【西川善司の大画面☆マニア】キタゼ未来の大画面! 大富豪向けマイクロLEDディスプレイの世界 in ソウル
マイクロLEDディスプレイでゲームをプレイする筆者
韓国でオーディオ機器販売事業を手掛ける「Audio Gallery」が、ソウル市内にある同社ショールームにて、オーディオブランド「GOLDMUND」の主力製品と、ディスプレイメーカー「CreateLED」のマイクロLEDディスプレイ製品の両方を体験できるデモフロアを4月4日にオープンした。
韓国のオーディオ機器販売事業社の「Audio Gallery」のショールーム。1階から5階まで各階、世界のウルトラハイエンド級のオーディオ機器製品がメーカー/ブランド別に分類されて展示されている。各階の入口には暗号認証と指紋認証付きのセキュリティシステムが設置されていた!
GOLDMUNDの音響機器といえば、先端のデジタル技術とこだわりのアナログ技術を組み合わせて開発されたウルトラハイエンド級の製品が有名で、日本のオーディオ・マニアの間でも認知度は高い。
一方、CreateLEDは、中国の深センの企業で、日本ではほとんど知られていない新興のディスプレイ機器企業になる。同社は、もともと業務用のLEDディスプレイ事業を手掛けてきたメーカーだが、近年は、中国内の富裕層に向けた、ホームシアター向けのマイクロLEDディスプレイ製品の開発に乗りだしている。
「自宅で、最高の音響と、至高の映像を組み合わせたい」という富裕層は世界中におり、GOLDMUND製品とCreateLED製品のコンビネーションは、そうした韓国の富裕層のニーズに合致すると踏んだのであろう。今回、Audio Gallery、GOLDMUND、そしてCreateLEDの3社のタッグによって、新しいショールームがオープンしたというわけだ。
Audio Gallery代表のSang-jun Na氏と、GOLDMUNDのCEO Yohann Segala氏(右)
CreateLEDのCEO、BoYin Cheng氏
なぜ、韓国のショールーム・オープンにわざわざ筆者が呼ばれたのか……というと、最近執筆した一連のマイクロLEDディスプレイ技術に関連した記事が、たまたまCreateLEDの担当者の目に留まったためである。
筆者は、発表会と視聴体験会に参加できただけでなく、一部企業か超富裕層しか触れることのできないマイクロLEDディスプレイを、数時間ではあるが、占有してゲームをプレイすることもできた。今回の大画面☆マニアは、それらをレポートしたいと思う。
今回の発表会では、映像を163インチのCreateLED製マイクロLEDディスプレイ(北米想定価格18万ドル、約2,700万円)、音響をGOLDMUNDのGAIA(1ペアで北米想定価格73万ドル、約1億1,000万円)の組み合わせで、コンサート映像と映画コンテンツがデモされた
こちらは145インチのCreateLED製マイクロLEDディスプレイ(北米想定価格17万ドル、約2,550万円)になる。写真には写っていないが、スピーカーは、GOLDMUNDのTHEIA(1ペアで北米想定価格30万ドル、約4,500万円)が組み合わされていた
CreateLED製マイクロLEDディスプレイの基本情報
ここで、マイクロLEDディスプレイに関する基礎知識と用語の整理をしておこう。
マイクロLEDディスプレイは、現在の技術では、大型サイズの1枚パネルを量産できない。やろうとすると1枚あたりの製造に数時間、解像度によっては、下手すると数日レベルの時間が掛かってしまい、とてもではないが、映像パネルの量産品とは言い難いものになってしまう。
これは、要求される解像度分の画素数×RGB分のマイクロLEDを蒸着させる必要があるからだ。例えば、4K(約800万画素)だと、そのRGB分、つまり3倍の2,400万個のマイクロLEDサブピクセルをベース基板に実装しなければならない。そして、その1枚パネルに1個でも死んだ画素があれば、その価値は下がってしまう。
この砂粒に見える1つ1つの粒がマイクロLEDである
そこで、現在では「LEDモジュール」と呼ばれる最小単位のマイクロLEDパネルを製造し、事実上、これを縦横に複数枚並べて結合させることで、1枚の大画面ディスプレイを形成させる。
CreateLEDが量産に成功しているマイクロLEDディスプレイ向けのLEDモジュールは、現状「VBD-V」と「VBD-P」の2種類がラインナップされており、「VBD-P」の方が世代が新しく、より発光効率と省電力性能が高まっているとされる。つまり、ホームシアター向けに提供されるマイクロLEDディスプレイ製品は、「VBD-P」の方をメインに活用して構成される。
今回訪れたショールームには、145インチと163インチの2モデルが展示されていたが、145インチが世代の古い「VBD-V」世代のパネルを用いたもので、163インチの方が新しい「VBD-P」世代のパネルを用いた製品になっていた。なので本稿では、「VBD-P」世代の新しいパネルをメインに触れていく。
