左から共同ゼネラル・パートナーの郄橋健太氏、小澤隆生氏、堀新一郎氏。東京都港区・広尾の閑静な住居にオフィスを構えている。屋上にて撮影(撮影:今井康一)

2024年1月設立の「ブーストキャピタル」はLINEヤフーがアンカー(最初の資金の出し手)となって複数の上場企業などから約100億円を調達。春先から1号ファンドの運用を始めた。出資先の条件はIT(情報技術)に関連していること、日本国内のスタートアップであること、そして爆発的な成長が見込める事業であることだ。

同社には投資経験が豊富な3人の共同ゼネラル・パートナーがいる。ヤフー元社長で現在はLINEヤフー顧問の小澤隆生氏、LINEヤフー傘下のVCであるZ Venture Capital元社長の堀新一郎氏、MBKパートナーズでプライベートエクイティの経験を積んだ郄橋健太氏である。

ブーストキャピタルの目指すものとは? 兄貴分で代表取締役の小澤氏に話を聞いた。

ーー日本スタートアップの環境についてどんな問題意識を持っていますか。

私は10年ぶりにベンチャーキャピタルの世界に戻ってきました。この間に何が変わったか。いい話から言うと、お金が集まるようになった。岸田文雄首相もスタートアップに光を当ててくれたんで、すごくよかったと思います。スタートアップの資金調達額は10年で約10倍に増えた。起業も増えた。

一方で課題としては、経営者の実力が一足飛びに上がるものではないので、そこをなんとかしないといけない。経営者の全体的な実力の底上げと、出口の多様化が今後の課題として残されています。

出口の多様化という点では、M&Aの果たす役割が重要だと思っています。あんまり小粒で上場してもしょうがないじゃないですか。

M&Aを増やさなければならない

ーーここに「会社四季報」があります。四季報を見ると上場後も売り上げ50億円未満、100億円未満のまま成長しない企業が多い。資金調達をするわけでもなく、なぜ上場したのかがよくわからない企業が目立ちます。

あ、四季報ですね。ヤフー時代から愛読していますよ(笑)。堀は四季報をエクセルに書き込んでいく「四季報写経」もやっているくらいなので、僕らは四季報には本当にお世話になっております。

ーーご愛読ありがとうございます。四季報を見ると成長の止まっている時価総額の低い会社が多すぎますよね。東証は上場維持基準を厳格化しましたが、こうしたこともM&Aの活性化を後押ししています。

規模を拡大させるためにはM&Aが手っ取り早い。ヤフー時代、私は一休、ZOZOなどを買収したけれども、あのようなサービスを1から作ると大変なわけです。買収後はシナジーによってさらに成長を加速できました。上場企業によるM&Aは間違いなく増えていく。

そして投資先の出口戦略の多様化という点でもM&Aは増えていく、いや増やさなければならない。投資先がM&Aされることもあれば、M&Aをする側に回ることもあると思う。どちらもありです。


小澤隆生(おざわ・たかお)/1972年生まれ。1995年早稲田大学法学部卒。CSK(現SCSK)を経て1999年にビズシークを創業し2001年に楽天に売却。その後楽天で各種事業の責任者に。2011年創業のクロコスをヤフーに売却しヤフーに入社。ヤフーではショッピング事業等を主に担当。YJキャピタル(現Z Venture Capital)にてVC事業も。2022年4月から2023年9月まで社長。2024年1月、ブーストキャピタルを設立し代表取締役に就任(撮影:今井康一)

会社を売った側の社長がもう1回起業することも、とても重要だと思っています。経験値の高いシリアルアントレプレナー(連続起業家)は成功確率が高い。だからお金も集まる。上場して社長をやりっぱなしだとシリアルになりようがない。

シリアルアントレプレナーを増やすためには、つくって売って、つくって売ってというのも職業として全然あり、としないと。実際シリコンバレーにはたくさんいるわけです。

会社を売って得たお金を投資に回していくエンジェルも増えればいい。M&Aが増えることで、間違いなくエコシステムの循環がよくなるはずです。僕らの考えとしては、M&Aを少しでも増やす役割を持ちたい。それこそが日本のスタートアップエコシステムの活性化にとって大切なことだと信じているからです。

