルがロケットの先端に搭載された状態で発射され、飛行中に分離されます。乗員カプセルは飛行を続けた後にパラシュートで降下して軟着陸します。

2021年7月20日には、ベゾス氏を含む乗客4人を乗せたニューシェパードが10分あまりの飛行で高度107劼留宙に到達し、世界初の宇宙旅行に成功しました。Blue Originは月着陸船「ブルームーン」の開発も進めています。

米Intuitive Machines社(インテュイティブ・マシーンズ)はNASA出身者らが2013年に起業しました。2024年2月23日、同社の開発した無人月着陸船「Nova‐C(ノバシー)」が月面に着陸し、地球との交信に成功しました。民間企業では世界で初めてで、米国としては「アポロ17号」以来、半世紀ぶりの月への着陸となりました。

ギリシア神話の英雄「オデュッセウス」の愛称を持つNova‐Cは同年2月15日にフロリダ州のケネディ宇宙センターからSpaceXのロケット「ファルコン9」で打ち上げられ、2月22日に氷が存在するとされる月の南極近くに着陸しました。

着陸船は高さ4.3m、直径1.6mで、重さ675圈ペイロード(貨物)は最大130圓泙播觝椶任、このミッションではNASAの科学調査機器など12のペイロードを月に輸送しました。

月面着陸は、月輸送を民間企業に有償で委ねるNASAのプロジェクト「CLPS(Commercial Lunar Payload Services)」での選定を受けて実施されました。CLPSは月面に物資を輸送する手段の開発を民間に委託するため、米国の民間企業を選び、2028年までに最大26億ドルの資金提供をする計画です。

なぜ米国の民間企業は宇宙ビジネスをリード?

なぜ、米国の民間企業は低コストのロケット打ち上げを実現するなど、宇宙ビジネスをリードできているのでしょうか? SpaceXが民間投資だけで完成させた初のロケットの商業打ち上げに成功したのは2009年です。米国のミサイル試験場からロケット「ファルコン機廚鯊任曽紊押▲泪譟璽轡△涼狼經兮衛星を地球軌道上に投入しました。2017年には世界初となる第1段ロケットの再利用打ち上げに成功しました。

同社は「民間の力だけ」でロケット開発を進めたわけではありません。SpaceXの提供する打ち上げサービスを、ロケット開発段階から積極的に買い上げて支援したのは、ほかでもない米国政府です。

「ファルコン機廚3回打ち上げに失敗し、4回目の打ち上げでようやく成功しました。1号機、2号機はいずれも米防衛高等研究計画局(DARPA)の技術試験衛星を搭載しました。3号機はNASAと米軍の小型衛星を搭載していました。民間に国の衛星を任せて資金を投入し、スタートアップ企業の育成を図ったのです。

信頼性が未知数のスタートアップでも支援する米政府


米国は宇宙産業振興のため、SpaceXの初期の打ち上げから支援しました。信頼性が未知数であるスタートアップが開発したロケットであっても積極的に支援するのが米政府の民間企業支援策なのです。

SpaceXの場合、躍進のきっかけになったのは、2006年にNASAと契約した商業軌道輸送サービス(COTS)でした。COTSはNASAが計画した民間企業によるISSへの輸送サービスです。これを落札したのが、「元祖宇宙ベンチャー」として実績のあったOrbital ATKとSpaceXでした。

注目してほしいのは、この時点でロケットの打ち上げ実績を全く持っていないスタートアップのSpaceXが落札できたという点です。米国政府は、実績のない企業であっても、政府が要求する技術要件や資金などの一定の基準を満たし、有益になると判断すれば、契約に問題はないと判断するのです。

COTS契約のもと、SpaceXは政府の支援を受けて実績を重ね、2009年の商業ロケット打ち上げ成功につなげたのです。

(堀口 真吾 : DigitalBlast 代表取締役CEO)