この「VBD-P」世代のLEDモジュールは、サイズは全て、300mm×337.5mmとなっている(下の画像参照)。
CreateLED製マイクロLEDパネル「VBD-P」のスペック表
ただ、今回のイベントにおいて、テストモード状態の時に、筆者が限界にまで近づいてLEDモジュールを確認したところ、上記寸法よりも小さい単位の継ぎ目を確認した。
定規で実測したところ、その継ぎ目は実測で15cm×17cmくらいの単位で見えていたので、LEDモジュール自体も、これよりも小さい単位のモジュールの縦2×横2枚で構成されているようだ。本稿では、この最小単位を便宜上“単位モジュール”と呼ぶことにしたい。
CreateLEDでは、このLEDパネルモジュールを横2枚、縦1枚で構成したものをシンプルに“パネル”と呼んでいる。つまり、1枚の“パネル”は、4×2枚の“単位モジュール”で構成されているということになる。
設計上は、この横長のパネルごとに光らせる(映像を表示させる)ことができる。
CreateLEDが製造する、この横長なパネルの寸法は600×337.5×38.5mm(幅×高さ×奥行き)となっており、対角長は約27インチとなる。
CreateLED「VBD-P」のパネルは、全てこの寸法でできている
さて、CreateLEDが製造する「VBD-P」の単位モジュールは、そのドットピッチの違いで5種類がラインナップされている。その5つのドットピッチは0.78mm、0.93mm、1.25mm、1.56mm、1.87mmだ。
前述したように、パネルの寸法は同じなので、ドットピッチごとにパネルの解像度が違うことになる。
上のスペックシートを見てもらうと分かるが、最もドットピッチが高密度なのは0.78mmで、解像度は768×432ピクセル。これで4K(3,840×2,160ピクセル)解像度のマイクロLEDディスプレイを形成させるためには、パネルを縦横に5枚連結させれば可能となる。この時の表示画面サイズは横が600mm×5枚=3,000mm、縦が337.5mm×5枚=約1,688mmとなって、画面サイズ(対角)は136インチとなる。
同様にドットピッチ0.93mm、1.25mm、1.56mm、1.87mmに付いて計算してみると、以下のようになる。
VBD-Pパネルで4K画面を構成したときの仕様
ピッチ パネル解像度 必要な枚数 インチ 寸法 パネル重量 定格消費電力 最大消費電力 0.78mm 768
×
432 5枚
×
5枚 136 3.0m
×
1.7m 125kg 1,501W 3,150W 0.93mm 640
×
360 6枚
×
6枚 163 3.6m
×
2.0m 180kg 2,162W 4,536W 1.25mm 480
×
270 8枚
×
8枚 217 4.8m
×
2.7m 320kg 3,843W 8,064W 1.56mm 384
×
216 10枚
×
10枚 270 6.0m
×
3.4m 500kg 6,005W 12,600W 1.87mm 320
×
180 12枚
×
12枚 325 7.2m
×
4.0m 720kg 8,647W 18,144W
表では4K解像度構成に限定したが、もちろん技術的には、フルHD解像度のマイクロLEDディスプレイを構成することもできる。ただしその場合、ドットピッチ0.78mmのパネルでは「2.5枚×2.5枚」という構成が求められることになり、小数を含むことから現実的には不可能となる。
なので、ドットピッチ0.93mmのパネルを縦横3×3枚で構成した約82インチが、「VBD-P」ベースのフルHD解像度構成の最小画面サイズということになる。
なおCreateLEDとしては、当面は、4K解像度モデルを中心に製品化していく模様。ただし、ニーズが高まれば、フルHD解像度構成や8K(7,680×4,320ピクセル)解像度構成のモデルもラインナップしていくことも検討すると述べていた。
いちおう駆動回路の仕様の関係で、12枚×12枚構成が最大となるようなので、8Kが構成できるのはドットピッチ0.78mmのパネル(10枚×10枚構成)、ドットピッチ0.93mmのパネル(12枚×12枚構成)ということになりそうだ。
今回のイベントで主役を務めた、163インチのマイクロLEDディスプレイ。ドットピッチ0.93mmのパネルを6枚×6枚で構成したもの。価格は約2,700万円。実は左右に置いてあるスピーカーの方が高価だったりする(一基あたり約5,500万円)
これは筆者の所感だが、マイクロLEDディスプレイは、構成するパネルの枚数が多いほど“つなぎ目の数”は多くなるので、視距離が短い家庭環境では、そのつなぎ目が気になる確率は高くなりそう。
その意味では、136インチあたりが一般家庭向け画面サイズの奨励モデルとなりそうな気はしている。逆に視距離の長くなるシアター施設に導入する場合には、325インチ(7.2m×4.0m)モデルでも、つなぎ目が気になることはあるまい。
単体パネルの重さは、ドットピッチによらず約5kg。なので、単純計算で136インチ/4Kの場合は、パネルが25枚必要なので、総重量は約125kgとなる。
