知って納得、ケータイ業界の″なぜ″ 第173回 総務省が打ち出す1万5000円の値引き緩和ではミリ波対応スマホが到底普及しない理由
携帯電話向けに割り当てられたがエリアを広げるのが非常に難しく、活用が全く進んでいない「ミリ波」。総務省はそのミリ波を普及させるため、ミリ波対応端末の割引を緩和し、税抜きで最大で1万500円増額する案を打ち出しているのだが、それでミリ波の普及が進むとは到底考えにくい。なぜだろうか。
○ミリ波普及に向け対応スマホの値引き額を緩和
主として30GHz以上、日本では28GHz帯が相当する「ミリ波」。1GHz以下のいわゆる「プラチナバンド」と比べると周波数は非常に高いが、その分空きがあるので帯域幅、要はデータの通る道幅が非常に広いことから、従来以上の高速大容量通信が可能とされている。
実際、現状携帯4社に割り当てられている28GHz帯は400MHz幅。割り当て幅が3〜15MHzのプラチナバンドと比べれば圧倒的に広いが、いま5Gの高速化を進めるのに携帯各社が整備を積極化している、6GHz以下の「サブ6」と呼ばれる周波数帯も、割り当て幅は100〜200MHz幅程度。いかにミリ波の帯域幅がずば抜けて広いかが理解できるだろう。
総務省「第5世代移動通信システム(5G)の導入のための特定基地局の開設計画の認定(概要)」より。携帯4社に割り当てられているミリ波の28GHz帯の帯域幅は400MHzで、「サブ6」に分類される3.7GHz帯や4.5GHz帯の4倍と非常に広い
だが非常に周波数が高いことから障害物に弱くて電波が遠くに飛びにくく、カバーエリアは「Wi-Fiスポット並み」とも言われ広い範囲をカバーするのには適さないとされている。それゆえ携帯電話会社もミリ波の整備には非常に消極的で、整備が進まないことから対応する端末が増えず、それを活用したサービスも出てこない……という悪循環に陥っており、5Gのサービスが始まってから4年が経過してもなお、全くと言っていい程使われていない。
だがそれは、ミリ波を割り当てた国の側からしてみれば非常に由々しき事態であることも確か。とりわけ日本では高い周波数帯の研究に力が入れられていることから、ミリ波の活用が進まなければ6Gでの利用が検討されている100〜300GHzの「サブテラヘルツ波」の活用も進まず、研究が国益につながらない状況をも生み出しかねない。
そうしたこともあってか、総務省ではミリ波の普及に向けたさまざまな議論を進めており、その成果として浮上しているのがミリ波対応端末に対する割引額の緩和である。これは総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」で議論が進められ、その報告書案に盛り込まれたものだ。
現在、携帯電話の契約に紐づいた端末の割引額は電気通信事業法で上限が設けられており、4万円以下(税抜き、以下同様)であれば2万円、4万円以上8万円までであればその半額、8万円以上であれば4万円までとされている。そこで今回の報告書案ではミリ波の普及を促進するため、ミリ波に対応している端末は割引上限額を1万5000円をプラスするとしている。
それゆえ8万円までの端末はこれまでと値引き額の上限は変わらないのだが、割引額の上限自体が5万5000円に上がる。8万円以上11万円までのスマートフォンは端末価格の半分まで値引きが可能になり、11万円以上のスマートフォンは5万5000円の値引きができる計算となるようだ。
総務省「競争ルールの検証に関する報告書2024(案)」より
なぜ追加の割引額が1万5000円なのか? という点に疑問を抱く人も多いだろう。先の報告書案を確認すると、国内で販売されている同じ機種で、ミリ波対応端末と非対応端末の価格差が平均で約1万7000円だったことを踏まえたため、とされている。
○少なすぎる値引きの緩和、6Gで日本が再び“負ける”可能性も
長年にわたり業界の商習慣を根底から覆してまで、スマートフォンの値引きを厳しく規制してきた総務省が、ミリ波普及のためその緩和に動いたことが相当異例中の異例であることは間違いない。それだけに一連の総務省の取り組みは、従来ミリ波への対応に消極的な姿勢を取ってきた携帯電話会社や端末メーカーの姿勢にもやや変化を与えているようだ。
実際、KDDIの代表取締役社長である高橋誠氏は、2024年5月10日の決算説明会でミリ波の端末購入補助について言及。従来高橋氏はミリ波の整備に消極的な回答が多かったのだが、この時は「ミリ波のチップ代くらいインセンティブを出しても、という話が出ている。ミリ波開設計画通りに打っているが、全然使っていない状況ある。少しもったいないので活用をもう少し議論していきたい」と答え、トーンにやや変化が出てきている様子がうかがえた。
