質量がなくても運動量は存在するのか?…エンジンも燃料もいっさい不要の夢の宇宙船、光を使って宇宙船を動かす「ソーラーセイル」
物理に挫折したあなたに--。
読み物形式で、納得!感動!興奮!あきらめるのはまだ早い。
大好評につき5刷となった『学び直し高校物理』では、高校物理の教科書に登場するお馴染みのテーマを題材に、物理法則が導き出された「理由」を考えていきます。
本記事では、〈車は急に止まれないのはなぜ?…もし大型車と小型車で衝突事故が起こった場合、小型車の運転手が受ける「大きすぎる衝撃」〉にひきつづき、運動量保存則についてくわしくみていきます。
※本記事は田口善弘『学び直し高校物理 挫折者のための超入門』から抜粋・編集したものです。
加速度を侮ることなかれ
高校物理の教科書や副教材には、運動量保存則の原理を利用した実験(※1)がしばしば登場する。試しにひとつ紹介してみよう。
用意するのは、大小それぞれ1個、合計2個のボール。たとえば、大きなボールはバスケットボールやバレーボール、小さなボールは軟式あるいは硬式のテニスボールなどがよいだろう。
まず、大きなボールの上に小さなボールを載せる(この際、小さなボールの据わりをよくするリングなどを挟むとうまくいく)。この状態で手を離してボールを真下に落とすと、小さなボールが驚くほど高く跳ね上がる。
大きなボールと小さなボールを単独で落とした場合は、それぞれ元の位置より上に跳ね上がることはけっしてないので非常に不思議な感じがする。
これは衝突時の力積は同じだけど、加速度に換算すると、小さいボールが受ける影響はずっと大きいという原理を用いている。
一連の運動をもう少し細かく見てみよう。まず大小2個のボールを連結した状態で落下させると、まず大きいボールが床にぶつかって跳ね返される。この際、まだ落下中の(下向きの速度を持っている)小さいほうのボールと正面衝突する。
すると、小さいボールが非常に大きな加速度を得るので、もともとこの物体を落とした位置よりはるか上まで跳ね上がるというわけだ。
うまくいくと、小さいボールは、4m以上跳ね上がるので、屋外の周囲に人がいない場所で行うことをオススメする。
(※1)ここで紹介している実験は、国立大学55工学系学部HPにある「おもしろ科学実験室」コーナーで、動画付きで解説されているので、興味のある方はぜひご覧いただきたい
(https://www.mirai-kougaku.jp/laboratory/pages/160303.php)
光の力を使って、宇宙船を動かす
意外に思われるかもしれないが、質量がなくても運動量は存在する。
運動量=質量×速度
なんだから質量がなかったら運動量もゼロのような気がするが、そんなことはない。たとえば、光は質量がないのに運動量を持っている。
実際、光を使って宇宙船を動かそうという「ソーラーセイル」という計画が大まじめに研究されている。ソーラーセイルは、ひと言で言うと「宇宙ヨット」。海洋を進むヨットは、セイル(帆)を広げて、風を受けて進むが、「ソーラーセイル」は、太陽光を受けて進む。従来の宇宙探査機と違って、エンジンも燃料もいっさい不要の夢の宇宙船だ。
質量のない光が宇宙探査機を動かすほどの運動量を持つというのも、なんだか奇妙な感じがするかもしれないが、実は量子力学まで学ぶと「速度」なるものは実在せず、あるのは「運動量」と「質量」だけだということがわかる。
だから「運動量がゼロで質量が有限」、とか、「運動量が有限で質量がゼロ」は別にありなのである。速度が存在しない、と言われてもピンとこないかもしれないが、実際のところ我々が感じている「速度」というものは錯覚にすぎない。
私たちは静止画が1秒に30枚、ちょっとずつ変わっている映像を見て「動いている」と感じているが、実際にはそこには動きがない。静止画の連続が動きに見えるのは「人間の錯覚」であっても、実際には物体は動いているのでは、と思うかもしれないが、そもそも、人間には動きを直接見ることなどできない。
静止画を「記憶」するのには有限の時間が必ずかかる。それは人間の目や脳でも同じである。そもそも、人間の目や脳は、「静止画の連続」しか見ることができないにもかかわらずそれを脳内補完で「動いている」と「感じて」いるだけなのだ。その意味でも「速度が実在する」というのは間違いなのである。
先ほど実在するのはそもそも速度じゃなく運動量のほうだ、という話をしたが、相対性理論から考えても質量がゼロのときの運動量がゼロじゃなくてもいいことは知られている。『学び直し高校物理』第1部の冒頭でも触れた有名なE=mc2という式は言葉で書くと、
エネルギー=質量×光速2
であるが、これは静止質量の式と呼ばれていて、動いている(速度がゼロじゃない、つまり、運動量もゼロじゃない)ときには、
エネルギー2=(質量×光速2)2+(運動量×光速)2
という式になることが知られている(これがどうしてこうなるかを説明するのは本書のレベルではとても無理なので省くことをお許しください)。なのでここで質量=0にしても、
エネルギー=運動量×光速
という式になるので、質量がゼロになることと運動量がゼロになることは直接は関係ない。質量がゼロでも運動量を持つことは別に問題ないのである。