実際には、補強フレームやインターフェース部が組み込まれるので、ここにさらに10kg程度は加算されるイメージだろうか。144枚構成の325インチ/4Kの場合は720kgを超える重さになるわけだ。壁への組み付けには、壁側に相当堅固な補強が必要となるだろう。
単体パネルの消費電力は、ドットピッチによらず38W~126Wと発表されている。よって計算上の最大消費電力は、パネル25枚構成の136インチ/4Kでは3,150W、144枚構成の325インチ/4Kでは18,144Wとなるが、実際にはシステム側で輝度制御が掛かるのでそこまではいかない。CreateLEDが発表する定格消費電力は上の表内に記載されているので興味のある人はチェックして欲しいが、なかなかのものである(笑)。
寿命については、公称10万時間と謳われている。有機ELディスプレイが2~3万時間と言われているので、3~5倍近くは長寿命ということだ。
有機ELは、発光部に特定のレシピによって半導体に仕立て上げられた有機物に電荷を掛けることで発光している。発光の仕組みはLEDとよく似ていて、この有機材の中で電荷の再結合が起きて発光する。有機ELの劣化は、この発光サイクルの経年で分子結合の断裂が進むことに起因しているのだ。対して、マイクロLEDディスプレイに用いられるLED画素の材質は普通のLEDと同じ無機物なので劣化速度は緩やかで、基本的に、焼き付きの心配もないとされる。
気になる価格についても触れておこう。
現状判明しているものとしては、136インチモデルが約16万ドル(約2,400万円)、163インチが約18万ドル(約2,700万円)、217インチが約20万ドル(約3,000万円)となっている。GOLDMUNDのスピーカーは、最上位機で1基あたり4,500万円位なので、富裕層であれば、これくらいの出費は気にならない……に違いない。
CreateLED製のマイクロLEDディスプレイ製品は、現状、日本での発売予定は未定となっているが、2024年内は日本(お台場付近)で実動デモ機が常設されるようだ。なお、見学希望は「salesjp@createled.com」まで、連絡されたい。
CreateLED製マイクロLEDディスプレイの接続性と機能性
ここからは、今回のイベントでメインに訴求されていた、CreateLED製マイクロLEDディスプレイの163インチモデルの概観や接続性についてみていきたい。
GOLDMUNDスピーカーの最高峰「GAIA」と組み合わせた、163インチのCreateLED製マイクロLEDディスプレイ
パッと正面から見た感じは、普通のテレビと同じよう見える。上左右のベゼルは実測で約5mm。CreateLEDのロゴがあしらわれている下側のベゼルは実測で約60mmほど。
100インチオーバーの画面サイズでベゼル幅が約5mmだと、普段の視聴距離からはほぼベゼルレスに見える
厚みとしては約40mmほど。一般的な液晶テレビの大画面モデルとそれほど変わらないイメージだ。
ただし、よく見ると、総重量180kgを支えるための金属製のバックプレーンなどが使われており、壁面からディスプレイ自体の表示面までの手前への突出量は80mmくらいはあった。
まあ、大型液晶テレビなどを壁設置してもこのくらいは突出するので、別段、マイクロLEDディスプレイだからといって突出量が大きいわけではない。とはいえ、この重さは、一般的な大型テレビやプロジェクター用スクリーンと比べればあり得ないくらい重いので、街の電機屋さんが設置できるレベルではない気はする(笑)。
下側のベゼルは制御部位が内蔵されている関係でそれなりに広い。メーカーロゴにはまだ保護シートが貼られていた
側面から見たところ
下側ベゼルの底には、電源供給口や電源スイッチ、音量や入力切換などの基本操作スイッチ、そしてHDMI入力端子などの接続端子パネルがあしらわれている。
電源供給口は2口あり、AC電源100W前後圏の環境では2口を挿す必要があるという。AC電源が200W以上圏では1口で賄える。
稼動中に耳障りなノイズは特に聞こえない。CreateLED担当者によれば、冷却システムはパッシブ型で電動ファンなどは実装されていないとのこと。
業務用のマイクロLEDディスプレイは表示面が過熱していることも多いのだが、数時間は稼動したままのはずの今回のデモ機の表示面を触ってみたところ「なま暖かい」(ぬるい)程度の温度感だった。確かにこの程度であれば、冷却ファンは不要そうだ。ただ、面積は大きいので、全体の発熱量はそれなりにはありそうではある。
リモコン無しで操作する時用の操作ボタン群。輝度調整、音量調整、入力切換、電源ボタンが並ぶ
電源供給部は2系統
このクラスの機材環境を構築するユーザーが使うとは思えないが、下部ベゼル部には本体内蔵のステレオスピーカーが搭載されていた。スピーカーの素性は不明だが、実際に、PCからHDMI接続して音を出してみた感じでは、一般的な液晶テレビのスピーカー程度の音質と感じた。外部スピーカーが使えない環境下や、接続機材から音が出ているのかどうかをチェックするために使ったりするのだろう。
