●ネット上には「不要」「見ない」などの声も

今春の番組改編では「音楽番組の復活」「長寿番組のレギュラー放送終了」などが大きく報じられたが、なかでも放送前からネット上の反応が芳しくなかったのが、報道番組やスポーツニュース番組へのタレント起用。

報道番組では『news every.』(日本テレビ)のキャスターに桐谷美玲と斎藤佑樹、『news zero』(日テレ)のパートナーに波瑠、板垣李光人、シシド・カフカが起用された。さらに、スポーツニュースでは8年ぶりに復活した『すぽると!』(フジテレビ)に“キャプテン”として芸人の千鳥が出演し、ネット版の『すぽると! onTVer』にもアイドルの黒嵜菜々子が登場している。

しかし、これらの起用が発表されるとネット上には「不要」「見ない」などの否定的な声が少なくなかった。その主な理由は「キャスターと専門家以外はいらない」「それならもっとニュースやスポーツを掘り下げてほしい」というものだが、制作サイドはこのような反応が出ることくらい分かっていただろう。では、なぜ否定的な声があることを承知の上でタレントを起用するのか。テレビ解説者の木村隆志が掘り下げていく。

(左から)『news every.』桐谷美玲、森圭介アナ、鈴江奈々アナ、斎藤佑樹氏

○タレント側も新たなイメージを加えられるチャンス

報道やスポーツの専門家ではないタレントを起用する理由は、シンプルに「コア層(主に13〜49歳)の個人視聴率獲得」で間違いないだろう。話題性やビジュアル面のメリットを狙っているのは確かであり、やはりタレントの影響力はまだまだ大きい。ただ、それだけで継続視聴してもらうことは難しいだけに、彼らには視聴者に近い存在となり、視聴者目線でのコメントが求められている。

実際、桐谷は「20代のころに報道番組に携わっていて、当事者意識を持っていくのは本当に大切なことなんだなと教えてもらって勉強しました。30代になり、結婚して出産して、毎日日々子育て、そして主婦業をしていく中で、新たな目線で生活者の1人としてニュースを伝えていきたい」などとコメントしていた。

また、桐谷は家事に役立つ節約や時短テクニックを主婦目線から紹介する「キリモリっ!」というコーナー担当していることからも、それが分かるだろう。桐谷にとっても「庶民派」「子育て中の主婦」という新たなイメージを加えられるチャンスであり、意気込みが伝わってくる。

○「ライト層向け」に舵を切る背景

しかし、報道番組やスポーツニュースの視聴者には、「自分が知らない専門的な視点や情報を求めたい」という目的の人も多く、必ずしも制作サイドの狙いや桐谷の姿勢とは一致しない。しかもネット上で批判する熱心な視聴者ほどその傾向があるだけに、『news every.』や『news zero』はそれらの層ではなく「ライト層向けの報道番組を選んだ」というニュアンスが感じられる。

これは裏を返せば、報道番組やスポーツニュースはそれだけ「『好きな人が見る』という嗜好性の高いコンテンツになっている」ということだろう。ネットで大量の情報が得られる中、報道番組やスポーツニュースは以前のように「年齢性別や趣味嗜好を問わず多くの人々が見るもの」ではなく、「そのジャンルに強い関心がある人々が見るもの」という感があるなど、視聴者の絶対数が以前よりも減ってしまった。

ただそれでも、「強い関心のある人々も、ネット配信の有料コンテンツとして見るほどの需要はない」だけにテレビ局としては、やはり放送で稼いでいかなければならない。だからこそ、民放地上波の報道番組やスポーツニュースは、「できるだけコア層の個人視聴率を獲得する」というライト層向けに舵を切らざるを得ないところがある。

もちろん、ライト層向けでも報道番組やスポーツニュースは一定以上の専門性を求められるだけに、タレントがメインになることはない。だからこそ桐谷、波瑠、板垣、千鳥らの立ち位置はアクセントに留まっている。

●「新たな目玉を加えたい」事情も

波瑠

タレントの起用に関して“今春の背景”として挙げておかなければいけないのは、「キャスター交代」と「8年ぶりの復活」というそれぞれの事情。

『news every.』は藤井貴彦、『news zero』は有働由美子と“番組の顔”だったメインキャスターが抜けたことで、「新たな目玉となる出演者が欲しい」という思惑があった感は否めない。これは『すぽると!』も同様で、8年ぶりに復活させるからには、局アナにメインを任せるだけでは足りず、「新たな目玉を加えたい」という狙いが見える。

今回の起用でどれだけのコア層を集められるのか。制作サイドにしてみても「やってみなければ分からない」ところは多分にあるだろう。それでも、『すぽると!』の千鳥については、裏番組『Going! Sports&News』(日テレ)にくりぃむしちゅー・上田晋也が起用され、当初は批判の声もありながら定着したという経緯も大きかったのではないか。

さらに、トップ芸人の起用には「不定期放送されるスポーツ特番のMCも任せられる」というメリットもある。特に今年はパリ五輪も控えているだけに、フジにとって千鳥をスポーツ特番で起用できるのは「コア層に訴求できる」という点で大きいだろう。

千鳥

○存在意義と失言リスクのバランス

ちなみにここまでの千鳥は、センターに立ってオープニングトークの口火を切り、28日の放送でも大悟が「日曜は『すぽると!』のおかげで休肝日〜」とボケるなど笑いを挟みながらも、アスリートへのリスペクトを前面に出すなど、無用ないじりはほどんど見られない。2人は常にワイプで映されているが、視聴者目線で感想やツッコミを入れて、一緒に見ているようなライブ感を醸し出している。

SNS全盛の時代だけに、「千鳥がどうリアクションしたか」「大悟がどうボケ、ノブがどうツッコんだか」を楽しめるライブ番組としての強みは、人気と話術ともにトップの芸人を起用したからこそのものだ。

しかも『すぽると!』は単に千鳥を起用するだけでなく、各競技の解説者コメントを増やすなど競技を深掘りすることも忘れていない。「競技の結果速報になりがちなスポーツニュースに、深さと笑いを加えることで唯一無二のコンテンツに昇華させよう」という強い意欲がはっきりと感じられる。

ただ、報道番組もスポーツニュースも、出演するタレント側にしてみれば、無難なコメントばかりでは存在意義は薄くなり、批判の声は高まるばかり。かといってコメントの数が増えるほど失言による批判のリスクは高まり、やはりそれなりの資質と努力がなければやっていけないだろう。

その意味で彼らには信頼を得るべく日々の努力を重ねるなど、真摯(しんし)に向き合う姿勢が求められている。それが視聴者に伝われば時間がかかっても受け入れられる可能性は十分ありそうだが、伝わらなければ番組自体の関心度が失われていくかもしれない。

木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら