マーケティング部門のリーダーたちは、日々何を考え、何に悩んでいるだろうか。手法がより複雑化している現代において、とくにデジタルマーケティングにおける悩みは尽きないだろう。DeNAで現在、スポーツ・スマートシティ事業本部エグゼクティブビジネスプロデューサーを務める今西陽介氏は、社内転職を繰り返し、マーケティングおよびHRなどマネジメント領域でさまざまな事業を経験してきた。「歩んできたキャリアを活かして多様な事業にチャレンジしていくマインドが大切だ」と、同氏はキャリアに対しての価値観と事業推進におけるポイントを話す。企業の成長につながった施策や事業を切り口に、そこに秘めたマーケターの想いや思考を追っていくDIGIDAY[日本版]のインタビューシリーズ「look inside!―マーケターの思考をのぞく―」。今回は今西氏に、自身の多様な事業経験から導き出されたマーケティングおよびマネジメント論を聞いた。みえてきたのは、「人間理解」を突き詰めて考えてきた同氏の仕事へのスタンスだった。

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DIGIDAY編集部(以下、DD):マーケティング責任者や新規事業開発はもちろん、広告営業からファンションバイヤーなど、今西さんはDeNAでさまざまな事業に挑戦されてきたと思いますが、現在は都市開発の領域に従事しているとお聞きしました。今西陽介(以下、今西):はい。いまは当社のグループでもある横浜DeNAベイスターズの本拠地である、横浜市の都市開発事業に携わっています。いままではアプリマーケティングなどデジタル上の事業を中心にやってきましたが、ここにきてオフラインビジネスのリアルなものづくりに挑戦をしています。DD:今西さんの多様なキャリアのなかでも、大きくベクトルが変わった印象です。これまでは、特段のこだわりなくさまざまな事業に挑戦されてきたんですか?今西:そうですね。こだわりがなかったわけではないんですが、これしかやらないというのは決めないようにしています。DeNAという会社に在籍しつつ、そのなかでいろいろな事業を経験してきましたし、副業もやっています。マーケティングという領域にこだわっているわけでもないため、何でも屋に近いかもしれません。歩んできたキャリアを活かして多様な事業にチャレンジしていくマインドが大切だと思っています。たとえば、コアスキルのひとつでもあるマーケティング戦略策定実行だけではなく、人材育成やマネジメントなど、さまざまなスキルや経験をかけ合わせて事業を推進していくことによって、事業をグロースさせてきたことから、マーケティングの話はもちろん、それ以外の講演や取材の話もいただくことが多めです。DD:キャリアの軸のようなものはあるのでしょうか?今西:私がやってきたことを大まかに分けると、マーケティングとHR(主にマネジメント)の2つの領域に分けられます。マーケティングは「人間理解」とよく例えられますが、マネジメントを行う際も「人間理解」が欠かせません。自社のチームの人間理解ができていない人が、社外のお客様の人間理解ができるはずもありません。また、マーケティングは実行力がなければ机上の空論になってしまうため、実行力が発揮できるチームになるよう、マネジメント遂行の際は再現性と「やりきること」を常に意識しています。

今西 陽介/株式会社ディー・エヌ・エー スポーツ・スマートシティ事業本部エグゼクティブビジネスプロデューサー。2004年にディー・エヌ・エーに入社後、広告営業を経験したのち、モバオク、モバコレなどのモバイルサービスの立ち上げに従事。その後、ゲーム事業部においてマーケティングやPRなどを統括するとともに、ヘルスケア事業部ではでも自治体向けアプリオーナーを遂行。プライベートでは、全国500カ所以上のサウナ場を訪問している。また、新卒時、お菓子メーカーに在籍していたときからの習慣で、コンビニの新商品チェックがやめられない。本人いわく「コンビニには流行が詰まっていて、それをチェックしたい」。