接続端子としては、HDMI入力端子が4系統搭載されていた。HDMIのバージョンは、2.0規格。筆者がテストした範囲では、4K/60Hz/HDR映像は表示できた。HDMI2.1規格に未対応なのは残念だ。
対応する接続端子名称はベゼル部に記載されている
対応表記位置の下部に実際の接続端子が並ぶ
本体下部にはLAN端子が搭載されており、デモ機はこのLAN端子から有線でインターネットに接続されていた。システム部には、Android端末的な機能が入っているようで、本体メニュー画面には、YouTubeなどの配信系アプリのアイコンが並んでいた。そして、実際にこれらを活用することもできた。
Androird端末としてはCortex A73×2 + Cortex A53×2のクワッドコアCPU + 4G RAM仕様だそう。Wi-Fi対応。際立って高性能というわけではない
接続端子は、この他、ミニジャックのヘッドフォン端子、光デジタル端子なども備わっていた。まさに、普通のテレビのようである。
さらに、USBのアップストリーム端子や、USB2.0規格やUSB 3.0規格のUSB TYPE-A端子など、各種USB端子が搭載されていたが、これは外付けのタッチ操作インターフェースを接続するためのものや、ファームウェア書き換え用のサービス端子、映像コンテンツなどが収録されたUSBストレージ機器を接続するために実装されている。
イベント開催に際しては、CreateLED社のCEO、BoYin Cheng氏、自らがPCから最新ファームウェアのアップデートや画調の調整をしていた。PCからの接続先は左端にあるUSBアップストリーム端子であった
リモコンは、プラスチックのボディにシリコンゴム製のボタンが並ぶ、ごく一般的なテレビ製品に付属するようなものとなっている。正直言えば、2,000万円超の機器のリモコンには見えない。このあたり、富裕層はどのような判断をするのかは、筆者にはわからない。
リモコンは普及価格帯の液晶テレビのようなデザイン。たしかに、高級AV機器って、価格がとんでもなく高価でも、リモコンにそれほどコストが掛かっていないパターンも多い。なぜ?
メニュー画面は、一般的なテレビ製品と変わらず、馴染みやすい。担当者によれば、映像エンジンは独自開発のものだそう。搭載されている映像エンジンには、24fpsの映画コンテンツを60fpsに高品位にハイフレームレート化することができる補間フレーム技術「Motion Plus」や、従来のSDR映像を疑似的なHDR映像に変換する機能などが備わっているそうだ。
今回のイベントにおいては、『ホビット 決戦のゆくえ』の中の「カメラがやたらパンするシーン」を用いて、Motion Plusのデモが行なわれたが、たしかに、補間フレームの品質は高かった。
「遮蔽物から動体が出てくる」「動体が遮蔽物へ隠れる」といった箇所に、動きベクトルの不連続エラーが発生して、補間フレームの当該箇所にノイズが現れる「ディスオクルージョン」(Dissocclusion)アーティファクトも少なかった。
画質調整メニュー画面
調整機能関連で興味深かったのとは、マイクロLEDディスプレイ特有の「パネルの継ぎ目」(本稿の用語定義で言えば“単位モジュール”)を低減化する(≒平滑化する)「SEAMS」の設定項目があるところだ。
これは、単位モジュールの継ぎ目箇所に列ぶピクセル同士を、デジタル的な階調補正によって“なだらか”に繋いで、その存在を隠蔽する調整機能だ。
こうした「物理現象で生じている誤差を、デジタル技術で拡散/隠蔽する」というアプローチは、ハイエンド・プロジェクター製品に搭載されている「各RGBサブピクセルの色ズレの補正機構」に近いような印象を持った。
「Seams」オフで「つなぎ目補正:オン」。なんとなく機能スイッチのオン/オフは逆の方がわかりやすい気がする(笑)
「Seams」オンで「つなぎ目補正:オフ」。画面につなぎ目が現れていることに注目
マイクロLEDディスプレイの気になる画質は
続いて画質についてのインプレッションをまとめてみたい。
マイクロLEDディスプレイの各RGBサブピクセルは、それぞれが赤緑青で輝く純色のLEDそのものであり、色純度は高い。色空間のカバー率については「DCI-P3色空間カバー率:110%」だけが公称されている。HDR10映像が採用するBT.2020色空間カバー率は非公開だが、BT.2020色空間自体には対応しているという。
なお、CreateLED製のマイクロLEDディスプレイの各RGBサブピクセルは、16ビット駆動となっている。一般的な液晶パネルや有機ELパネルではHDR表示対応でも、パネル自体はネイティブ8ビット駆動で、時間方向の誤差拡散(FRC)駆動で疑似10ビット駆動をしているものが多いので、さすがはお高いパネルである。
倍率60倍による画素(マイクロLEDチップ)の顕微鏡写真。黒い余白部分がベース基板。ドットピッチが0.93mmなので、この写真から逆算するとマイクロLEDチップ自体は1辺あたりが約0.2mm(200μm)くらい?
