イランがミサイルなどを発射後、イスラエルで起動したミサイル迎撃システム=4月14日、中部アシュケロンから撮影(写真:ロイター/共同通信)

4月14日、イランが自国の大使館が空爆された報復として、イスラエルに向けてドローン(無人機)とミサイルによる攻撃を行った。イスラエルが大規模な報復をする可能性はあるか。ガザで続く戦闘や、アメリカとの関係も含め、今後の中東情勢について、防衛大学校名誉教授の立山良司氏と、慶応義塾大学法学部の錦田愛子氏にインタビューを行った(インタビューはオンラインで個別に実施)。

イスラエルの抑止力が効かなかった

――4月14日のイランによる攻撃を、どのように見ましたか。

立山良司(以下、立山) イスラエルはイラン本国からミサイル、無人機で300発以上の攻撃を受けた。ほとんど撃墜したとはいえ、イランに対する抑止が効かなかったということになる。イスラエルは目下、抑止力の再構築を課題と捉えているだろう。

だが、報復のために大規模な攻撃で報復をする可能性は低いのではないか。

――なぜでしょうか。


立山良司(たてやま・りょうじ)/1947年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。防衛大学校名誉教授、(一財)日本エネルギー経済研究所客員研究員。専門は中東現代政治。在イスラエル日本大使館専門調査員、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)職員などを歴任。専門は中東の安全保障・国際関係。著書に『ユダヤとアメリカ――揺れ動くイスラエル・ロビー』など(写真:本人提供)

立山 まず現在イスラエルは、パレスチナ・ガザ地区での戦闘で戦力が手一杯という状況だ。即座に大規模な報復を行うほどの余裕はないだろう。

イスラエルには圧倒的な軍事力をイメージする人が多いが、実はそうではない。兵役義務のあるユダヤ人口は700万人強にすぎず、何年の間も兵士を動員して戦い続けられるような国ではない。これ以上手を広げるのは難しいだろう。

また、今回イランのミサイルや無人機のほとんどが撃墜されたが、イスラエルだけではなくアメリカや英国、フランスやヨルダンもこの撃墜作戦に参加していたということが明らかになった。イスラエルを含めて多国間の共同防空システムが初めて実戦で機能した意味は大きい。

イスラエルにとってイランは最短でも1000キロメートル以上も離れた国だ。この多国間防空システムが機能している限り、イランの空からの脅威はそれほど大きくないと言えるだろう。近隣も巻き込むような大規模な報復を行えば、こうした地域の防空システムを失う恐れもある。それは行わないのではないか。

――イラン本国以外にも、親イラン勢力という脅威があります。


錦田愛子(にしきだ・あいこ)/1977年生まれ。東京大学法学部卒業、同法学政治学研究科修士課程修了、総合研究大学院大学文化科学研究科博士課程修了、博士(文学)。早稲田大学イスラーム地域研究機構研究助手、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授などを経て慶応大学法学部教授。著書に『ディアスポラのパレスチナ人「故郷」とナショナル・アイデンティティ』など(写真:本人提供)

錦田愛子(以下、錦田) イランから支援を受けるレバノンのヒズボラとイスラエルは、ガザでの戦闘後、断続的に戦闘を続けている。まだ本格的なものではないが、今後拡大の可能性がある。

イスラエルとヒズボラとの間では、2006年に大規模な戦闘が起こり、ヒズボラのロケット弾はイスラエル北部のハイファにまで届いている。それだけの兵力があるということで、イスラエルには脅威となる。だが、お互いに地上軍の侵攻にまでは発展しないのではないか。

立山 イスラエルが恐れているのは、ヒズボラが姿勢を変更し、大規模なミサイル攻撃などを行うことだ。

ヒズボラは先日の300発とは比にならない量のミサイルを持っていると言われている。イスラエルとしては、隣国のレバノンから一気に攻撃を受ければ迎撃する暇もなく、イスラエル北部が壊滅する可能性もある。イランを本当に窮地に立たせると、そうした報復のリスクも高まる。

イスラエル右派は報復攻撃を主張

――イランの攻撃による、イスラエル国内の状況を教えて下さい。

錦田 10月7日の攻撃以降、イスラエルの注目はガザの武装勢力や、ヒズボラ、フーシ派などの武装組織に集まりがちだったが、あらためてイランに対する脅威認識が強まったといえる。

