カップ麺をケース単位ではなく、1食から購入できるD2Cサービスを知っているだろうか? 日清食品が展開する「日清食品グループ オンラインストア」では、同社のグループ企業を含めた食品を1食単位で購入できるほか、新商品の先行販売やアウトレット商品の販売も行い、店頭での購入に引けをとらない充実感を実現している。企業の成長につながった施策や事業を切り口に、そこに秘めたマーケターの想いや思考を追っていくDIGIDAY[日本版]のインタビューシリーズ「look inside!―マーケターの思考をのぞく―」。今回は、日清食品でダイレクトマーケティング部部長を務める佐藤真有美氏に、同社オンラインストアの成り立ちや1食販売を実現した経緯を聞くとともに、同氏のマーケティング思考にも触れた。

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DIGIDAY編集部(以下、DD):日清食品グループ オンラインストアでは、ケース売りが基本ではなく、カップ麺1食から注文できるのですね。佐藤真有美(以下、佐藤):はい。2016年に私がEC事業の責任者となり、全面的にリニューアルした際に1食単位でカップ麺を購入できるようにしました。そもそも、2000年から自社オンラインストアは構えていたのですが、当時は販売品目も限られていたほか、購入はケースごと、注文から商品到着までに1週間ほどかかっていました。

佐藤 真有美/日清食品 ダイレクトマーケティング部 部長。外資系紙メーカーを経て外資系ソフトウェア企業に入社し、EC領域に従事。2014年に日清食品に入社し、2023年3月から現職に就任した。いま、もっとも楽しみなコンテンツは、高校生の一人娘から恋バナを聞くこと。恋愛相談を受けつつ、建設的なフィードバックを行う。「高校生の恋愛事情に特別詳しい」という自負を持つ。

ECでカップ麺を買わせる動機から

DD:現在のような充実度や便利さはなかったのですね。佐藤:そうですね。Amazonなどの台頭で世界的にECが主流となってきたとき、弊社でもEC事業にちゃんとマーケティングを落とし込んで注力していこうと社長(日清食品・安藤徳隆社長)が考えたのが2016年でした。私自身は2014年に入社し、米国現地法人のEC販売チャネルを開拓したのち、日本のEC事業を担当することになりました。EC事業をゼロベースで考え直し、きちんとマーケティングをして事業を拡大するというミッションを与えられていたので、自社通販のコンセプトを考えるところからのスタートでした。前提として、どこでも買えるカップ麺をECで買う必要性を見いだす必要があったんです。ありがたいことに、弊社のカップ麺は日本中どこでも買うことができますが、ネット注文の場合、基本的に受け取るタイミングは翌日以降になり、条件によっては送料もかかってしまいます。ECは便利だからこそ発展したインターネットサービスなのに、弊社のカップ麺に関しては、ECのほうが不便になってしまいます。この問題に最初は本当に悩みました。DD:矛盾ですよね。佐藤:私は日清食品に入社する前、外資系ソフトウェア企業のECマーケティングに携わっていましたから、使いやすく便利なECの構築には慣れていました。でも、どれだけ使いやすくても商品が売れるECサイトでないと意味がありません。どこでも買えるカップ麺を、わざわざECで買ってもらう動機づくりが本当に大変だったんです。DD:日清食品のEC事業は右肩上がりで伸びていると聞きます。そこをどう作り込んでいったのですか?佐藤:まず、同じ商品が12食や20食入っているケース単位での販売は違うと感じていました。そこで、3食単位ならお客様の購入のハードルも下がるし、倉庫でのピッキングも実現可能だと考え、社長に提案したんです。ですが、「本当にそれが消費者にとって便利な買い方なのか? できそうなことを積み上げたアイデアではないのか?」と言われてしまいました。消費者にとって本当に便利な買い方……。究極的には1食から買えるほうが便利なんですよね。店頭との差異もありませんから。でも、D2Cの場合、倉庫での作業コストも考えて、まとめて売るのがセオリーだと考えがちです。DD:売る側の視点に立てば、そうですよね。佐藤:はい。でも、それではダメなんです。ECでカップ麺を買ってもらわなければいけませんから。徹底的にお客様目線にならなければいけません。社長からの助言を受けて改めて考え直すと、盲点にも気づくことができました。私が最初に提案した3食という単位も、結局は12食や20食入りのケースから3食用の小箱に詰め替える作業が発生するので、1食ずつ梱包するのとさほど作業量が変わらなかったんです。物流倉庫会社とも作業コストが変わらないことを確認し、1食単位での販売が実現しました。DD:とはいえ、ECでの1食販売へのこだわりは、社内で疑問の声も上がったのではないですか?佐藤:もちろんありました。しかし、作業を一つひとつ分解すると、むしろ1食単位販売によって一部のピッキング作業が省けることもわかったんです。そうしたプロセスをちゃんと関係部署に話し、理解してもらっていったかたちです。リニューアルの際は本当に大変なことばかりでしたが、細かいことはもう忘れてしまいましたね。いまは売上を追わなければいけませんから、リニューアルよりもよっぽど大変です。