HDMI 2.0対応なので、4K映像入力時の最大リフレッシュレートは60Hz(現状、フルHD映像の120Hz表示にも非対応)だが、マイクロLED画素自体の最大リフレッシュレートは3,840Hz以上と説明されている。つまり、画素応答速度に換算すると、0.26ms(=260μs)以下ということになる。一般的な高速な液晶画素の応答速度が2ms~4msなので、10倍以上は高速ということだ。
最大輝度は1,000nitと公称され、ネイティブコントラストは2万:1と謳われている。最大輝度についてはパネルの総枚数や電力事情によって、本体に内蔵されるシステムロジックによって動的に調整されるようだ。
例えば、映像内の一部が超高輝度に発光した際に、そこだけ1,000nitで光らせることはできるが、画面全体が高輝度な表現になったときには600nit以下に抑えるといった制御が行なわれる。
まあ、こうした制御は一般的な民生向けテレビでも行なわれているので、珍しい制御でもない。CreateLEDによれば、画質モードにもよるが、暗室視聴を前提とした「シネマ」モードで平均300nitくらい、明るい部屋での視聴を想定した「リビング」モードで平均600nitくらいの輝度になるよう、意図的に調整されているとのことであった。
視野角は真正面に対して170度が謳われている。各RGBサブピクセルは点光源で放射状に発光するため、画面を見る角度に依存した色調変移はないとされる。実際に筆者も確認して見たが、画面を斜めから見ても色変移は一切感じられなかった。
イベントでは評価映像として映画作品の『アバター』『ホビット 決戦のゆくえ』『モアナと伝説の海』の各タイトルから5分~10分ほどのシーンが上映され、さらにCreateLEDが制作したスイスを初めとした欧州名所の風景映像も視聴することができた。
下に示す数点の写真は筆者自身がソニーのα7Cで、表示画面をイベント現場で撮影したものになる。
普通に画面の前に立って撮影するだけでこのクオリティ。強烈な輝度とコントラストなので、カメラを覗いていると、ほとんど実景を撮影しているのと同じ感覚に陥ることも
第一印象は、「HDR表現すげえな」というものであった。マイクロLEDディスプレイならではの「HDR映像の明部表現の輝き」に圧倒されたのだ。
表示映像をカメラのオートで撮影しようとすると、最明部が全て白に飽和してしまう。もちろん、120dBものダイナミックレンジを持つといわれる人間の目ではそんなことにはならず、ちゃんと色味を伴った「ハイコントラストの情景」として見えているのだが、その「漆黒に近い暗部と強烈な明部が同居する映像表現力」は、たしかに液晶や有機ELではなしえないものであった。
恐らく、「室内で見る163インチサイズの映像」において、この輝度とコントラスト感を体感した者は地球上にそれほど多くはないはずだ。
このサイズの大画面となると、劇場に設置されている数千万円クラスのレーザー光源搭載の3板式DLPプロジェクタで見ることはできるだろうが、それでも、投写式映像では、ここまでの「輝度とコントラスト」表現は実現不可能ではないだろうか。
RGB-LEDから発せられる純色光は鮮烈
『ホビット 決戦のゆくえ』は、戦闘前の暗いシーンでの会話劇が流れた際、筆者はここでは人肌表現に注目して見ていたが、とくに暗がりの中の肌色に異変は感じなかった。
『モアナと伝説の海』は、ラスト間際の対決シーンから島への帰還シーンが上映されたが、その帰還シーンにおける南国のエメラルドグリーンの海の発色に高いリアリティを感じた。
CG映像だからこそできる、海面から水深方向へのエメラレルドグリーンの濃淡の階調力は、RGB-LEDならではの色深度から生み出されたもの……という実感。シンプルな「輝度ダイナミックレンジの豊かさ」だけではなく、「色としての階調力」もリッチに感じられる点が、LG系の「白色OLED+カラーフィルター式」の有機ELパネルとはひと味違う。
『アバター』では激しい地上戦と空中戦が描かれるラストバトルが上映されたが、この場面は、カメラも動くし、大勢のキャラクター達も動くので「動体表現の見やすさ」に注目して見た。
このシーンでは素早い動きに対しては意図的にモーションブラーが挿入されているので、そういった表現は別にして、旋回しながら飛び回る飛空艇を追いかけるカメラの映像において、大空に浮かぶ無数の浮遊島が画面内を縦横無尽に動き回るのだが、これが目で追いやすかった。
シンプルにいえば動体表現がけっこうクッキリ見えるのである。この時は補間フレーム機能の「Motion Plus」も有効にされていた理由もあるだろうが、画素応答速度が0.2ms台のディスプレイで動体を見ると「こう見えるのか」という体験が新鮮であった。
