岡山市の天神町周辺は、大正時代の建築を利用した商店や美術館などが点在し、文化的な空気が色濃く残るエリアだ。そんな地域に世界で活躍する現代アーティストと日本を代表する建築家がタッグを組んで作り上げた、1日1組限定の一棟貸し宿「A&A リアムフジ」がある。地域に根付いたアート作品であり、迷路のような構造で刺激的な滞在が楽しめるこの宿をレポートしたい。

岡山市の天神町周辺は、大正時代の建築を利用した商店や美術館などが点在し、文化的な空気が色濃く残るエリアだ。そんな地域に世界で活躍する現代アーティストと日本を代表する建築家がタッグを組んで作り上げた、1日1組限定の一棟貸し宿「A&A LIAM FUJI(エーアンドエーリアムフジ)」がある。地域に根付いたアート作品であり、迷路のような構造で刺激的な滞在が楽しめるこの宿をレポートしたい。

滞在型都市・岡山を発信するア―トプロジェクト

「A&A」とは、ARTIST(アーティスト、美術家)とARCHITECT(アーキテクト、建築家)のこと。芸術文化の向上と地域文化の発展のために活動する「石川文化振興財団」が中心となり、岡山市内の歴史文化ゾーンと周辺に美術家と建築家がコラボレーションしてデザインした宿泊施設を約20年かけて生み出していくプロジェクトである。作品に滞在する場を設けることで、アートを体感できる滞在型都市としての岡山を発信していく。

1日1組を対象とした、ひとつの作品のようなホテル

その第1弾としてスタートした同ホテルは、「生活を芸術化すること」をテーマに制作を行う、イギリス出身アーティストのリアム・ギリックと、建築やインテリアなどの設計を通し、生活環境の質をデザインする建築設計事務所の「MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO(マウントフジアーキテクツスタジオ)」がデザインを担当。作品に入り込み、新しい視点でローカルに触れることができる唯一無二の空間を作り上げた。

部屋と部屋を行き来することで、暮らしの中の「常識」が揺らぐ空間

暮らす中での「迷い」をあえて楽しむ、迷路のような滞在

「この建物の最大の特徴は、“迷いの空間体”として設計されているところです。アーティストのリアム・ギリックは、地球温暖化の研究家として知られる気象学者・真鍋淑郎(しゅくろう)さんの導き出した“気象学的方程式”に魅せられ、宿泊棟を彼へのオマージュとしました。その思想を設計事務所の『マウントフジアーキテクツスタジオ』が建築に落とし込んでいます」と宿を運営する「Staple(ステイプル)」の谷野夏羽さん。

“気象学的方程式”が部屋の至るところに飾られている

「気象学的方程式」とは、2021年にノーベル物理学賞を受賞した真鍋さんが用いた気候変動の予測を行う為に必要な数式のこと。

真鍋さんが様々な迷いの過程を経て、世界的に評価される「気象学的方程式」を打ち出したように、ここではゲストにも「迷いながら思索する」ことを期待する仕掛けがちりばめられている。岡山産のヒノキ集成材を田の字型に組み、それを階ごとにずらして3階建てで組みあげた建築の内部では、どこにいても「迷路」のような空間を楽しむことができるのだ。

ヒノキで作られた建築はどこか温かみを感じる

遊び心あふれる「リビング ダイニング ルーム」

到着してすぐ、まずは「リビング ダイニング ルーム」へ向かった。この部屋はなんと「玄関」の下の階に位置している。「玄関」と同じ階にあるのが一般的だが、不思議な造りに序盤から衝撃が止まらない。三階建てで吹き抜けになっている為、窓のない階にありながらも、外の自然光が降り注ぐ明るい空間となっている。

降り注ぐ外光が心地いい、「リビング ダイニング ルーム」

「リビングダイニングには、岡山を拠点に活動する陶芸家の加藤直樹さんが手がけたカップや、県内有数の茶産地・美作(みまさか)市海田(かいた)地区の下山桂次郎さんが作るお茶、県産のウェルカムスイーツなどをご用意させて頂いています」(谷野さん)

「リビング ダイニング ルーム」の脇には2つの階段と、梯子が設置されており、遊び心いっぱいだ。梯子の上には、椅子とテーブルが置かれた「バルコニー」があり、登り終えると下の階を見下げながらくつろげるのが面白い。まるで小さな秘密基地のようだ。