またシャープの通信事業本部 本部長である小林繁氏も、2024年7月2日のスマートフォン新機種体験会で「国を挙げての政策で、インフラをセットにして発展させていくアプローチは非常に正しいと思うし、期待している」と話しており、やはり端末購入補助に踏み切った政府の姿勢を高く評価している様子がうかがえる。
シャープの小林氏はミリ波対応端末の値引き緩和策に対して、国を挙げての政策を打ち出すした総務省にポジティブな評価をしている
ただ、この案が通りミリ波対応端末に対する割引の緩和が実現したとしても、ミリ波対応スマートフォンの普及につながるのか? という点には相当疑問がある。現状、ミリ波に対応したスマートフォンはメーカー各社のフラッグシップモデルに限られ、その値段は20万円前後(税込み、以下同様)というのが当たり前。最近ではサムスン電子の「Galaxy Z Fold6」のように、最も高いモデルで30万円を超える機種も出てきている。
サムスン電子が発売予定の新しい折り畳みスマートフォン「Galaxy Z Fold6」は、ミリ波に対応するが価格は最も高いモデルで30万円を超えている
そうしたスマートフォンはもちろん11万円を超えるので税抜き5万5000円、税込みであれば6万500円と、最大限の割引が適用できる。それゆえ仮に20万円のスマートフォンに割引を最大限適用した場合、13万9500円で購入できるのだが、それでも10万円を超えてしまうことから多くの一般消費者にとって購入しづらいことは変わらない。
加えて、今回の値引き規制緩和は8万円を切るミドルクラスのスマートフォンは実質的に対象外だ。もっと安いミドルクラス以下のスマートフォンをミリ波に対応させればいいのでは? という声も有識者会議などでは出ていたのだが、価格が競争力に直結する低価格のスマートフォンこそ、明らかにコスト増要因となるミリ波の対応はさせづらく、メーカー側も明確なインセンティブがなければ対応するモチベーションが働くことはないだろう。
それだけに総務省に求められるのはより大胆な値引きの緩和、例えばミリ波対応端末であれば元の価格を問わず1円までの値引きを認めるなどして、メーカー側にもモチベーションを与えてミリ波対応端末を増やし、普及を一気に進めることではないだろうか。
先の有識者会議においても、一部の有識者から最後まで「認めたくない」という声が挙がるなど、端末値引きには依然非常に強い反発の声があるのは確かだ。だがそうした声だけに答え続けていては、5Gに続いて6Gでも日本が“負ける”ことになりかねない。
5Gで中国が非常に大きな存在感を示したように、モバイル通信は今や国家戦略が大きく問われる時代となってきている。6Gに向けて日本の技術優位性を生かすには、国が明確な方針を立てて企業を支援する姿勢が求められるだろう。それだけに、政府が本気でミリ波の普及を推し進めたいのであれば、今回の割引案では全く足りないというのが筆者の正直な見方である。
○ミリ波普及に向け対応スマホの値引き額を緩和
主として30GHz以上、日本では28GHz帯が相当する「ミリ波」。1GHz以下のいわゆる「プラチナバンド」と比べると周波数は非常に高いが、その分空きがあるので帯域幅、要はデータの通る道幅が非常に広いことから、従来以上の高速大容量通信が可能とされている。
総務省「第5世代移動通信システム(5G)の導入のための特定基地局の開設計画の認定(概要)」より。携帯4社に割り当てられているミリ波の28GHz帯の帯域幅は400MHzで、「サブ6」に分類される3.7GHz帯や4.5GHz帯の4倍と非常に広い
だが非常に周波数が高いことから障害物に弱くて電波が遠くに飛びにくく、カバーエリアは「Wi-Fiスポット並み」とも言われ広い範囲をカバーするのには適さないとされている。それゆえ携帯電話会社もミリ波の整備には非常に消極的で、整備が進まないことから対応する端末が増えず、それを活用したサービスも出てこない……という悪循環に陥っており、5Gのサービスが始まってから4年が経過してもなお、全くと言っていい程使われていない。
だがそれは、ミリ波を割り当てた国の側からしてみれば非常に由々しき事態であることも確か。とりわけ日本では高い周波数帯の研究に力が入れられていることから、ミリ波の活用が進まなければ6Gでの利用が検討されている100〜300GHzの「サブテラヘルツ波」の活用も進まず、研究が国益につながらない状況をも生み出しかねない。
そうしたこともあってか、総務省ではミリ波の普及に向けたさまざまな議論を進めており、その成果として浮上しているのがミリ波対応端末に対する割引額の緩和である。これは総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」で議論が進められ、その報告書案に盛り込まれたものだ。