また、このシーンでは地上戦においてジャングル内での戦闘の様子が描かれるが、ここでも「圧倒的な画素応答速度の速さ」が実現していると思われる、「無数の植物たちが、戦闘の衝撃で同時多発的に揺れる様子」に凄いキレを感じた。
そんなところにまで意識がいくのは、画面が163インチと大きいからなのだが、「大量の植物がボケずに全部動いてるのがクッキリ見える」というような体験は自分にとっても新鮮であった。
映画「アバター」のデモシーン。これも筆者が普通に撮影したものである
逆に画質面で気になったところはあるか?
これからの進化も期待して、今回の画質評価で気になったところも挙げていきたい。
まずは、現状のマイクロLEDディスプレイを語る上で気になる筆頭ポイントは“つなぎ目”だ。
業務用ならばいざ知らず、一般家庭の……それも、こだわりの強そうな富裕層ユーザーが、このマイクロLEDディスプレイの“つなぎ目”問題に対して、どのような印象を持つのかはわからないが、この部分は大きな課題となっていることは間違いない。
今回のCreateLED製のマイクロLEDディスプレイのデモ機は、富裕層向けのショールームに設置されたものであるため、それなりに細心の注意を払って設置されたものだと思う。
前述した「SEAMS」設定を活用することで、2mほど離れた実用的な視聴距離に応じてつなぎ目を感じることはほとんどなかったが、「そうした想定視聴距離」よりも近づいて注意深く見れば、下の写真のような箇所は見つかる。
中央にピクセル段差の形で「十字」状の継ぎ目がうっすらと見える。これはよほど注意を払ってみないとわからない「つなぎ目」の事例
こちらはもう少しわかりやすい「つなぎ目」の事例。15cm×17cmサイズの「LEDジュール」の継ぎ目が見えるだろう
最新のマイクロLEDディスプレイでは、このつなぎ目問題への対策に関しては、各メーカーもかなり力を入れており、前述したデジタル的な対処のみならず、物理的な改善に取り組んではいる。
これは東レの資料からの引用だが、最新のマイクロLEDの単位パネルモジュールでは、その基板の端部をコンパクト化するための様々な技術が誕生している。この技術の進化により、パネルモジュールの継ぎ目が目立たなくなりつつある
そのため、つなぎ目については、技術進化に伴ってどんどん改善されていくことは間違いないし、究極的には、いずれ1枚パネルの製造も可能になる未来がやってくることだろう。
とはいえ、こうした部分が気になる人(富裕層?)は、まだ、現状のマイクロLEDディスプレイに手を出すべきではないのかもしれない。
気になるポイントの2つ目は、表示面がほぼ無加工なところだ。
実際には、マイクロLEDのサブピクセルはつや消し黒色の基板上に実装されているので、「表示面の見た目」的にはノングレアに近く、室内情景の映り込みはほぼ皆無である。
しかし、実際には室内照明の照り返しは表示面でわずかに起きており、その照り返しが、映像としての暗部表現に重なれば、その照り返しが黒浮きのように見えることはあった。
完全暗室にすれば、この部分は全く気にならなかったのだが、今回のイベントでは、室内照明が焚かれている状態でのデモとなっていたため、こうした「拡散反射の照り返し」が筆者は気になってしまったのである。
一般的な民生向けテレビ製品では、こうした「照り返し」に対処すべく、屈折率の異なる二枚の光学フィルムを組み合わせることで、室内照明からの外光を映像表示から逸脱させる対処をしている。
しかし、CreateLED製に限ったことではなく、現状のマイクロLEDディスプレイでは、こうした光学フィルムを適用したものはほとんどない。
その理由は、現在のマイクロLEDディスプレイでは、部材としてのパネルを設置現場に運び入れて、その現場でタイル状に繋いで大画面をセットアップする工法が主流だからだ。100インチオーバーの光学フィルムを、実機設置場所でホコリを付けずに貼り込むのは無理がある。
この「外光の照り返し」問題は、「つなぎ目」に列ぶ、現在のマイクロLEDディスプレイが当面は抱え続ける課題となるはずである。
もちろん、活用を暗室に限定してしまえばいいのだが、今回のCreateLEDがそうであったように、「プロジェクタと違って、マイクロLEDディスプレイは明るいところでも高画質なんですよ」というメッセージを謳いたいがために、これがまたかなりの高確率で明るい部屋でのデモが行なわれがちなのである。
ゲーム性能はどうか?