思わず童心に帰る、梯子の設置された「バルコニー」

お次は「キッチン」へ。通常はリビング の隣にあるが、ここでは階段を上る必要がある。階段の途中には椅子が置いてあり、疲れたら腰掛けることもできる。椅子の頭上には、真鍋淑郎さんの導き出した「気象学的方程式」が額縁に入れられ、アート作品のように飾られている。

「キッチン」向かう途中にある階段

ハレの国・岡山の美しい青空を切り取る「キッチン」

「キッチン」は、天井がガラス張りになっており、ハレの国とも言われる岡山の青空を眺めながら料理をできるのがうれしい。不思議な開放感のある空間で、いつもと違う非日常気分を味わえる。色彩豊かな「ル・クルーゼ」の鍋や、使い勝手のいい「Snow Peak(スノーピーク)」のキッチンツールなども揃い、料理のモチベーションも上がること間違いなし。

横に長く、広々とした空間で作業できる

気分で選べる、階違いの「ベッドルーム」

個性的な「ベッドルーム」は2つある。1つはいちばん下の階に、もう一方は「キッチン」と同様に最上階にあり、天井がガラス張りになっているので、目覚めた瞬間から空を眺めることができる。

下の階の「ベッドルーム」
上の階の「ベッドルーム」

プライベート感と開放感を合わせ持つ「シャワールーム」

「シャワールーム」へと続く階段

「シャワールーム」はなんとスケルトン(透けて見える構造)だ。とはいえ、このフロアには「シャワールーム」と「トイレ」しかない為、ほかの部屋からはしっかり見えない構造になっているのがうれしい。開放感とプライベート感を同時に持ち合わせた、面白みのある空間をこの機会に堪能しよう。

カーテンで視界を遮ることもできる

徒歩10分で行ける観光名所「岡山後楽園」と「岡山城」

そしてこのホテル、実は日本三名園のひとつ「岡山後楽園」や豊臣秀吉の家臣である宇喜多秀家が築いた「岡山城」にも徒歩10分で行ける距離にある。宿泊したら、散歩気分で気軽に観光できるところも大きな魅力だ。

「岡山後楽園」は日本の文化財の1つ「特別名勝」に指定されている

6階建て3層で威厳のある「岡山城」は、1945年の空襲で一度焼失したが、1966年に再建された。不等辺五角形の天守台は珍しく、見に行く価値あり。中に入ると、戦国時代から江戸時代にかけての周辺エリアの歴史がわかる博物館があり、周囲の風景を一望することもできる。

岡山城

休憩は野点席で一息つける「さざなみ茶屋」がおすすめ

江戸時代の面影を残す「岡山後楽園」の庭を散策する際は、ぜひ順路の中間にある「さざなみ茶屋」にも立ち寄ってみてほしい。

「さざなみ茶屋」に併設した「廉池軒」

各景勝を窓から望むことのできる「廉池軒(れんちけん)」に隣接しており、「抹茶」(団子付600円)をオーダーすれば、お殿様がお気に入りだったという野点席に座り、庭を眺めることができる。岡山名物の絶品きび団子と抹茶を満喫しつつ、優雅な気分に浸ろう。

きび団子がセットになった「抹茶」

アートと歴史と文化を体感できる

数式が描かれた「A&A リアムフジ」の外観

1日を通して、迷路のようなアート作品の中で暮らす楽しさと、岡山ならではの文化や歴史を同時に体感できる「A&A LIAM FUJI」。暮らすように滞在しながらもいつもとひと味違う「非日常」へ誘ってくれる宿に、ぜひ足を運んでみてほしい。

■「A&A LIAM FUJI」
【住所】岡山市北区天神町9-2-1
【アクセス】JR宇野線岡山駅から徒歩15分、車で5分
【駐車場】なし
【料金】2名1室4万1800円(税込)〜
https://a-and-a-hotel.com/

文・写真/中村友美
フード&トラベルライター。東京都生まれ。美術大学を卒業後、出版社で編集者・ディレクターを経験後、現在に至る。15歳からカフェ・喫茶店巡りを開始し、食の魅力に取り憑かれて以来、飲食にまつわる人々のストーリーに関心あり。古きよき喫茶店や居酒屋からミシュラン星付きレストランまで幅広く足を運ぶ。趣味は日本全国の商店建築巡り。