一次情報にこだわる

DD:なるほど。では、まずはマーケティングの経験について教えてください。これまでECやゲーム事業、はたまたヘルスケア事業などのマーケティングを手掛けてきたと思いますが、今西さんがとくに自身の成長に繋がったと感じた経験は何でしたか?今西:思い当たるのは、ギャル系ファッションのバイヤーをやっていた時ですね。当時、DeNAと「ベルメゾン」で有名な株式会社千趣会が合弁会社を設立し、10代〜20代の女性を主要ターゲットとしたモバイルECサイト「モバコレ」を展開しており、そこでバイヤーとマーケティングの責任者を務めていた時期がありました。実は、事業の参考になればと昼はSHIBUYA109に、夜は渋谷界隈のクラブに通っていたんです。自分では全然そんなタイプじゃないと思っているんですが。やはりギャル系、ギャル男系ファッションの雑誌をいくら読んでも、雑誌に載っている人の事を心底理解するのは無理で、うわべでしかわからないんですよね。だからこそ、毎日通い詰める必要があって、そこで話して仲良くなって、お話をすることによって彼らの事を理解することが重要でした。DD:ずいぶんとギャップがあるような……。今西:私は見た目がギャル男ではないですもんね。もちろん、当時は自分自身が興味もないようなジャンルでした。でも、自分がまったく知らない世界だからこそ、触れているだけで面白かったですし、無理なことほどやった方が成長につながるというマインドは普段から持っていたので挑戦しました。当時、DeNAがファッションをビジネスにするのは、一定のチャレンジであり、事業戦略もマーケティングプランもゼロから築き上げねばなりませんでした。だからこそ、ギャル系ファッションを買う人がどういう生態で、どういう服がほしいのかという情報を知る必要があったんです。ここで得たノウハウはいまの仕事の軸にもなっています。DD:毎日109やクラブに通っていれば、知り合いも増えてきそうですね。今西:もちろんです。当社の幹部と渋谷を歩いているときに金髪ギャルの方から「今西さん、こんにちは〜」とセンター街で数分ごとに挨拶されたことがあって、幹部から「君は一体どんな仕事をしているのだ?」と不思議がられたこともありました。DD:ギャップがありますね。では、そこで得たノウハウのなかでも一番重要視していることは何でしょう?今西:一次情報にこだわることです。一次情報、つまり、自分で見聞きして、自分が感じたことから、顧客が何を求めているのかを把握し、それを基に事業プランを作る。もちろん、人から得た情報(二次情報)も大切だと思います。ただ、事業を進めるにはロジックだけではなく、パッションが必要であり、そのパッションこそ一次情報に詰まっています。自分の目で見たり、口にしたりしたものは、自信を持って信じることができるし、人にも説明もして、事業を前に進めやすくなると思っています。DD:実際、事業は成功したのでしょうか?今西:通販サイトですが、約1年で億単位の売り上げが達成できるようになりました。それができたのも、一次情報にこだわって知識を蓄えていたからです。クラブに通って流行を把握したり、店を視察して実際に商品を手に取っているお客様がどういう表情しているのかなどを観察したりしたうえで、バイヤーとして仕入れ量のコントロールやサイトのUIUXにこだわっていました。ただ、最初の売上がよかったからこそジャンルを広げようと思い、ギャル系以外の服を多く仕入れて失敗したこともありました。当たり前ですが、服の好みって、年齢を重ねることで変わります。だからこそ、ギャル系ファッションを好きな人も、タイミングがくれば赤文字系や青文字系の服を好むようになると予想して、下地を作っておこうと思ったんです。でも当時はダメでした。要はお客様のことを本当に理解していなかったんです。

答えよりも問いを

DD:現場のリサーチはずいぶんしていたにもかかわらず?今西:そうです。顧客の深層心理までは理解できていなかったんです。とはいえ、同じことを続けていても進歩はないので。進歩するためのよいチャレンジだったなと受け止めました。DD:事業が上手くいっているからこそ、そのときの未来予測は一番むずかしいですよね。今西:そうですね。たとえばゲーム事業をやっていたときを振り返っても、リサーチにずいぶんとお金をかけていましたが、その結果当たることもありますが、一方でリサーチすればするほど外していたような時期もありました。つまり、好きとか面白いとか楽しいとか、人の感情を揺さぶるものなんて、リサーチですべてわかった気にはなれないんです。だからこそ、そうした人間の欲求をちゃんと言語化して、再確認することが重要になります。DD:リサーチの結果(データ)だけでわかった気にはなるな、ということですね。今西:そのとおりです。データはとても重要ですし、ビジネスで物事を進めるときには、データありきで議論はすべきだと思います。でも、データばかり見ていると沼にハマってしまうんですよね。手段と目的があやふやになってしまうこともあります。大事なのは、データだけで把握できないお客様の感情の理解です。これはまだAIでも完璧にできないと思っています。DD:なぜそのデータを見たいのか、という問いが重要ですよね。デジタル上だと、どうしてもダッシュボードがしっかりしていればわかりやすいし、現状の解像度も上がった気がする。今西:そうです。答えを導き出す能力より、問いを作ることができる能力の方が大事なのかもしれません。お客様の事を考え続けると、新たな「問い」というのがビジネスとして出てくるようになるのではないでしょうか。