ーーブーストキャピタルから出資を受けたスタートアップの経営者は覚悟が必要ですね。売却を迫られて、退く必要があるかもしれない。

僕らがマイノリティで出資している場合はまるで決定権がないので、強制力はありませんよ。株主として「規模をしっかり大きくしましょう、規模が大きくならないんだったら売却、もしくは他社の買収を積極的に考えましょう」と言い続けると思いますけれども。

40〜50社に出資

ーーM&Aを主体とするのであれば、非上場企業じゃなくて上場企業に出資してもよさそうですが。

上場企業には出資しません。非上場企業だけです。ただし出資先の非上場企業が上場会社を買う可能性はあります。

ーー100億円規模で何社ぐらいに出資するイメージですか。

2025年3月までに150億〜200億円ぐらいになる予定です。150億円だとすると管理報酬を差っ引いた投資余力が120億〜130億円。1社3億円平均で計算すると出資先は40〜50社だと思います。ミドルクラスくらいのVCになりますよ。

ーー期間はどのように設定していますか。

3年ぐらいで投資組み入れが終わると思います。ただ、ベンチャーキャピタル自体は10年のファンドなので、3年ぐらいで組み入れをほとんど終えて、その後のフォローのために一部のお金を取っておくと思います。

ーー世の中にベンチャーキャピタルがたくさんある中で、どういった点が独自のアピールポイントですか。M&Aをやる、と言っているところはそれなりにあると思うので。

いくつかあります。1つは、私は昨年9月まで日本で一番でっかいインターネット会社の社長だった。そういう経営者がVCをやるというのはこれまでないと思うんですよね。あくまで経営者個人の話ですが、これはとても重要です。こういう人がもっと増えるべきだと思っているんです。

ーーヤフーからは、宮坂学さんのように東京都副知事になった方もいますね。

そう、行政に回ってもいいですよね。経営者がもう1回経営をやるというのはごくごく当たり前のことですが、経営者が行政の仕事をする、投資を事業として行うというようなことが当たり前になってほしい。

経営者がエンジェルをやるというのは多いけれども、私のようにファンドを経営するのは珍しいケースです。なかでもヤフー、楽天のような規模的に大きな会社の経営層がやるのは非常に珍しい。

でっかい会社の「経営経験」は武器

でっかくなりたいわけじゃないですか、起業家は。そうすると、でっかい会社の経営をしたことがある人の経験はものすごく重要になりますよ。

私の場合だと、PayPayの立ち上げから急成長までのところもやっているので、でっかくした経験も持っている。スタートアップの経営者として買収される側になった経験もあるし、ZOZOや一休のように1000億円単位の買収をした経験もある。ここまでの経験を積んでいるベンチャーキャピタル経営者は、他にはいないですよね。


郄橋健太(たかはし・けんた)/1987年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経てMBKパートナーズでコメダ珈琲、TASAKI、USJ、ゴディバなど主にコンシューマーセクターの投資およびバリューアップに従事。2022年5月、MBKパートナーズを退職後はOMAKASEをはじめとするいくつかの企業の創業株主に(撮影:今井康一)

郄橋も自分でOMAKASEというサービスをつくって、それをGMOインターネットグループに売却した経験を持っている。プライベートエクイティの業界が長いので、買収をしてその後しっかり成長させて会社の価値を大きくするということをやっているわけです。

堀はベンチャーキャピタルのスペシャリストですけど、直前までは事業会社にいたわけですし、ベトナムでプライベートエクイティもやっている。3人とも経営者として社長経験があるということは、やっぱり起業家サイドから指名されますよね。これがリアリティとしては一番大きいです。

