アップルのティム・クックCEO(写真:David Paul Morris/Bloomberg)

iPhone、iPad、Macなどのアップル製品に知性を与え、使う人の状況やニーズをより深く理解してアシストしてくれる新技術「Apple Intelligence」が発表された。アメリカではこの秋から最新基本ソフト(OS)に搭載され、日本などでは来年以降に搭載される。

アップルらしい設計思想

日本ではChatGPTとの連携ばかりが大きく報じられているが、実はこの連携は枝葉に過ぎない。「Apple Intelligence」で最も重要なポイントは、アップルが、AI統合型のOSとは本来どうあるべきかを一から考えデザインしたことだ。

AI統合型OSは、アップルより先にすでに数社から発表されている。よくIT業界はスピードが重要だと言われる。しかし、そんな中でアップルはつねに真逆のアプローチを取ってきた。急がば回れの真摯かつ丁寧なものづくりだ。

その結果、優れた使い勝手と信頼性が評価され、スマートフォン、タブレット、音楽関連サービス、最近では空間コンピューティングといった分野でも先行していた他社よりも大きな注目を集め、圧倒的な地位を築いてきた。

そして必ずしも早期の参入が正しいわけではないことを繰り返し証明し続けてきた。スピード開発では、どうしても設計が荒くなり、使い勝手の悪さや、後々大きな問題に発展しかねない障壁を抱えたままでの製品化になることが多い。

例えばスマートフォン。iPhoneよりもはるかに前に出ていた他社製の中には、本来パソコン用に作られていたOSを単純に片手に収まる携帯電話の画面で動くようにしただけの単純発想で作られたものなどが出ていた。小さな画面に表示される小さなウィンドウやメニューに、神経を集中させてペン先を合わせ操作するというものだ。

対してアップルは、指先で操作するスマホはどうあるべきかを根本から考え直してiPhoneを生み出し、まるでiPhone以前にはスマホが存在していなかったかのような印象すら与えるほどの大成功を収めている。

今、アップルはこれと同様のことを、今後重要になるAI技術のOS統合でやろうとしている。多くのOSが、単純にAIとの対話用ウィンドウをくっつけただけというアプローチで統合を行っている。これはユーザーが、AIにどんなことを頼めばいいかを、すでに知っていることが前提のOS設計だ。

これに対して、Apple Intelligenceは、そもそもAIにどんなことが頼めるかを知らない人でも、AI機能が必要なときに必要な場所に表示されるという設計を目指している。

AIに何を頼めばいいかがわからない人に配慮

例えばAIが得意とする作業に文章の校正や要約がある。

ほかのOSではワープロの文字入力画面の脇に表示される対話型ウィンドウに「要約して」だったり、「もっと丁寧な言い回しに書き直して」といったプロンプト(言葉による説明)を書く必要がある。

これに対してMacでは、人間があらかじめ書いた文章を選択し、Apple Intelligenceを起動すると、「推敲する」「よりプロフェッショナルに見える表現に直す」「(選択した文章を)要約する」「説明する」「要点を箇条書きにする」「内容を元に表を作る」など、ユーザーが最もよく行うであろう文章操作がメニューとして現れる。

例えば「子供でもわかるように書き直す」など、より詳細な要求がある場合のみ「説明する」ボタンを押して、その要求を説明すればいい設計だ。

同様に生成AIに絵を描かせたい場合、「こんな感じの絵が欲しい」というラフスケッチを描いた後、その絵を丸で囲めば、画面に「絵を生成する」というメニューが表示されるので、それを選べばより洗練された絵に描き直してくれる(さらに詳細な絵、スケッチ風の絵など絵のスタイルを指定して変更を加えることもできる)。

このようにユーザーがAIをどのように利用できるかを知らなくても、最も典型的な活用ができる場面に、ちゃんとその活用方法がメニューなどの形で自然に表示され、希望のメニューを選べばAI機能が呼び出せるというのがApple Intelligenceの設計の基本になっている。

Apple Intelligenceは、このほか「母親を空港に迎えに行くのは何時?」など複雑な要求にも応えてくれる。こうしたより込み入った要求は、音声アシスタントのSiriを通して伝える設計になっている。声が出せない場面や、話し言葉よりも書き言葉の方が伝えやすい場合は、文字で伝えることも可能だ。

「会議の開始時間が遅れたが、子供の学芸会に間に合うか」といった複雑な問いかけに対しても、自分の子供が誰で、学芸会の時間が何時に始まるか、会議の場所から学芸会の場所までの道路がどれくらい渋滞しているかなどを調べたうえでちゃんと答えてくれる。

プライバシー保護こそが最大の強み

Apple Intelligenceは、このように利用者の家族構成や交友関係、予定や現在地などかなりプライベートな情報を把握しているからこそ、よりユーザーに有益なアシストが可能になっている。それを行ううえで重要になってくるのがプライバシーへの配慮であり、アップルが、他社に対して大きなアドバンテージを持つ領域でもある。

ITの世界において利便性向上とプライバシー保護は常に相容れない関係にあった。上記のようなアシストに必要な個人情報が、悪意を持つ人の手に渡ると悪用される恐れもある。

アップルはこれまで何年もかけてiPhone、iPad、Macといったアップル製品上で管理されている個人情報はいっさい外に漏れることがなく、同社でさえのぞくことができない設計であることを訴え続け、信頼を獲得してきた(昔、FBIがテロリストから押収したiPhoneのロックを解除することをアップルに要求したが拒まれたということもあった。現在のアップル製品は、そもそもアップル自身もロックを解除できない)。

