翼下に2発の1.5トン爆弾を搭載できるSu34戦闘爆撃機は、ハルキウ戦線を爆撃するならば、国境の北側ロシア領の50km辺りから投下してくる(写真:柿谷哲也)

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翼下に2発の1.5トン爆弾を搭載できるSu34戦闘爆撃機は、ハルキウ戦線を爆撃するならば、国境の北側ロシア領の50km辺りから投下してくる(写真:柿谷哲也)
5月10日、ロシア軍(以下、露軍)が国境を越えて、ウクライナ・ハルキウ北部への侵攻を再開した。これは露軍がウクライナ東部、南部戦線にあるウクライナ軍(以下、ウ軍)の戦力を、ハルキウ北部に割かせる戦略だと報道されている。しかし、このことが示すのは、これまでとは違う側面を持つ新しい形態の戦争が始まったということなのだ。

【写真】ウクライナ反撃で期待されるハイマース

露軍に奪われたウクライナ南部、東部、クリミア半島は、元々ウクライナ領土なので、西側から供与された各種兵器は使い放題。しかし、ロシア本土では絶対に使用してはならない取り決めだ。

一方、露軍には第二次世界大戦で、対ナチスドイツ軍戦に勝利をもたらしたT34戦車がある。さらに露軍は「空飛ぶ滑空T34戦車」と呼ばれるUMPK-1500滑空誘導爆弾(射程70km)を、Su34戦闘爆撃機に2発搭載。ハルキウ攻撃はこの重さ1.5トンの爆撃から始まった。その爆撃量は一ヵ月に3000発にも及ぶ。

元陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍氏(元陸将補)はこう言う。

「露軍はハルキウ北部に4万人規模の兵力を集結して攻撃、占領地を拡大しています。さらに予備兵力を確保しています」

そのハルキウ攻撃で露軍が投入したのは「亀戦車」。戦車の前方に地雷源処理車用の除去ローラーを、そして後方や上部には無人ドローン攻撃を防ぐための装甲を取り付け、さながら"亀の甲羅"で防御力を高めた改造戦車だ。

そして、亀戦車で地雷原を突破したところに露軍が攻め込む。通常の機甲部隊ならば、亀戦車の後には装甲車両BTRが続くが、受刑者らで編成されたストームZ部隊は違う。民間車両のバン、オフロードバイク、中国製電動ゴルフカートで突っ込んでくる。

「機甲部隊として、戦車に歩兵戦闘車、装甲歩兵輸送車を随伴させ移動、散開して戦闘する部隊を育成するには長期間の訓練が必要です。しかし露軍はいま、新兵に十分な訓練を行わず基礎訓練だけ受けさせて攻撃をさせています。

大量の人員損耗をおかしてまで遂行している露軍の狙いはハルキウを攻撃することで、ウ軍の予備兵力を投入させて兵力不足にさせ露軍の主導性を更に発揮しようとしたものでした。その狙いは当たり、ウ軍はかなり兵力的に厳しい状態に陥ったのです」(二見氏)

突っ込ませたストームZに対してウ軍が砲火を浴びせれば、火砲のいる火点が分かる。そこに、露軍はSu25に載せたKAB滑空誘導爆弾を落とし、破壊するという流れだ。

しかし、ウ軍砲兵部隊が露軍歩兵部隊に与えた損害は少なかった。なぜならストームZに浴びせるはずの155mm砲弾が枯渇し、砲撃が極端に少なかったからだ。

「ウ軍はこの露軍の攻撃に対応するための155mm砲弾不足で厳しい戦いを強要されています。

しかし、米上院は4月23日にウクライナへの約610億ドル(約9兆4000億円)の支援予算案を可決。バイデン米大統領が翌日に署名して、再開されました。そして、1ヵ月以上が経過して、やっとその効果が表れました。最近、ウ軍は露軍の亀戦車を、対戦車兵器ジャベリンミサイルや、大型化させた爆薬を搭載した無人ドローンFPVで撃破できるようになったのです」(二見氏)