ーーそれ以外にもアピールポイントがありそうですね。

私たちは買収もします。マイノリティ投資にとどまらない。投資のサイズは3億円って言いましたけど、投資のパーセンテージは1%から100%までやります。これも珍しいと思いますね。なぜ100%をやれるかというと、自分たちが経営できると思ってるからです。なかなか100%買ってくださいというのは来ませんけど。

ーー魅力的な会社であれば、100%買収を提案することもありえますか。

僕はやります。これまでの面談の中では2回ぐらい言いましたね、「買わせてくれない?」って。

間違いなくうまくいくだろうなと思えば、100%ですよね。ヤフーのときはそれをやっていたので。要するに、提携じゃなく100%買わせていただけないですか、と。

経営者がベンチャーキャピタルをやる私のようなケースは、これからは結構出てくると思います。お金を集めやすいぞ、起業家から指名されやすいぞ、ということがわかってくるので。アメリカでは「アンドリーセン・ホロウィッツ」なんてまさに起業家たちが作っている。ピーター・ティールも投資をやっているわけですよね。

私はアンドリーセンやピーター・ティールほどメジャーじゃないですが、アメリカの流れが日本にも来るわけです。これからはプライベートエクイティとベンチャーキャピタルが融合していくのも自然な流れなんじゃないですか。日本でその一番先頭を走ろうとしているのがわれわれなんですよ。

集めるお金は多ければ多いほどいい

ーー小澤さんはヤフー時代にはアリババのような何兆円単位の巨大企業も見てきた。第1弾では150億円の規模だけれども、第2弾、第3弾のファンドではどのくらいの規模をやりたいですか。

お金は多ければ多いほどいい。ちょっと前まで兆の単位でやってたので、やれますか、やれませんかと聞かれたら、やれると答えます。やりたいですか、やりたくないですかと聞かれたら、超やりたいと答えます。

お金を出す側からすると、パフォーマンスがどれぐらい出るかですよね。投資を受ける側からすると、自分の会社の価値がどれぐらい上がったかが重要で、そこは完全にリンクしている。私としてはこの2年が勝負だと思っています。今年来年で1回勝負はつくんじゃないですかね。

ーーファンドに出資したLINEヤフー、ビジョナル、マネーフォワード、PKSHA Technologyなどは、M&Aのチャンスも狙っているわけですよね。

そうです。M&Aの橋渡しをする機会は増えると思います。M&Aだけでなく事業面でつながるようなことも出てきます。

ーーシード段階から上場直前のレイターステージまでこだわらずに出していくと説明しています。

今回は1号なので、お金を出してくれる人たちにVCとPEを融合させた新しい挑戦だと説明しています。アーリー、ミドル、レイター、買収で、4分の1ずつぐらいお金を使いますと説明をしているんですよ。その結果、一番フィットしそうなところを見つけていきたい。ひょっとしたら2号ファンドでは8〜10割を買収案件だけでやっていくプライベートエクイティファンドを1000億円組成するかもしれない。

ーー2号ファンドを作る時期は?

世の中の平均はだいたい3年おきなので3年後くらいでしょうか。でも死ぬほどこけていたら、5年後かもしれないです。

ーー「これはやらないぞ」と決めていることはありますか。

ITが絡んでいないものはやらない。例えば、彼(郄橋氏)はコメダ珈琲とか、TASAKIなどをMBKパートナーズでやってたんですけど、少なくとも1号のファンドではこうしたところはやらない。

不動産投資、トークン投資もやりません。あと基本的には日本企業に出資をしたい。グローバルに進出したいというところはやるかもしれないですが、アメリカの会社が出資をしてほしいとやって来てもやらないですね。為替リスクもあるので。

3カ月で200件のアポイントメント

ーーどのくらいの起業家と会いましたか。

今は注目度が高い状態なので、インバウンド(自己推薦)でワーッと来ています。他のVCや企業からの紹介もありますが、今は8割がインバウンドになっちゃっています。

多すぎるぐらいインバウンドが来ちゃった。でも、もうすぐ落ち着くと思うので、そうすると5割がインバウンド、4割が紹介、そして最後の1割はこっちから声をかけるもの、というバランスに落ち着くと思います。

