24年上期「映画興収TOP10」に感じる"先行き不安"
©2024 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会
2024年上半期の映画興収は前年比10%近くほど減少した。上半期時点で100億円超え作品は2本。23年上半期時点で3本だったことを考えると、やや見劣りがする数字だ。
期待値が高い大作が乏しい
近年の年間興収は、コロナ禍以降、右肩上がりで回復してきた。
2023年の1〜5月の累計興収は前年比130%ほどとまれにみる好調さを見せ、下半期にも『君たちはどう生きるか』『ゴジラ-1.0』などの大作が公開された。
2023年通期では2214億8200万円と、歴代最高の2611億8000万円(2019年)の84.8%にも迫る勢いだった。
(C)2023 TOHO CO., LTD.
しかし今年は、夏休み映画を含めた下半期に、昨年に匹敵するような期待値の高い大作が乏しい。これまでの年間興収の成長路線に黄信号が灯っている。
上半期のTOP10は以下の通りだ。
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TOP5のうち4作品と、ランキング上位をアニメ作品が占めているのは、例年通りだ。
ハイキュー‼とコナンの勢い
そのなかでも注目したいのは上位2作。
とくに『劇場版ハイキュー!!』は、関係者も予測できなかった大ヒットになった。これまでの劇場版シリーズの興収からしても、タイトルのファン層の規模からしても、公開からのスタートダッシュ直後は、100億円にどこまで迫ることができるかと見られていたが、一気に突き抜けた。
さらに近年、新作が公開されるたびに興収を伸ばしてきた『名探偵コナン』は、ついに150億円の大台を超えた。
今作ではタイトルの強さと、天井知らずの人気の伸びを示した一方、コアファンからは作品内容や、これまでのシリーズと比較したさまざまな意見が出ている。それでもライト層の新たなファンが、ここ数年で勢いよく増え続け、歴代最高興収を更新した。
劇場アニメは、コロナ下の『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』から『ONE PIECE FILM RED』『劇場版 呪術廻戦 0』『THE FIRST SLAM DUNK』と、この5年ほどの間でスーパーヒット作品が登場し続けている。観客はマスにまで拡大し、アニメ映画の市場が広く定着しつつあることで、大きく映画の市場規模が底上げされている。それが今年上半期の2作の結果からもうかがい知ることができるのだ。
実写よりもアニメ映画の勢いは目を見張るものがある。アニメ映画を支持する若者たちからすると、アニメと実写という区分けはないのかもしれない。おもしろそうな映画があれば観に行く。それがアニメばかりで、実写が少ないというだけなのだろう。
TOP10以外でも、『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』『劇場総集編ぼっち・ざ・ろっく!Re:』といったターゲットを絞り込んだアニメも、コアファンを確実に取り込んでスマッシュヒット。『劇場版ブルーロックー EPISODE 凪ー』は20億円に迫る大ヒットになっている。
近年の急激なアニメファンの裾野の広がりにより、こうした作品もこれからより大きく成長していくことが十分期待できるだろう。
とはいえ、アニメであれば何でもいいわけではない。100億円を超えるスーパーヒットになるのは、テレビアニメの人気タイトルシリーズをはじめ、限られたひと握りの作品のみだ。オリジナル新作アニメも数多く公開されてはいるが、ここまでの大きなタイトルに育つのは簡単ではない。
ちなみに今年のワールドツアー上映『「鬼滅の刃」絆の奇跡、そして柱稽古へ』は、20億円台になりそうだ。昨年の『「鬼滅の刃」上弦集結、そして刀鍛冶の里へ』は41.6億円だったことを考えると、その半分強ほど。変わらず根強い人気を誇るが、多くの強力タイトルが公開されるなか、やはり新作が出ないと一般層への求心力は落ちていくことが示された。
YouTubeで人気「変な家」が大ヒット
邦画実写は、昨年上半期の劇場版『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』(45.3億円)や『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』(27.1億円)のようなビッグタイトルのヒットがなかった一方、『変な家』(56億円)の大ヒットが生まれた。
「変な家」が画期的なのは、人気漫画の映画化でもなければ、ドラマの映画化でもないこと。YouTube動画で火が付き、その後ミステリー小説化した作品が、50億円を超える大ヒットを記録。上半期実写1位になったのだ。