となれば、それに続く民間車両バン、バイク、中国製電動ゴルフカートは、120mm迫撃砲や、上空で散弾となる155mm砲弾で処理できるようになった。

「しかし、ウクライナ領土外に西側からの支援兵器で砲爆撃をしてはならないのでは戦争になりません。露軍はロシア領土に集結部隊、兵站部隊を配置すれば有効に対処できるからです。露軍はウクライナ領を自由に砲爆撃できて、ウ軍ができないのでは、戦闘は圧倒的に露軍が有利になります」(二見氏)

もし、北海道・小樽近くに露軍が上陸した時に、自衛隊が日本国領土、領海、領空以外に砲爆撃禁止とされたら、どうなるのだろうか。

「祖国防衛は不可能です。ウ軍はいま、相当踏ん張っていますが、損害は甚大です。策源地は絶対に叩かなければなりません。ウ軍の場合、ロシア領を叩けば抑え込めます。

ウ軍がいま教育を担任する部隊を最前線に出しているのは、予備兵力が枯渇している証でもあります。タイミングよく仏軍教官がウクライナに入って各種訓練を行う態勢になりました」(二見氏)

ウ軍は崖っぷちに追い込まれている。そんな中、英仏独首脳は供与した兵器で、ロシア領を攻撃することを認めた。そして、5月30日にはバイデン米大統領も、ハルキウ周辺国境地域に限り、ロシア領への攻撃を認めた。今日からでも始めないとウクライナは負ける。F16戦闘機の供与を待つ余裕はない。

「露軍は、Su34戦闘爆撃機で70km彼方から『空飛ぶ滑空T34戦車』を落としています。1.5トンのUMPK-1500滑空誘導爆弾で、ウ軍の防御陣地を攻撃している。その爆撃を大幅に低下させる必要があります。

しかし、それを撃墜可能な唯一の地対空ミサイルシステム『パトリオット』(射程160km)は、首都キーウなど中枢の防空が優先であり、前線での運用は数量的に難しい状態です。

米国の運用の縛りがありまだ攻撃に使用できませんが、縛りがなくなればウクライナ国境から300km先にある露空軍飛行場に、地対地ミサイル『ATACMS(エイタクムス)』のM-39 A1型を撃ち込みます。このタイプのミサイルは空中炸裂し、子弾を数百個〜千個ばら撒いて、地上のSu34やSu25、Ka52カモフ戦闘ヘリなどを破壊します。300km圏内のKa52を壊せば、最前線での運用が難しくなります。ATACMOSの運用の縛りの解除がなされれば、ウ軍にとっては朗報となります。

現在でも可能な運用を考えると、距離250km辺りには、英仏から供与された長距離巡航ミサイル『ストーム・シャドウ』をミグ29、Su27戦闘機から発射します。このミサイルは、戦闘機を守る掩体壕(えんたいごう)を破壊可能。さらに露軍の燃料・武器弾薬の集積地、そして司令部を叩き潰します。

ドイツが射程500kmの巡航ミサイル『タウルス』は、モスクワを射程に捉えることができるため、供与には時間がかかるでしょう。運用可能となれば強烈なインパクトになります。現時点では、ウクライナ製のドローンとミサイルが活躍せざる得ない状況です」(二見氏)

その手前はどうやるのだろう。

「ウ軍は攻勢作戦を行うと戦力損耗が大きくなるため、戦力が回復するまで防御態勢を固めて突入してくる露軍を削り続けます。併せてハルキウ正面ではロシア本土内の集結部隊や戦闘展開をしていない部隊を撃破します。

露軍は最前線から後方100km以内に集結地を設定し、そこで作戦の準備を行います。次にウクライナ国境から約30〜40kmの位置へ砲兵部隊、BMP装甲兵員輸送車両、戦車を推進し、命令下達後、前進を開始し、最前線の近くで戦闘展開を行い攻撃が開始されます。

露軍が攻撃行動に入る前に撃破すれば戦闘効率は高く、ウ軍の損害は最小限に抑えられます。露軍の集結している集結地、装備弾薬の集積所、訓練場を射程80kmの高機動ロケット砲システム『ハイマース』できれいに片付けていきます。露軍の兵士たちは、まだ最前線に送られる前なので、戦闘モードにはなく弱点を呈します。そこを一挙に撃破します」(二見氏)