今は事前の選別を行わず、全部会っているんですよ。これまで3カ月で200件会った。すべてが起業家、起業家予備軍というわけではありませんけれども。5月15日時点でもう5、6件の投資を決めたので、確率的には3%くらいでしょうか。

ーーまずは起業家と会うわけですよね。

最初の面談は30分やります。起業家から直接何をやっているかを聞きます。

ーーここ(広尾にある現在のオフィス)は1LDKですよね。待合スペースがないので、アポ調整に苦労しそうですが。

時間をキチキチには詰めないようにしています。だいたい30分スロットにして15分空けてやっているので。


堀新一郎(ほりしん・いちろう)/1977年生まれ。慶応義塾大学総合政策学部卒業後、フューチャーシステムコンサルティング(現フューチャーアーキテクト)のシステムエンジニアを経て、父親が創業したドリームインキュベータ(DI)にて経営コンサルティング及び投資活動に従事。ベトナム事業の立ち上げに携わる。2013年にヤフーに入社しM&A業務に従事。Z Venture Capitalの社長を務めた(撮影:今井康一)

ーー200件、どのような人がいましたか。

いろいろな方が来ます。インドネシア在住の方、今スペインにMBA留学してる方とはオンラインミーティングをしました。これから起業をしたいという高校生は製造業の買収をたくさんしていきたいんです、と相談しに来ました。凄すぎるな、と思いました。そういう起業家予備軍みたいな方もいらっしゃる。中にはM&Aをしたいという上場企業の社長などもいるので、いろいろな方と会っています。

堀はずっと現役でベンチャーキャピタルをやってきましたけど、私は10年離れていたので、最新事情がどうなってるのか、もう1回勉強し直すために全部会いました。でも200件会って1周した感じがするので、ここからはお断りする方も出てくると思います。

振り返ると、今回200件会ってよかった。質がよくなっていて、びっくりしました。以前(YJキャピタルやZ Venture Capitalの時代)であれば、エントリーシートの段階で断ったような人に、結果として投資することにもなったので。

社長の雰囲気は、字面ではわからない。以前は、まずは部下たちが書類で落としたり、初期面談をやって落としていたので、私が実際に会うのは週に3件とかくらいだった。今は1日6件とか会っている。文面からはさすがに投資可能性がなさそうだなと感じる方からの問い合わせも来ますけど、可能性が低そうだなと思っていたのに会ったら素晴らしい起業家、というケースがある。今回、そういうのが2、3件ありました。だから以前は会わずに断って損していたかも、という気持ちになりました。

年末には麻布台ヒルズへ移転

ーー1LDKのままで続けますか。

さすがに狭いので、麻布台ヒルズの「TOKYO VENTURE CAPITAL HUB」に入居する予定です。森ビルさんに誘っていただきました。工事に時間がかかるようですが年末までには引っ越す段取りになりそうです。でも、ここはここで居心地がよくて、ここでもいいかなとも思っていて。

ーー勝率のイメージは?

全勝を目指していますよ。僕らは確率をすごく高めたいと思っているファンドです。リターンという点では100社やって1社が2社でかなりのリターンを稼ぐことになるかもしれないけど、その場合でも98社負けていいとは思っていない。

過去の実績を振り返ると、YJキャピタルは19社に投資して11社上場してるので、上場確率が50%を超えているんですね。本当のレイターだけやってるベンチャーキャピタルだったらこういう勝率もあるかもしれないですが、YJキャピタルは創業投資を3社やっていて、そのうちの2社上場してる。勝率が恐ろしく高かった。M&Aという出口も考えると、今度はもっと勝率が高くなります。

日本のM&Aを10倍にしたい。そしてスタートアップエコシステムを活性化し、事業会社の非連続な成長を応援したい。いいことしかないんじゃないかな、と思っています。

(山田 俊浩 : 東洋経済 記者)