ウクライナ戦争は3年目に突入し、終わりが見えない状況が続いている。テレビ東京の豊島晋作キャスターは「ロシア軍が負けない現在の状況は、日本のような民主主義国家に不都合な真実を突き付けている」という――。

※本稿は、豊島晋作『日本人にどうしても伝えたい 教養としての国際政治 戦争というリスクを見通す力をつける』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

写真=共同通信イメージズ/スプートニク
ロシア、モスクワのクレムリンで、ロシア会計会議所のボリス・コヴァルチュク会長との会談に臨むプーチン大統領。2024年7月23日 - 写真=共同通信イメージズ/スプートニク

■軍の弱さをカバーする大量の「物量」

ウクライナ戦争が3年目に入る中で、様々な教訓が浮かび上がってきました。それは、現代の戦争を考える上で重要な内容でもあり、日本のような民主主義国家にとっては不都合な真実も含まれています。一つずつ見ていきます。

一つ目は、やはり戦争では物量が重要だったということです。

国内の反乱という混乱を経験しながらも、ロシア軍は戦場で戦い続けています。ただ、それは莫大(ばくだい)な犠牲を払いながらの戦いです。2023年末に明らかになった機密指定が解除されたアメリカの情報機関の報告書では、ロシアは22年2月の開戦から、36万人の兵力を投入し、既に31万5000人が死傷したと分析しています。開戦時から投入した兵力の実に87%を失った計算です。24年の5月時点では50万人近くが死傷したとの推定もあります。

ウクライナ戦争の初戦で目立ったのは、これだけの大損害を出したロシア軍の弱さでした。兵站(へいたん)が不十分なままでの進軍、指揮命令系統の混乱、さらに兵士の低い士気という問題を抱えたロシア軍の地上部隊は、膨大な犠牲を出しながらも戦い続けました。兵士の命を軽んじる無謀な突撃も何度も繰り返してきました。

■5000発のウクライナに対し、2万発のロシア

しかし、失敗や判断ミスを繰り返しながらも、それを戦場で修正しながら戦い続けるのがロシア軍の伝統であり、動員された追加兵力と圧倒的な物量が、その弱く非効率な軍を支えていました。

ウクライナ軍はNATO諸国から供与された最新兵器で戦い、一方のロシア軍は品質では劣る旧世代型の兵器の大量投入で戦っています。いわば「質」と「量」の戦いですが、この戦争が各国の軍人に教えたのは、戦争においてはやはり「量」が重要だったということです。湾岸戦争以来、現代の戦争では何かとハイテク兵器に注目が集まりましたが、やはり戦争は大量の武器と弾薬を消費することが改めて認識されたのです。

戦争が2年目に入った時点で、ウクライナ軍は一日に約5000発以上の砲弾を消費していたと見られます。この量は平時における欧州の小国の1年分の発注量に等しく、ウクライナに大量の弾薬を送っているNATO諸国では、自分たちの弾薬の在庫が逼迫(ひっぱく)する事態に直面しました。

一方のロシアは、その4倍の一日2万発を消費していたと見積もられています。逆に言えば、ロシアにはそれだけの弾薬備蓄と生産能力があったということです。

■ミサイル生産能力の重要性を見せつけた

イギリス国防省は、ロシア陸軍は開戦から24年1月時点までに2600両以上の主力戦車を失ったと見ています。しかし同時に、1カ月あたり少なくとも100両の戦車を生産し損害を埋め合わせることができている可能性があるとして、地上部隊の攻撃能力は維持されていると結論づけています。

また別の分析では、射程が350キロの長距離ミサイルも月に115―130発程度生産していると見られ、ウクライナ戦争前よりもミサイル生産能力は増強されている可能性があります。

この戦争は、特に攻撃や防御のためのミサイルをどれだけ多く保有し、どれだけ多く生産できるかが決定的に重要であることを世界に見せつけました。ウクライナは長い間、慢性的なミサイル不足に悩まされることになりました。

ウクライナへの最大の武器供給国はアメリカですが、ウクライナに大量の兵器を提供した結果、国防産業でプライマリーサプライヤーと呼ばれる大手五社(ロッキード・マーティン、ノースロップ・グラマン、ボーイング、ジェネラル・ダイナミクス、RTX)の生産体制は逼迫しました。