西側供与の武器でのハルキウ正面におけるロシア本土への限定的な攻撃許可が、バイデン米大統領からも出た。しかし、ウ軍の一番の頼りとなるATACMOSは、まだ縛りがあり使用できない。当分ハイマースが活躍する(写真/米陸軍)
露軍には阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄だ。

「そしてその手前、国境から10km以内の地域で地帯は、最前線で戦う態勢を取るために戦闘展開を行う場所です。展開地で露兵は戦闘開始までの間、現地での具体的な行動を指示され、弾薬類の補給、食事、仮眠をとります。そこを叩きます。ここは155mmM777榴弾砲の出番です。空中で破裂して、砲弾の破片の雨を降らせます」(二見氏)

国境を超える前に、露兵を根絶やしにするのだ。

「そして、国境を越えた露兵は最前線に到達します。あらかじめ火力を準備していた撃破地域へ進出した露軍を155mmや迫撃砲で叩き、撃ち漏らしや臨機目標はドローンで撃破します。さらに、露軍の集結地、兵站施設、塹壕陣地を24時間砲撃によって徹底的に叩きます」(二見氏)

まさにロシア領土内の露軍と策源地を叩くということだ。

「このところ露軍、ウ軍、共に斥候、偵察要員、スナイパーチームの活動が見えなくなっています。おそらく、ドローン狩りをしていると推定します。

そこでのウ軍の戦いは、まず狙撃チームと、対人攻撃用FPV無人ドローンパイロットチームを送り込んで、露軍無人ドローンパイロットを撃滅します。そして、最前線の戦場における無人ドローンの制空権を獲ります。その後、FPVドローンにより掃討していきます」(二見氏)

露兵はたまったものではない。

「こうして、露軍が組織的な抵抗ができない状態になった段階で、M2ブラッドレー歩兵戦闘車、ストライカー装甲輸送車などの装甲車両を露軍の側面と背後に回り込ませて露軍を掃討し、失地を回復します」(二見氏)

国境を越えて、進撃するのだろうか?

「いえ、ウクライナ国境付近の高台などの有利な地形を確保し障害化します。砲兵射撃、火器の射程を考えれば、これで国境付近に緩衝地帯を設定できます。

露軍が予備兵力を投入して攻撃すれば、さらなる大きな損害を露軍へ与えることができます。ウ軍は、戦力的に強化されるまで、ウ軍は防勢を中心に露軍兵力を削り取り戦力を低下させボロボロにしていきます」(二見氏)

露軍に国境線を越えさせないようにするのだ。

だが、露軍も黙って見ているわけではない。確実に潰したいハイマースが、ハルキウの前線近くに出てくる。これをなんとか、Su34とSu25に搭載した滑空誘導爆弾で仕留めようとしてくる。

一方、ウ軍は過去に見せたパトリオットのゲリラ的な運用で、これらSu戦闘機の撃墜を試みるかもしれない。

「ウ軍は戦力の造成増勢が今年いっぱいはかかります。そのため、露軍の継戦能力を徹底して潰して、露国内でも問題になるように情報戦を併せて行なう必要があります。

そのためには、ウ軍は長距離1800kmを飛べる戦略無人自爆機を、ロシア領内の石油貯蔵庫、兵器工場などの戦略目標の攻撃に使用します。ロシア国民に戦争が身近に迫っていて、露軍が押されているという情報戦を進める兵器として、重要な位置付けとなります。

そしてF16が戦場で使えるようになるまで勝つための環境を作り上げていきます」(二見氏)

また、航空自衛隊那覇基地で302飛行隊隊長を務め、外務省勤務経験のある杉山政樹元空将補はこう言う。

「ウ軍は、これまで独自開発の無人機で、ゲリラ的にロシアの策源地攻撃を行なってきました。これからは、米の装備品による本格的な攻撃となります。

しかし、それはハルキウを攻撃する策源地に限定されています。仮に、限定された軍事目標ならば、イラン、イスラエル間と同じ劇場型の攻撃となります。しかし、民間施設に対する戦略的攻撃となれば戦争の質はまったく変化します」

ウクライナ戦争はいままでとは異なり、予想外の事態が容易に起こる段階へ新たに突入したのだ。

取材・文/小峯隆生