実はこれはアップル以外の広告を主な収益源とするIT企業には、なかなか取りづらい戦略である。というのも、広告を収益源とするIT企業の多くが、ユーザーの個人情報に基づいて、より効果がある広告を表示させることで利益を得てきたからだ。

一時は行きすぎた個人情報獲得合戦を反省して、他社もプライバシーへの配慮を謳いはじめてはいるが、広告収入に頼っている以上、アップルより厳しいプライバシー保護は期待しにくい。

Apple Intelligenceの一番の売り

アップルはIT業界では希少になった製品の売り上げを生業にした伝統的製造業だからこそ、個人情報に頼らないビジネスが可能で、このアドバンテージを最大限活かすべく「プライバシー保護」を声高に訴えている。

ハードウェアやOSを作る際にも、「使用するデータを最小限に留める」「(通信を行わず)機器上で処理する」「機器上で何が行われているかについて透明性を保ち、ユーザーにプライバシー情報の管理権限を渡す」「しっかりとしたセキュリティー技術でプライバシー情報を守る」という4つのプライバシー保護に関するデザイン原則を設けて設計しているため、基本的にアップル製品に預けた個人情報は、ユーザー以外には漏れることがなく、アップルもこれを見ることができないという認知が広まっている。

Apple Intelligenceはこの信頼できるプライバシー設計の上に立脚したAI機能であることが実は一番の売りになっている。

もちろん、しっかりとプライバシー保護をしているからこその制約もある。

通信に頼らない機器内の処理はプライバシー保護に加えて、反応が速くなるというメリットもあるが、ネットワークの向こう側にある大型コンピューターによる処理と比べると、どうしてもできることが限られてしまう。

アップルはこの欠点を補うために、新たにプライバシーに配慮したPrivate Cloud Computeというクラウド型AIサービスも用意した。名前に「Private」とあることからもわかるように、プライバシーに最大限の配慮をしたクラウド型AI技術になっている。

Apple Intelligenceは、どうしても本体だけでは処理しきれないAIへの要求は、このPrivate Cloud Computeを使って処理が行われる。その際、リクエストが匿名化され、処理に必要な最小限の情報の提供に留めるといった工夫が行われているだけでなく、クラウド上でも処理が終わった後はすぐに情報を削除したり、送られてきたデータは送信元の要求以外にはいっさい使わない設計になっている。

とにもかくにも「ユーザーのプライバシーが最も重要」という設計思想になっており、だからこそ安心して使ってもらえるようになっているのだ。

ChatGPTと連携した意味

ちなみにここまでで紹介してきたAI機能は、すべてアップルが自社開発したAI機能で実現している。ただ、アップル独自開発のAIは、日常的な利用で役立つ機能をたくさん備えているが、専門知識を必要とする高度な情報提供はできない。

ここで出てくるのが、世界中の知識を学習させたChatGPTとの連携だ。

例えば食材を元に、どんな料理が作れるかといったレシピの相談など、より深い専門的な知識が必要とされる要求はChatGPTのほうが得意だ。専門的知識が必要な要求に関しては(プライバシーの安全性を少し犠牲にしてでも)要求を転送するかを尋ねてくる。

ユーザーが承諾すると、要求内容がChatGPTに転送され、最新のChatGPT-4oによる応答はApple IntelligenceのウィンドウにChatGPTのロゴ入りで表示される。

ユーザーはもちろん、これまで通りWebブラウザを使ってChatGPTのサービスを直接利用することもできるが、Apple Intelligenceを通して利用すれば、ユーザーからの要求がChatGPTにより的確に伝えられ、より高い精度の答えが得られるメリットがある。

では、なぜ数ある対話型AIの中からChatGPTを選んだのかというと、アップルは常にそれぞれの業界でのトップブランドと組むことを重視しているからだ。

例えばApple Watchのバンド作りでもファッションの分野ではエルメスと、そしてスポーツ用バンドの分野ではNikeとコラボをしている。これと同じ考えで、アップルがAI処理のトップブランドと認めたのがChatGPTを提供するOpenAIだったというわけだ。

ChatGPTを「下請け的」に利用

個人情報を利用したよりプライベートな要求は自社開発のAIで応え、より専門的な知識が必要とされる要求はChatGPTと連携する。この2つのAIを活用したハイブリッド型のアシストの構造は、ちょっと複雑に見えるかもしれない。しかし、実はユーザーが要求を出している相手は常にApple Intelligenceで、必要な時だけChatGPTを下請け的に利用するだけである。

またハイブリッド型にしたからこそ、アップルが常に心がけてきた徹底したプライバシー保護の姿勢を堅持することができ、より安心してアシストを頼めるという信頼にもつながっている。

他社が「便利さ」や「AIの凄さ」を売りにしたAI統合を行なっているのに対して、老舗IT企業であるアップルは「信頼されるブランド」であり続けることを常に最優先しており、多少「便利さ」を犠牲にしてでも「信頼」を優先させる設計になっている。

それがよくわかる事例の1つが、過去にパソコン画面に表示された情報をOSがすべて記録していて、「昔どこかで見た赤いシャツ」というだけで、どこで見たのかを教えてくれるような機能の搭載で、アップルはプライバシー保護重視の設計思想の観点からもそうした機能は提供していない。

「便利」をとるか「安心」を取るかは、使う人によっても意見が分かれるところだろう。この設計思想の違いが、今後、世の中にどう受け入れられるかは興味深いところだ。

(林 信行 : フリージャーナリスト、コンサルタント)