弾薬だけでなく、当然、兵器の生産体制も重要であり、戦争が長期化するにつれ、こうした物量面でのロシアのウクライナに対する優位が明らかになっていきました。ウクライナはアメリカ議会が2024年4月に9兆4000億円の新たな軍事支援策を可決する頃までに、非常に厳しい戦いを強いられるようになっていました。

ロシアが得意とする「長期消耗戦」が力を発揮

明らかになった現実は、時間が経つにつれ、ロシアの長期消耗戦という伝統的な戦略が力を発揮したということです。かつてナチス・ドイツと戦った独ソ戦において、ソ連軍は膨大な犠牲を出しながらも長期消耗戦を戦い抜き、電撃戦で短期的な勝利を目指したドイツ軍を打ち破っています。ウクライナ戦争は、ロシアが長く苦しい戦争に慣れた国家であることを各国に思い出させています。

一方のウクライナ軍としては、限られた武器・弾薬をどう効果的に使うかが重要になっていました。戦争ではもはや物量や兵器のレベルだけではなく、戦場に効率的に流通させるシステムやソフトウェアが重要であることも浮き彫りになりました。

ウクライナ軍はLOGFAS(Logistics Functional Area Services)データベースというNATOの兵站管理システムを導入しています。これにより、具体的にどの兵器が戦場のどこで稼働し、修理が必要なのはどれかを把握して、兵器をある程度は効率的に運用できているようです。

■「ハイテク兵器と誘導弾で勝てる」は妄想だった

また、ドローン兵器の開発や、通常は船から発射される対艦ミサイルを車輌(しゃりょう)から発射するように改良するなど、兵器のクリエイティブな使い方も模索しています。しかし、それでも2024年春頃までウクライナ軍の劣勢は補えませんでした。

このように、戦争においては「物量」そして兵站=ロジスティクスが重要であることが改めて認識された結果、日本でも有事の際に自衛隊の弾薬備蓄が数日程度しか持たない可能性がある点が問題視されるようになっています。

やはり戦争は物量であり、兵站なのです。そして弾薬の生産にはお金がかかります。平時から必要な量の弾薬を備蓄し、兵器を揃えるには巨額の財政資金が必要になります。民主主義国家にとっては、不都合な真実が露見したと言えるでしょう。

選(よ)りすぐりのハイテク兵器と、標的に正確に命中する誘導弾があれば、戦闘準備はひとまず十分だというのは妄想だったようです。実際の戦場では、弾は足りず、なかなか命中せず、攻撃すべき敵は想定より遥かに多かったのです。

写真=iStock.com/Joel Carillet
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Joel Carillet

■「民主主義は弱点になる」という不都合な真実

2つ目の不都合な真実は、民主主義は戦争を戦う上で“弱点”になるということです。民主的な決定、あるいは多くの国の合意を得ながら進める決定は、刻々と変化する戦争においては不利だということです。

ウクライナを支援するNATO諸国は民主主義国家の集まりです。意思決定には議会や世論への配慮が必要で、物事を決めるのには時間がかかります。また、野党の反発などを考慮し政府の意思決定は慎重になる場合があります。実際、最大の支援国であるアメリカの議会がウクライナへの軍事支援予算の可決に何カ月もの時間を要したことが、2023年から24年にかけてのウクライナの劣勢につながりました。

全体としても、NATOからのウクライナへの武器支援はあまりに遅く、かつ「小出し」、つまり「逐次的」になりました。ウクライナがNATOに強い不満を抱いたのがこの点です。

まずはミサイルです。思い返せば、戦争が始まった当初、欧米はウクライナへの中・長距離ミサイルの提供を拒否していました。ロシア領への攻撃につながり、戦争をエスカレートさせることが懸念されたのです。

しかし、ウクライナが戦場で不利と分かると、早々に方針は撤回され、ハイマースなど中・長距離攻撃が可能なミサイルシステムが供与されました。当初、供与されたハイマース弾頭の射程は80キロでしたが、新たに165キロの射程を持つミサイル弾頭ATACMSが、さらに同程度の射程距離を持つGLSDBも提供されました。