イベントの最後に、「VBD-V」世代のパネルを用いた145インチモデル(約17万ドル≒2,550万円)を30分ほど占有をさて頂き、マイクロLEDディスプレイを使ってゲームプレイさせてもらった。
「VBD-V」世代のパネルを用いた145インチモデルの展示コーナー
ゲームは、筆者が最近よくプレイしている「アーマードコア6」(2023年)のPC版を選択。プレイに用いたPCも、筆者私物のギガバイト製のゲーミングノートPC(クリエイター向けPC?)の「AERO 17」で、CPUにIntel 第12世代Core i7-12700H、GPUにNVIDIA GeForce RTX 3070Ti(8GB VRAM)、メインメモリーはDDR5-4800/64GBに換装している。
今回のショールーム環境では、GOLDMUNDのオーディオプロセッサがフロントエンド的な機材として設置されていたのだが、ここにHDMI経由でゲーミングノートPCを接続すると、4K/HDR/60Hzの映像が入力できず、フルHD/SDR/60Hz映像までしか認識しなかった。
機材の占有時間も限られていたし、Audio Galleryスタッフも忙しそうにしていたので、GOLDMUNDのスピーカーから音を鳴らすのは早々にあきらめ、ゲーミングノートPCをCreateLED製のマイクロLEDディスプレイにHDMIケーブルで直結してプレイすることにした。
また、本連載では定番の入力遅延の計測や、カラースペクトラムの計測は行なえていない。
2,550万円の145インチ大画面で「アーマードコア6」をプレイできる悦びに顔もほころぶ
プレイした感じでは、約2-3フレームの遅延を感じたが、これは映像エンジン側の処理時間に起因するものだそうだ。
担当者によれば、現在は、この映像エンジンを無効化することはできないそうで、無効化した際には、入力遅延をゼロにできると述べていた。「その証拠はあるのか」と聞いてみたところ、わざわざ、自分達で行なった遅延検証時の様子の写真を送っていただけたので参考までに下に示しておく。
上がViewSonic製のゲーミングモニターの表示。下がマイクロLEDディスプレイ側の「単位モジュール」の表示
たしかに、タイマーの表示が、1000分の1秒の桁まで一致しているので、遅延はなさそうだ。いずれタイミングを見て「低遅延なゲームモード」の搭載は検討しているとのことだが、当面の販売モデルでは、映像エンジン処理分の遅延を伴うようである。
入力遅延の公称値は非公開とのことだが、筆者の「2-3フレーム遅延か」という問いに対しては大体そのくらいだ、と言っていたのでそういうことなのだろう。
今回、プレイした「アーマードコア6」は、ガンダムチックな機動兵器を操作して敵メカと戦うアクションシューティング系のゲームで、もともとロボット特有の「溜め感」が伴う操作レスポンスなので、2-3フレームの遅延であれば普通に違和感なくプレイすることができていた。
仁王立ちで夢中になってプレイする筆者。ちなみに、イベントに参加していた韓国の現地の人は「コイツ、何やってんの?」という風情で注目していた模様(ゲームに夢中で周囲をよく見ておらず)
プレイしたステージはストーリーモードの2周目のチャプター3「旧宇宙港襲撃」。ここは、夕暮れのような空模様が広がり、太陽との位置関係によっては逆光にもなったりする、とても“HDR映え”するシーンだ。宇宙港に停泊中の複数の巨大戦艦を強襲し、全艦を撃破することが目的のミッションで、戦艦を護衛するロボット兵器達とプレーヤー機の乱戦が盛り上がるゲーム展開となっている。
プレイ中は四方八方から無数のビームやミサイルが仕掛け花火のように乱舞しながら飛来し、こちらの攻撃が命中すれば戦艦は大爆発を起こして崩落するので、これまたHDR表示能力が高いディスプレイだと、自発光系のエフェクト表現が華やかになるため、気分が高揚する。
筆者のプレイしての感想は、控えめに言って大満足(笑)。