店頭ではなく、ECでしかできないこと

DD:1食販売にすることで、副次的なメリットはありましたか?佐藤:カップヌードル専用の計量カップなど、弊社のSNSアカウントが投稿したユニークなグッズがバズった場合、実際に商品化してECで販売することがあります。グッズだけ買うつもりだったけど、送料が気になるお客様は、送料無料の基準を満たすためにカップ麺を買ってくれていますね。弊社のIPである『ひよこちゃん』のグッズを販売するときも同様です。こうした例をあげると、やはり1食販売を実現しておいてよかったと思いますね。DD:ECならではの取り組みはいかがでしょうか?佐藤:EC限定のコラボ商品も企画・販売していますが、よく売れています。たとえば、戦車をメインにしたアニメとのコラボでは、作品に登場する砲弾を忠実に再現したカップヌードル3食を保管できる「砲弾型ストッカー」をカップヌードルとセットで販売しました。3万円近くする商品でしたが、約2500セットが数時間で売り切れてしまったことはよい思い出です。店頭では商品を並べられる場所が限られていますが、こうしたコラボ商品はリアルな売り場がないECの得意分野ですね。また、新商品を一般流通よりも先にECで先行販売する取り組みも行っています。もちろん数量限定ですが、インターネット上で新商品の口コミが広がれば、一般流通での発売時に売上が伸長することもあります。さらに、アウトレット商品を販売できることも大きな特徴です。賞味期限まで一定の期間を切った商品の場合、通常の流通には卸せなくても、お客様に直接お届けするのであれば問題ありませんので、「アウトレット品」として価格を下げて販売しているんです。非常に好評で、フードロスの削減にも貢献できています。DD:なるほど。ECの存在感を発揮できる販売方法ですね。では、今後のビジョンはいかがでしょうか?佐藤:カップ麺やユニークなグッズを入口にして新規の顧客を迎え、サプリメントなどの健康食品や完全メシの冷凍食品の販売にも注力していきたいです。すでにEC事業の売上自体は7割以上が健康食品なのですが、売上ではなく購入人数をみてみると、カップ麺を購入されたお客様の数は健康食品と比べて倍以上いらっしゃいます。毎年新規のお客様が10万人ほど増えているという事実もありますし、カップ麺で大量のお客様を呼び込むことができているんです。そのうえで、いまイチオシの商品も紹介して認知してもらう。こうしたサイクルを活用して、消費者にとってまだ馴染みのない商品をECから定着させていこうとしています。

足りなかったのは、「お客様目線」になるということ

DD:佐藤さんが先導したオンラインストアのリニューアルは、日清食品のEC事業に大きな影響を与えたと感じます。佐藤さん流のマーケティング思考を、ECサイトに落とし込めているのではないでしょうか?佐藤:前職で働いていた頃から、ECにおける専門的な知見やスキルは身についていましたし、自分は詳しいという自負もありました。でも、to Cのマーケティングにおける根本的な考え方は日清食品に入社当初、まだまだでした。社長からもらった「できることを積み上げるだけでは限界が来る。まずはベストなことを考える」という助言は、いつまでも心から離れない言葉です。仕事に対する考え方が大きく変わったアドバイスでしたし、いまの業務にもその考えが下地にあります。DD:佐藤さんにとって、マーケティングにおけるもっとも重要なことは何でしょうか?佐藤:消費者の視点に立って客観視すること。つまり、お客様目線になるということです。それができなければ、大きな売上には繋がっていかないと感じます。リニューアル当初、私はEC構築における知識や経験が多すぎて、売り手側の常識が当たり前になっていました。でもそれは消費者が本当に求めているものとは違うことがほとんど。日清食品で、本当の意味で消費者の視点に立つことを学んだんです。知りすぎているからこそ見えない部分があり、知らない人が見たときに何を思うのか。それが、いまの考えの指針になっています。Written by 島田涼平Photo by 三浦晃一