楽しくて成績のよいリーダーに

DD:なるほど。では次にマネジメントの経験についても聞かせてください。今西さんは数人から約100人単位と、大小さまざまなチームをまとめてきたと聞いていますが、今西さん流のマネジメント論はあるのでしょうか?今西:経験則として、プロジェクトを前向きにして、楽しくなるようなリーダーは求められると考えています。陰ではなく陽タイプのリーダーです。もちろんチームには陰陽のそれぞれのタイプがいてもよいんですが、陽のポジティブ思考はリーダーに必要な要素です。しかし、陽のタイプといえ、楽しいだけで数字がまったく上がらないリーダーに人はついてきません。自分が所属している部署が負け組であれば、チームメンバーのテンションは上がらないですからね。ビジネスをちゃんと積み上げて、事業を前進させるのがリーダーだと感じています。また、昨今、命令されて動くよりも自分で考えて動きたいという気持ちが強いメンバーが多い気がします。タイムパフォーマンスを重視して、すぐに仕事の成果や答えをほしがるという一面もありますが、まず自分で考えて動ける環境がいまのマネジメントには大事ではないでしょうか。もちろん、リーダーである私はチームメンバーの進捗をチェックしますが、メンバーが進捗を報告してくれているなら、メンバーの進捗が未達であった場合、すべての責任は上司にあると思うので、そのバランスを保ちながらマネージャーとして適切なサポートができるかですね。DD:自分で考えて自分で良いと思ったことを進められるのは、やりがいにもなりますよね。今西:そうです。また、「達成」「快楽」「没頭」「良好な人間関係」「意味合い」の5つの項目を上司として提供できているか、ということもよく意識しています。これはアメリカの心理学者であるマーティン・セリグマン博士が科学的な幸福の指標としているもので、可能な限り、この5つを感じられるような環境が大事だと考えます。これらが成立していれば、そのメンバーはどこにでも自走できるビジネスパーソンになれる可能性がありますし、周りの雰囲気もよくなりますね。人や環境にもよりますが、多くの場合、この5つが成立している環境は仕事をするうえでは「幸せ」を感じられるのではないでしょうか。

アプリとOSに例える

DD:部下に対して、「こんな人材になってほしい」といった想いはありますか?今西:私はよく、マーケティングに必要な人間の能力をアプリとOSで例えています。アプリはSNSマーケティングやSEOなどのマーケティング手法の技術であり、OSはリーダーシップや思考力、関係性構築力などのマーケティングに限らず必要な能力のことです。デジタル領域の人は、どうしても自分のなかのアプリを磨こうとしがちなんですが、それらを完全にAIが担う時代がやってくる。だからこそ、OSのほうを磨くことが重要です。思考力がある人物がコンテンツマーケティングの担当者になるとどうなるか。関係性構築力がある人物がSNSマーケティングの担当者になるとどうなるか。つまり、どういったOSを持っているのかが、より重要になってきます。

今西氏が提言する人間の能力をアプリとOSで例えた図

DD:なるほど。それで言うと、今西さんはアプリという多くのスキルを持ちつつ、さまざまなシーンでOSを磨いてきたのではないでしょうか。そもそもなぜ、いろいろな事業に挑戦を?今西:僕は2004年にDeNAに入社しているんですが、2〜3年おき程度で部署異動していたり、役割を変えたりしています。自分の性格が飽きっぽいというのもあるんですが、一番の理由としては、部署歴が長ければ「裸の王様」になってしまうのではないかという危機感があることです。もし、長年所属した部署で私が何かの提案をすると、メンバーが熟考せずに「さすがです。今西さんが言うならそれをやりましょう」と即答するような環境になれば、それは終わりだと思っています(DeNAではあまり少ないですが、世間ではよくあるケースではないでしょうか)。つまりこれは、僕が忖度されているという状況ですが、メンバー自体も思考停止してしまっているんです。会社にとってはよくないことです。だからこそ、役職などにはこだわらず、社内転職を繰り返してきました。

やりたいことがない人もカッコよくなれる

DD:いろいろな事業を経験していれば、興味が持てない事業もあったのではないでしょうか? それこそ、ギャル系ファッションの通販事業のように完全に未知な領域も。そういったときは、どのような考えを持って仕事をされていましたか?今西:私の場合は、好きではないことのなかでも、楽しいことがないかを発見する力がとても強いタイプだと思うんです。「楽しみ力」「面白がる力」とでも言いましょうか。自分にとって心が踊らない環境でも、そのなかで面白いことは何かを探索するのが好きなんです。効率を上げながら、効率以外の面白みを探すのがポイントだと思っています。そうしたときにどう楽しめるのかが、チームビルディングのなかでもとても大事です。リーダー自身が楽しめない仕事は、メンバーが絶対楽しめませんから。DD:今西さんは「自分自身がやりたいこと」というのがあるのでしょうか?今西:本音を言うと、自分がやりたいことがあまりないタイプです。「やりたいことがない=中身がない」ということではなく……人から何かを求められることに喜びを感じる派ですね。ニーズがあるところにちゃんと寄り添って事業を進めていくことのほうが向いていると感じます。世の中には夢があってやりたいことが明確にある人と、やりたいことがとくにない人がいます。夢や明確にやりたいことがある人ばかりがフューチャーされてカッコいいイメージがありますが、いますぐにやりたいことがなくとも、ちゃんと仕事をして経験を積み上げている人もカッコいいと思うんです。さまざまな経験を積み上げた先に、やりたいことができればそれは幸せだと思いますし、何歳になっても自分次第でチャレンジは可能ですからね。若手を対象としたセミナーなどで公演するとよく、「夢がなく、自分はそれでよいのだろうか?」という質問をいただきます。とても不安な顔をして相談に来られますが、「大丈夫だ」とアドバイスしています。やりたいことがなくたって、ちゃんとキャリアを積み上げられる。私自身がその良い例と見えるように、これからも仕事していくつもりです。Written by 島田涼平Photo by 三浦晃一