マイクロLEDディスプレイらしい、目映いまでの輝きが描き出す、空模様、閃光、爆炎は素晴らしかったし、上で映画『アバター』の感想で述べたような、画面全体が速く動いても、くっきりとキレッキレでよく見える体験が楽しかった。エース級の敵機体は、こちらの視界から逃れようと、積極的に素早い横ダッシュブーストを繰り出してくるが、これがマイクロLEDディスプレイだと目で追いやすい。
マイクロLEDディスプレイの超高速応答速度は、アクションゲームにこそ相応しい……と感じた体験であった。
持ち時間が終了した瞬間は「再び、マイクロLEDディスプレイでゲームがプレイできる日がいつになるのかわからない」ということで、ちょっと寂しい気持ちに(笑)。
いずれにせよ、貴重かつ有意義な体験であった。
【8K/60fps】2550万円の145インチの4K/HDR/60Hzの大画面マイクロLEDディスプレイでPC版「アーマードコア6」のチャプター3「旧宇宙港襲撃」をプレイして見た結果…
マイクロLEDディスプレイが今の有機ELテレビのような存在になるのはいつ?
世界初の民生向けの有機ELテレビ「XEL-1」がソニーから発売されたのが2007年。画面サイズは11インチで価格は20万円だった。
それから6年後、LGが55インチの民生向けの有機ELテレビを約100万円で発売して以降、有機ELテレビの「大衆化」が加速した。
高嶺の花だった有機ELも、「XEL-1」が発売されてから17年後の現在は、普及価格帯のTCLやハイセンスの55インチモデルであれば約6万円で購入ができる。日本メーカーが発売する上位機でも、今は約10万円前後が1つの価格目安となっている。
2007年12月1日に発売された、世界初の有機ELテレビ「SONY XEL-1」(20万円)
2013年のCESで発表された、55型有機ELテレビ「LG 55EM9700」(約100万円)
では、マイクロLEDディスプレイの「大衆化」はいつくるのか。
筆者個人的な見解では、まだ少し時間が掛かりそうというイメージを抱いている。
今回、取り上げたCreateLED製のものも、民生向けとはいっても2,000万円以上の高級機で富裕層向け。かつての有機ELテレビの始祖「XEL-1」に相当するモデルのマイクロLEDディスプレイ版は、まだ出てきていないに等しいと考える。
やはり、マイクロLEDディスプレイの「大衆化」のスタートタイミングは、「単位パネルを繋いで大画面を構成する」方式ではなく、50インチ前後の画面サイズ一枚パネルを100万円前後で売れるようになってからではないか……と筆者は思うのだ。
韓国「Audio Gallery」が富裕層向けのホームシアター環境としてマイクロLEDディスプレイの訴求を開始。果たして日本の富裕層にも、マイクロLEDディスプレイブームは来るのだろうか
思い返せば、今から12年ほど前、「1枚パネルもの」の55インチのマイクロLEDディスプレイをソニーがフルHD解像度で試験的に製造してCES 2012に参考出品したことがあった。この時、ソニー関係者に取材した際には「量産なんてとんでもない」と自虐的に笑っていたのを思い出す。
ソニーがCES2012で発表した「Crystal LED Display」
未だ人類は、数千万粒のマイクロLEDチップを、50インチ前後の画面サイズで、液晶パネルや有機ELパネルなみの速さで製造する技術を有していない。
ただ、今年2月に掲載した連載記事(第284回)でも述べたように、これを可能にするための技術は徐々に提案されてきてはいる。
2023年、大量のマイクロLEDチップを高速に基板へ転写できるようにするための有望な「EGOS」(Epitaxial lateral overgrowth GaN on Substrate)技術を京セラが発表した
ただ、まだまだその道のりは遠そう……という印象なのだ。
いくつかの理由はあるが、有機ELパネルがが予想外に検討していて延命していることと、ソニーの50インチ試作機発表から12年経ってもあまり基本工法が変わっていないことを踏まえると「100万円の4K解像度の1枚パネルのマイクロLEDテレビ」が出るのは10年後……予測しておく。
もちろん、これは、あえて悲観的な予想……ということにしておきたい。