森岡毅率いる刀がニップンと協業。大ヒット「もちっとおいしいスパゲッティ」を生んだ消費者調査の意外なヒントとは?
USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)再建の立役者となった後、株式会社 刀を起こし、西武園ゆうえんち、丸亀製麺、ネスタリゾート神戸、ハウステンボスなどを次々と再生している話題のマーケター・森岡毅氏。『苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』(ダイヤモンド社)の著者としても知られる。
6月20日には株式会社ニップンとの協業を発表した。すでに協業開始から1年半ほど経っており、結果も出始めている。刀が「成熟市場」と言われる粉・パスタ関連業界にどうやって切り込んだのか? その道程をレポートする。(取材・亀井史夫/ダイヤモンド社)
企業がマーケティングを本気で導入すれば、成熟市場でも成長することができる
ニップンは日本製粉と名乗っていた時代から数えて128年の歴史のある会社で、製粉業界国内2位の大手である。しかし2020年に社長に就任した前鶴俊哉氏は、頭を悩ませていた。
「我々は業務用市場が中心の会社ですが、もっと家庭用市場も拡大しないといけない。そのためには強力なマーケティング力が必要でした」(前鶴社長)
「成熟市場」とは、もう一定の状態まで成長してしまい、これ以上の成長はなかなか望めない市場のことだ。コモディティ(日用品)とも呼ばれ、原材料に近い製品がほとんどで商品の差別化が難しい製粉業界は、まさにこれに当たるだろう。
現場から本物の消費者起点の発想を取り入れたいという声が上がる中、森岡氏の著書を読み込んだ前鶴社長は、ノウハウ移管の支援スタイルならと覚悟を決めた。株式会社 刀との協業を開始したのだ。
西武園ゆうえんちやイマーシブ・フォート東京など、テーマパークの運営を得意とする刀だが、丸亀製麺のように外食チェーンの再建を手がけた実績もある。どこの業界であれ関係ない。
「企業がマーケティングを本気で導入すれば、たとえ成熟市場でもコモディティ市場でも成長することができる」と森岡CEOは考えた。
それまでニップンは、開発部が作った製品を、製造部が生産し、宣伝部が宣伝して、営業部が売る、という日本的な縦割りの構造で回っていた。その垣根を取っ払い、各部から集められたメンバーと刀のメンバーが一緒になって、組織横断の新マーケティング組織を作った。刀が徹底的に現場に入り込み、ニップンの社員が実戦を通してノウハウを習得することで、ニップンに強いマーケティングの力が積みあがっていった。
ニップンのこれまでの開発過程を見直し、刀との協業では、消費者目線を重視した。6万人以上のユーザーから家庭用パスタに求める意見を収集した。
その結果、意外な事実が判明した。
「競合他社の商品は簡便性ばかりが主張されていて、食の本質であるおいしさへの追求が抜けているのではないか。消費者は1分を短縮できるからその商品を買っているわけではない。ど真ん中のおいしさをもっと追求すべきなのです」(森岡CEO)
そんなバカなと思われるかもしれないが、これはコモディティ市場では起こりがちなことだという。
「かつて台所用洗剤では、『手にやさしい』ばかりが訴求されていた時代がありました。製品の性能ではもう差がつかないのではないかと思われていたのです。しかしそこで『油汚れに強い』という台所用洗剤の本丸とも言える商品が開発され、それをアピールすることで大成功したのです」(森岡CEO)
ニップンはBtoBが得意な会社で、製品開発には定評があった。依頼があれば、どんな難しいリクエストでもクリアして新たな製品を開発してきた。ずば抜けた開発力と素晴らしい生産システムを持っている。開発すべき方向性を社内でも示せるようになれば、最強の組織になるはずだ。
刀はデータの分析もニップンのメンバーと一緒に行った。どこをどう分析すべきか、データから「毒」を取り除くにはどうしたらいいのか、などを一緒に実践していった。また、徹底した消費者調査から、「食感」は消費者にとっておいしさの違いを感じられる重要な要素であり、なかでも日本人がおいしいと感じるのは実は「もちっと」した食感であることを見出したという。
そうやって徹底した消費者視点で乾燥パスタの製品開発を進めるうち、ニップンのメンバーの中から面白いアイデアが生まれた。
「もちっとおいしいスパゲッティ」。
新商品のコンセプトをそのまま商品名としてはどうだろう。
それだ! かくして商品名は決まった。