変な家(写真:映画『変な家』公式インスタグラムより引用)
客層が子どもにも広がっている点が、これまでのホラー映画とは異なるヒット規模になった要因の1つ。YouTubeで話題になり、SNSでの知名度が高いことや、後半のストーリー展開での意外なホラーテイストなどが「怖いけれども、おもしろい映画」として若い世代を引き付けた。
50億円という数字は、ホラーテイストの映画としては異例のヒットだ。家の間取りという題材や元ネタの出所、作品性などを総合的に含めて新規性があり、従来のジャパニーズホラーとは異なる、これからの時代の新たなヒットパターンの1つになった。
“高齢者映画”のスマッシュヒット
もう1つ邦画実写で着目したいのが、『九十歳。何がめでたい』『帰ってきた あぶない刑事』での“高齢者映画”のスマッシュヒット。前者は10億円手前、後者は15億円前後まで伸ばしそうだ。
『九十歳。何がめでたい』は、昨年100歳を迎えた原作者・佐藤愛子氏のエッセイを90歳の草笛光子の主演で映画化。90代の登場人物が、いまの生きづらい世の中を自らの視点から痛快に笑い飛ばすエンターテインメントが、超高齢化社会を迎えるなか、世間の関心に刺さった。
『帰ってきた あぶない刑事』もW主演の舘ひろしと柴田恭兵はともに70代。警察を定年退職し、探偵事務所を構える元刑事の探偵2人が、殺人事件や爆破テロに立ち向かう物語だ。浅野温子、仲村トオルらおなじみの顔ぶれのメインキャストも60歳前後。彼らの歳を重ねても変わらぬ活躍ぶりに胸を熱くしたファンは多いようだ。
『帰ってきた あぶない刑事』(写真:『帰ってきた あぶない刑事』公式Xより引用)
映画ファンが高齢化していくなか、高齢層の視点から社会をフィーチャーしたり、エルダー層キャストが活躍したりする作品は、これからの注目カテゴリの1つになっていくかもしれない。
映画ジャーナリストの大高宏雄氏は、邦画実写の上半期興行を振り返り、「テレビドラマを映画化する従来の定番が崩れてきており、かつてのようなヒットの確実性が弱まっている。いまは企画の段階で、YouTubeやTikTok、SNSなどである程度支持を得ている題材を探すようになっているが、『変な家』の大ヒットをきっかけに、その傾向がより強まるのは間違いない」と語る。
一方、今年冬公開の米倉涼子主演『劇場版ドクターX』や木村拓哉主演『グランメゾン・パリ』を例として挙げながら、世の中的な話題性の高い人気ドラマは、時代を経ても変わらぬ爆発的な興行力があることにも大高氏は言及した。
そして、映画のヒットを支える若い世代の生活の大部分を、SNSやネット利用が占めていることを踏まえ、大高氏は「テレビをはじめマスメディアに触れる若い人がどんどん減っているため、量産されてきたドラマの映画化や、漫画や小説原作のメディアミックスからの映画化という邦画実写の基盤の形が、これから大きく変わっていくかもしれない」と指摘する。
洋画の苦戦は続いている
洋画の時流は今年も変わっていない。TOP10に『ウィッシュ』(36億円)と『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』(23.7億円)の2作が入っているが、前者はディズニー100周年記念作であり、後者はいま旬の世界的スターが出演するハリウッド大作。ともに本来の期待値とはかけ離れた興行になった。
日本公開を巡って社会的な話題にもなった、原爆の父を描くクリストファー・ノーラン監督のハリウッド大作『オッペンハイマー』は17億〜18億円ほど。都会を中心に社会問題に関心のある若い世代が足を運んだが、センシティブなテーマ性のためか、幅広い一般層へは響かなかったようだ。
気になるのは、洋画ファンの年配層がどこまで動いたか。本作の興行からは、同層の動きが鈍かったことがうかがえる。『オッペンハイマー』は3時間という長尺がハードルになったことも考えられるが、映画そのものの鑑賞への行動変化が起きているとすれば、これからの洋画興行はこれまで以上に厳しくなっていくかもしれない。
洋画はいまやシリーズ大作の続編に対する観客の引きがない。若い世代を引きつける社会的時流や要素が生まれないまま時間が過ぎ去って、もはやその厳しさが当たり前になり、かつての洋画隆盛期のような未来は見えなくなっている。
大高氏は映画業界全体の課題として「いまシネコンは邦画も洋画も話題はアニメばかり。すでに少なくなっている映画ファンが観たい社会派映画や骨太な人間ドラマの作品がじり貧状態だ。そうなると、長く映画に関心を持ってきた人たちや、映画に幅広い価値を見出そうとする若い人たちも、劇場に行くのをやめてしまう。それはすごく大きな問題だ」と語る。この上半期の興行結果から、構造的な積年の問題への危機感はより高まりそうだ。
(武井 保之 : ライター)