現在、携帯電話の契約に紐づいた端末の割引額は電気通信事業法で上限が設けられており、4万円以下(税抜き、以下同様)であれば2万円、4万円以上8万円までであればその半額、8万円以上であれば4万円までとされている。そこで今回の報告書案ではミリ波の普及を促進するため、ミリ波に対応している端末は割引上限額を1万5000円をプラスするとしている。
それゆえ8万円までの端末はこれまでと値引き額の上限は変わらないのだが、割引額の上限自体が5万5000円に上がる。8万円以上11万円までのスマートフォンは端末価格の半分まで値引きが可能になり、11万円以上のスマートフォンは5万5000円の値引きができる計算となるようだ。
総務省「競争ルールの検証に関する報告書2024(案)」より
なぜ追加の割引額が1万5000円なのか? という点に疑問を抱く人も多いだろう。先の報告書案を確認すると、国内で販売されている同じ機種で、ミリ波対応端末と非対応端末の価格差が平均で約1万7000円だったことを踏まえたため、とされている。
○少なすぎる値引きの緩和、6Gで日本が再び“負ける”可能性も
長年にわたり業界の商習慣を根底から覆してまで、スマートフォンの値引きを厳しく規制してきた総務省が、ミリ波普及のためその緩和に動いたことが相当異例中の異例であることは間違いない。それだけに一連の総務省の取り組みは、従来ミリ波への対応に消極的な姿勢を取ってきた携帯電話会社や端末メーカーの姿勢にもやや変化を与えているようだ。
実際、KDDIの代表取締役社長である高橋誠氏は、2024年5月10日の決算説明会でミリ波の端末購入補助について言及。従来高橋氏はミリ波の整備に消極的な回答が多かったのだが、この時は「ミリ波のチップ代くらいインセンティブを出しても、という話が出ている。ミリ波開設計画通りに打っているが、全然使っていない状況ある。少しもったいないので活用をもう少し議論していきたい」と答え、トーンにやや変化が出てきている様子がうかがえた。
またシャープの通信事業本部 本部長である小林繁氏も、2024年7月2日のスマートフォン新機種体験会で「国を挙げての政策で、インフラをセットにして発展させていくアプローチは非常に正しいと思うし、期待している」と話しており、やはり端末購入補助に踏み切った政府の姿勢を高く評価している様子がうかがえる。
シャープの小林氏はミリ波対応端末の値引き緩和策に対して、国を挙げての政策を打ち出すした総務省にポジティブな評価をしている
ただ、この案が通りミリ波対応端末に対する割引の緩和が実現したとしても、ミリ波対応スマートフォンの普及につながるのか? という点には相当疑問がある。現状、ミリ波に対応したスマートフォンはメーカー各社のフラッグシップモデルに限られ、その値段は20万円前後(税込み、以下同様)というのが当たり前。最近ではサムスン電子の「Galaxy Z Fold6」のように、最も高いモデルで30万円を超える機種も出てきている。
サムスン電子が発売予定の新しい折り畳みスマートフォン「Galaxy Z Fold6」は、ミリ波に対応するが価格は最も高いモデルで30万円を超えている
そうしたスマートフォンはもちろん11万円を超えるので税抜き5万5000円、税込みであれば6万500円と、最大限の割引が適用できる。それゆえ仮に20万円のスマートフォンに割引を最大限適用した場合、13万9500円で購入できるのだが、それでも10万円を超えてしまうことから多くの一般消費者にとって購入しづらいことは変わらない。
加えて、今回の値引き規制緩和は8万円を切るミドルクラスのスマートフォンは実質的に対象外だ。もっと安いミドルクラス以下のスマートフォンをミリ波に対応させればいいのでは? という声も有識者会議などでは出ていたのだが、価格が競争力に直結する低価格のスマートフォンこそ、明らかにコスト増要因となるミリ波の対応はさせづらく、メーカー側も明確なインセンティブがなければ対応するモチベーションが働くことはないだろう。
それだけに総務省に求められるのはより大胆な値引きの緩和、例えばミリ波対応端末であれば元の価格を問わず1円までの値引きを認めるなどして、メーカー側にもモチベーションを与えてミリ波対応端末を増やし、普及を一気に進めることではないだろうか。
先の有識者会議においても、一部の有識者から最後まで「認めたくない」という声が挙がるなど、端末値引きには依然非常に強い反発の声があるのは確かだ。だがそうした声だけに答え続けていては、5Gに続いて6Gでも日本が“負ける”ことになりかねない。
5Gで中国が非常に大きな存在感を示したように、モバイル通信は今や国家戦略が大きく問われる時代となってきている。6Gに向けて日本の技術優位性を生かすには、国が明確な方針を立てて企業を支援する姿勢が求められるだろう。それだけに、政府が本気でミリ波の普及を推し進めたいのであれば、今回の割引案では全く足りないというのが筆者の正直な見方である。