WWDC24で日本を含むアメリカ以外の国での発売が発表されたVision Pro(筆者撮影)

アップルはアメリカに続き、日本、中国、シンガポールのアジア3国で、同社初の空間コンピューティング端末「Vision Pro」を発売した。日本での価格は税込み59万9800円。

本国アメリカに遅れること4カ月、アップルはアジア各国での発売に、どんな期待を寄せているのか。また、我々はこれまでのディスプレーという「枠」に規定されてきたコンピュータ利用から、解放されるのだろうか。

「Vision Pro」を4カ月使ってみた

筆者は2024年2月のVision Pro発売時にアメリカで手に入れ、日本で使うために「技適未取得機器を用いた実験等の特例制度」を通じて届け出を行い、4カ月間日本でVision Proがある生活を経験してきた。

まずデバイスとしては、これまで体験してきたVRヘッドセットと比較し、解像度が高く、頭の動きに対する遅延が極めて少なく、インターフェイスやコンテンツが美しくデザインされたAppleらしい仕上がりだったと評価することができた。


Vision Proを装着した同士でFaceTime通話をし、相手のVision Proに映し出された映像のキャプチャー。あらかじめ生成しておいた自分のアバターで口の動きや表情が再現できる(筆者提供)

自宅や職場である大学で、また自宅と職場の間の交通機関でも試してみたが、どこにいても、美しい自分の作業空間が広がり、あるいは自分専用のシアターでコンテンツを楽しむことができ、場所にとらわれないコンピュータ体験のポータビリティ、つまり自分の空間を持ち運ぶ感覚を実現していた。

当初は英語のインターフェイスのみの対応で、日本語の表示は可能ながら、音声やバーチャルキーボードによる文字入力ができない仕様。活用の中心はメディア視聴と、Macのバーチャルスクリーンにならざるを得なかった。

しかしその体験もまた、非常に優れたものだった。

Macのバーチャルスクリーンは、目の前にあるMacの画面をvisionOSの空間に配置することができる機能で、どこにいても40インチ以上のサイズの4Kディスプレーを目の前に出現させることができる。この機能は極めて優れており、コンピュータでの作業に没入できる機能だった。

「日本語」「iPadアプリ」「技適」に対応

6月10日(アメリカ時間)から開催され、Vision Proの日本発売がアナウンスされたWWDC24に合わせて、日本語に対応するvisionOS 1.2が公開された。

加えて、日本での発売直前となる6月21日からは、日本のAppleアカウントでも、visionOSのApp Storeにアクセスできるようになった。Netflixなど、一部のアプリを除くほぼ全てのiPadアプリがvisionOS上でもダウンロードできる。

例えばABEMAやdアニメストアといったアプリが、そのまま利用できるようになり、身近なストリーミングアプリが楽しめる。あり得ないサイズの画面を目の前に広げた映像視聴は、Vision Proのエンターテインメントの醍醐味の一つに数えられる。

また、意外に思われるかもしれないが、電子書籍や新聞などの文字情報のコンテンツもまた、相性が良い。デバイスを手で持たず、また首を下に向ける姿勢をとらなくて済むため、長時間の読書がより楽になる。

加えて、日本で発売されるにあたり、アメリカで2月に購入したハードウェアについても、日本国内で電波を発するデバイスを利用する際に求められる「技術基準適合証明」、いわゆる技適マークも追加された。アメリカで発売されたものと同じデバイスが、日本をはじめとする各国で販売されていることがわかる。

Vision Pro発売に際し、日本国内に展開しているアップル直営店では、Vision Proの体験セッションの予約を受け付け、約30分試すことができる機会を用意している。


アップル直営店には、Vision Pro体験コーナーが用意され、まずは多くの人に触れてもらうことに注力している。(筆者撮影)

この体験のために、アップルは世界共通で、ストアのスタッフと体験者が座ることができるソファなどの什器を導入。長期的に、Vision Proを体験していく人を増やしていく戦略だ。

アップルとしても、いきなりVision Proが飛ぶように売れるとは考えていないようで、iPodやiPhoneを発売した時と同じように、まずは店頭で試して体験してもらうことに注力を置いているのではないか、と考えられる。

Vision Proの立ち上げは、近年のアップルにとっては、決定的に異なる部分が存在していた。

発売当初の評判がそこまで良いわけではなく(主に価格の問題)、爆発的ヒットとなっていない点はiPhoneの初期と同様かもしれない。しかし市場環境が異なる。

iPhoneは、携帯電話という当時年間約10億台が販売されていた市場への参入であったし、iPadはパーソナルコンピュータという巨大市場への提案だった。さらにさかのぼって、iPodはソニーが1980年代から脈々とウォークマンで作り上げてきた音楽プレイヤー市場への新規参入だった。

ではVision Proはどうだろう。

マーク・ザッカーバーグ率いるメタは、フェイスブックやインスタグラムのような、ウェブやモバイルのSNSの「次」として、仮想空間での人同士のコミュニケーションをビジネスにしていこうとしている。

しかしながら、現段階では、ヘッドセット・VRデバイスの市場規模は、2023年時点で2136万台にとどまっており、世界中の人が日常的に扱うという前提が共有されているわけではない(出典:Statista)。

その点で言えば、Vision Proのリリースを推し進めてきたティム・クックCEOは、非常にアグレッシブに、ヘッドセット型デバイス、あるいは空間コンピューティングという市場を作りにいく「チャレンジ」をしていることがわかる。

カギは「アプリ」と活用方法

アップルは、テクノロジーのデバイス販売という一方通行のビジネスからスタートした。そのうえでデバイス購入後も、アプリストアやサブスクなどで顧客価値を向上させ、開発者とユーザーをマッチングさせるApp Storeのビジネスモデルを導入した。

アップルは、デバイスを購入するユーザーと、アプリを開発する開発者をマッチングする役割を担い、有料アプリに関して手数料を得るビジネスを行っている。

ユーザーが増えれば増えるほど、ビジネスチャンスが広がるとして開発者が喜ぶ。他方開発者が増えて良いアプリが増えれば増えるほど、デバイスの価値が高まり、ユーザーが喜ぶ。そんな相互関係がアップルのプラットフォームの上で作られている。


2024年秋にリリースされる次世代OSでは、UIの最適化と開発者向け機能強化が目立つ(筆者撮影)

iPhoneの場合は、携帯電話市場のスマートフォンへの転換という好機をつかみ、iPhoneの普及が先に起き、後から開発者コミュニティが成長した。しかしVision Proの場合、端末価格の高さや、「空間コンピューティング」という新しいチャレンジであることから、開発者コミュニティが先行することが考えられる。

簡単に言えば、「Vision Proアプリを作ると、開発者が儲かる」という状況を、アップルはいかに早く作り上げるかがカギとなるのだ。

iPhoneが登場した当初、インスタグラムやウーバーといった、今では生活に欠かせないアプリは存在しておらず、いずれもiPhone登場以降に世の中にアプリとして出てきた。では、Vision Proにとっての必需アプリとはいったい何なのか。

実はアップルも、答えを持ち合わせていないはずだ。

(松村 太郎 : ジャーナリスト)