ベン・グヴィール(国家安全保障大臣)やスモトリッチ(財務大臣)をはじめ、イスラエルの右派勢力はイランへの本格的な報復攻撃を主張しており、ネタニヤフ首相らとは意見が対立している。

4月16日には通常の戦時内閣に加えて野党党首のヤイール・ラピッド(中道政党イェシュ・アティッド党首)やアビグドール・リーバーマン(極右政党「イスラエル我が家」党首)も招集した戦略会議を開くとの情報もある。

ネタニヤフ首相としては通常内閣を構成する右派よりも、与野党の枠を超えたこれら有力政治家との間で意見交換を進め、今後の方針を決めるものとみられる。

――アメリカは、イスラエルの報復に参加しないとしています。

錦田 アメリカはイランとの間での交戦は避けたいと考えており、今回の報復への不支持は、イスラエル・イラン間の対立に自国が巻き込まれることを避けようとするものだろう。

とはいえ、安全保障面でのイスラエルに対する協力については、今後も継続するものと思われる。

――今後、中東で全面的な戦争が起こる可能性は。

錦田 イスラエル軍は4月7日の段階で軍の部隊の大半をガザ地区から撤収させたが、今後もラファでの侵攻をまったく断念したわけではなく、ガザでの戦闘は終結はしない。イランとガザという二つの戦線で同時に戦うという二正面作戦をとるのは、イスラエルにとっても負担が大きいと考える。

イラン本土への反撃はさらなる報復攻撃を招く可能性が高く、大国同士の衝突につながりかねない。またヒズボラやフーシなど連携する武装組織も同調し、中東全域に戦闘が拡大していく恐れがある。

緊張を過剰に高めない範囲でいつ報復するかが焦点

そのように地域的な緊張を過剰に高めない範囲で、いつどの程度の規模で報復をするかをイスラエルでは協議している途中と思われる。

――イスラエルと、ガザ地区のハマスとの戦いは今後どうなるでしょうか。

錦田 ハマスは、イスラエル軍のガザからの完全撤退や、ガザ北部への避難民への帰還、恒久的な停戦などを要求している。だがこれらの条件はイスラエルにとって受け入れがたく、交渉が難航している。

一方イスラエルでは、いまだに130人以上の人質を解放できておらず、世論の批判が大きい。人質の解放が達成できない限り、戦闘を終えられない状況だ。

イスラエル軍はハマスの拠点の制圧と、戦闘員の殺害をガザ北部から展開してきたが、南部のラファにも侵攻し、ガザ地区全土から脅威を取り除いたと宣言できるようになるまで戦闘を続けるのではないか。

――イスラエルが求める人質の解放とハマスの壊滅は、矛盾するのでは。

立山 地域に溶け込んでいるハマスは軍服を脱げば民間人と変わらず、避難民として暮らしている人もいる。ハマス壊滅は軍事的に不可能だが、ネタニヤフ政権としては掲げてしまった以上引き下がれないのだろう。

もしイスラエルがラファに侵攻すれば、民間人の犠牲は増え、人道危機も深刻化する。アメリカ・バイデン政権は人道危機の深まりに相当いらだっており、与党民主党内にはイスラエルへの兵器供与を制限すべきとの声も上がっている。それだけにバイデン政権との関係はかなり悪化する危険がある。

一方で国際世論も変わりつつある。3月25日には、アメリカが初めてガザでの停戦を求める安保理決議で「反対」ではなく「棄権」を選択した。アメリカが拒否権を使ってでも反対することが難しい状況になっている。

――イスラエルでビジネスを行う企業が気をつけるべきことは。

立山 この10年ほど、イスラエルへ進出する日本企業が増えたが、その前提にあったのはイスラエルが安全な国で、高度な技術を持っているというイメージがあったからだ。しかし決してそうではない。

イスラエルには、パレスチナ問題による地政学リスクがあったにもかかわらず「たいしたことがない」、あるいは「パレスチナ問題などない」という思い込みがあったのではないだろうか。

イランとの関係が悪化し、レバノンのヒズボラからの攻撃も激化すれば、イスラエルの安全はますます脅かされる。イスラエルとの関係拡大を見直す機会になるのではないか。

紅海周辺でのフーシ派による船舶の攻撃リスクは、ガザでの戦闘が続く限りなくならないだろう。

(兵頭 輝夏 : 東洋経済 記者)