■NATOの理屈はプーチン大統領に通用しない

ロシア領への攻撃について言えば、当初NATOは、自分たちが提供したミサイルなどは使用しないようウクライナに要求していました。しかしロシアが自国領内から攻撃を行っている以上、この要求はウクライナにとって受け入れがたいものでした。

そして結局、北東部のハルキウをめぐる戦闘でウクライナが劣勢に陥ると、NATOはこの方針も撤回し、提供した兵器によるロシア領への攻撃を認めています。戦争は着実にエスカレートし、民主主義国家が議論する地理的な制約など、戦争では通用しないことが明らかになったのです。

次は戦車です。NATO諸国は、開戦当初は戦車の提供も拒否していました。やはり戦争のエスカレートを懸念したからです。しかし、ウクライナ地上軍が劣勢とみるや、ドイツのレオポルト戦車、イギリスのチャレンジャー戦車などが提供されていきました。アメリカの世界最新鋭、エイブラムズの提供も決まります。

つまり一転して、NATOが誇る世界最強の最新戦車が次々に提供されていったのです。そもそもドイツなどは当初、武器の提供は拒否し、あくまで防弾具とヘルメットしか供与しなかったことを考えると、劇的な方針転換だったと言えます。

■拒否していたF16戦闘機も提供せざるを得ない

さらに戦闘機です。これも当初はNATO諸国が提供を拒否し、後に提供が決まった兵器です。開戦当初からウクライナ軍に圧倒的に不足していたのは航空戦力でした。多くの戦場でウクライナの地上部隊は上空からの支援を受けられず、苦戦していました。

ウクライナ空軍が保有している旧ソ連製のMiG‐29は性能に限界があり、対空戦闘などでもロシア空軍のMiG31やSu‐35などには対抗できませんでした。また古いレーダーではロシアの巡航ミサイルやドローンを迎撃できません。

このためウクライナはアメリカのF16戦闘機や対戦車ヘリ=AH64アパッチの提供を強く求めてきました。F16を求めた理由は、NATO諸国が保有する機体の数が多く、手に入る可能性が高かったからです。F16は全世界約25カ国で運用され、NATOに加盟する欧州8カ国やトルコなどで700機ほど配備されていると見られています。またF16は地上作戦を支援することができるなど幅広い役割をこなすことができます。

戦闘機の提供もNATOは長い間にわたり拒否していましたが、やがて議論が始まり、開戦から約1年後にポーランドがNATOとして初めてMiG‐29戦闘機をウクライナに提供します。そして結局は、アメリカ製のF16戦闘機の提供が決まり、アメリカ国内などでパイロットの訓練が始められることになりました。

■ミサイルの大量配備は国民を守るためでもある

ウクライナからすれば、ミサイルも戦車も戦闘機も、「最終的に提供するのであれば、もっと早めに提供してほしかった」というのが本音でしょう。もっと早く結論が出ていれば、戦況は変えられたかもしれません。そして、もっと多くの国民が死なずに済んだかもしれません。そんな悔しさがあるでしょう。

写真=iStock.com/Volodymyr Zakharov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Volodymyr Zakharov

特に防空ミサイルは、国民の命を守るためにも切実に必要な兵器でした。開戦以来、ウクライナは防空ミサイルの「東西問題」を抱えてきました。ウクライナとしては、リビウなど西部の各都市を守るために一定数が必要な一方、東部の最前線で戦う部隊を守るミサイルも同時に必要でしたが、数が圧倒的に足りなかったのです。

戦争は戦場だけでなく、当然ながら民間人の防衛も考えなければならないという教訓でもあります。まさにこれが、ゼレンスキー大統領が西側にもっと多くのミサイルを要求し、今もなお追加のミサイルを要求している理由です。

また現代の最新兵器は、提供を受けても自国の兵士が使いこなせるようになるには時間が必要です。特にF16のような「第4世代機」と呼ばれる戦闘機を使いこなすのは、ウクライナ空軍のパイロットでも簡単ではありません。

■NATOはなぜ武器提供を「小出し」にしたのか

最低でも6カ月以上の訓練は必要と見られ、飛ばすだけではなく、火器管制システムを学び、地上部隊と連携する戦術の学習も含めると、さらに長い期間が必要です。機体のメンテナンス、部品供給など、戦車よりも大きな手間もかかります。戦況が日々めまぐるしく動く以上、早いタイミングでの決定がないと、戦いには間に合いません。

結局、F16戦闘機は23年6月頃からのウクライナの反転攻勢作戦には全く間に合わず、引き続き航空支援が十分にない地上部隊が中心の作戦は失敗しました。また、アパッチなどの攻撃ヘリコプターは2024年の夏の時点でも提供されていません。

それでも、前例のない規模の軍事支援がウクライナに行われてきたのも事実です。イギリスのベン・ウォレス国防相(当時)は、大量の武器を求めるウクライナに対して「我々はアマゾンではない」と反発しました。イギリスは大量の地雷除去車両を提供し、もう一台もイギリスには残っていないと苦言を呈しています。

また、ウクライナへの最新兵器の供給を「小出し」にしてきたNATO側にも言い分はあります。もし、ウクライナが求める全ての兵器を急いで一気に提供していたら「戦争がエスカレートして制御不可能になっていた、そうなればNATO軍とロシア軍との直接対決になるリスクがあった」という主張です。

■意思決定スピードでロシアに勝てず

NATOとしては、最大の仮想敵でかつ核保有国であるロシアとのエスカレーションは、世界大戦、さらには核戦争を誘発する可能性がある以上、許容できませんでした。このため軍事支援は徐々に進めるしか選択肢がなかったと言えます。

豊島晋作『日本人にどうしても伝えたい 教養としての国際政治 戦争というリスクを見通す力をつける』(KADOKAWA)

これに対し、ロシアは、プーチン大統領の決定がすぐに国家の意思決定となる、いわばワンマン経営の国家です。意思決定のスピードは速く、戦時においては独裁体制にある程度の優位性があったとも言えます。

人類はこのことに早くから気づいており、民主制をとっていた古代ギリシャでは、戦争が始まればひとまず議論はやめて、緊急時の措置として一人のリーダーに大きな権限を与えていました。古代ローマも、戦時には独裁官ディクタトルを置いて、緊急事態に対応していました。

もちろん現代の民主主義国家では、臨時の措置といっても独裁制を敷くことはできません。第二次世界大戦当時のドイツのように独裁者が暴走するリスクも大きいからです。

■「心配が過ぎる」せいで付け入る隙を与えた?

ただ、ロシアとの戦争をエスカレートさせるというNATOの懸念は、今となっては過大であり、むしろ侵略国家に付け入る隙を与えたという意見がNATO側にもあります。

アメリカ外交問題評議会のリチャード・ハース会長(当時)はNATOの対応は「心配が過ぎる」と苦言を呈しています。ウクライナへの最大の兵器供与国であるアメリカでも提供のペースはもっと速くすべきだったとの意見が出ています。

最低限言えるのは、戦時において民主的なプロセスと味方の敗北と敵の勝利を防ぐためのスピーディーな意思決定をどう両立させていくのか、日本を含め多くの民主主義国の大きな課題になることが改めて分かったということです。そして、戦争はやはりエスカレートするものであり、制御していくのは極めて難しいということです。

----------
豊島 晋作(とよしま・しんさく)
テレビ東京報道局記者/ニュースキャスター
1981年福岡県生まれ。2005年3月東京大学大学院法学政治学研究科修了。同年4月テレビ東京入社。政治担当記者として首相官邸や与野党を取材した後、11年春から経済ニュース番組WBSのディレクター。同年10月からWBSのマーケットキャスター。16年から19年までロンドン支局長兼モスクワ支局長として欧州、アフリカ、中東などを取材。現在、Newsモーニングサテライトのキャスター。ウクライナ戦争などを多様な切り口で解説した「豊島晋作のテレ東ワールドポリティクス」の動画はYouTubeだけで総再生回数4000万を超え、大きな反響を呼んでいる。
----------

(テレビ東京報道局記者/ニュースキャスター 豊島 晋作)