高額なHPVワクチンだが、国が定めた対象者は全額公費助成で接種できる(写真:DG-Studio/PIXTA)

子宮頸がんを予防するのに最も有効なのはHPVワクチン接種だ。最も有効なHPVワクチンを3回接種すると約10万円かかるが、国が定めた対象者は全額公費助成(自腹なし)してもらえる。

HPVワクチンは、小学6年生から高校1年生相当の年齢の女子に対して公費での接種が行われている。3種類のワクチンが日本国内では入手が可能で、サーバリックス(2価)、ガーダシル(4価)、シルガード(9価)だ。現在、ほとんどの方はシルガードを選択している。理由は、子宮頸がん予防効果が最も高いからだ。15歳以上の方は、初回、2カ月後、6カ月後の3回接種だが、15歳未満で接種を開始する場合、初回、6カ月後の2回接種も有効性が確認されている。

接種機会を逃した人たち

日本でのHPVワクチンは2013年から予防接種法に基づく公費接種が始まった。実際には、それ以前から自治体からの費用助成が行われていたが、「正式な公費接種」となったのは2013年だ。しかし、接種後にさまざまな症状を訴える人が多く現れ、重大な副反応なのか否かを吟味するため、事実上接種は一旦取りやめとなった。正式には、「積極的接種勧奨」=「接種対象者のいる世帯に自治体から通知をすること」が停止したのみで、公費での接種は継続されていたが、接種する人がほとんどいなくなった。

その積極的接種勧奨が停止されている期間に、小学校6年生から高校1年生までの接種期間がスッポリ被ってしまった人は、ワクチンについて何ら知らされず、機会を逃してしまったことになる。そこで、現在ではキャッチアップ接種として、機会を逃した人に対して公費での助成が提供されている。厚労省のホームページによると、対象者は以下の条件を満たす人だ。

・平成9年度〜平成19年度生まれ(誕生日が1997年4月2日〜2008年4月1日)の女性

・過去にHPVワクチンの接種を合計3回受けていない

この条件に合致する人は、令和7(2025)年3月まで、HPVワクチンを公費で接種できる。申し込み方法など詳細は、お住まいの自治体のホームページで確認してほしい。

本当に子宮頸がんを予防するのか?

HPVワクチンは本当に子宮頸がんを予防するのか? もちろん、イエスだ。すでに複数の研究で、HPVワクチンを接種した人たちの間で子宮頸がんの発生が少ないことが報告されている。がんの原因となるHPV感染をワクチンで防ぐことが、がんを減らしたのだ。

HPVワクチンは、日本では科学ではなく、政治の場で利用されてしまった。2013年当時、HPVワクチンに関する議論が盛んだった最中、複数の国会議員や地方議員が「HPVワクチンに子宮頸がんを予防する効果がない」と主張した。これはコロナ禍のときに、アメリカで共和党支持者がワクチンを打たず、マスクもしなかったのと同様、科学的に誤った主張だ。

相手に対抗するためには誤りであろうと自分の考えを主張するのが政治の闘い方なのだろう。それに多くの人が巻き込まれてしまった。このような過ちを繰り返さないよう、後世への教訓とすべきだ。

アメリカでの推計ではあるが、今やHPV関連がんは、女性の子宮頸がんより中高年男性での中咽頭がんのほうが多い。中咽頭というのは、口を開けてノドを見たとき、一番奥に見える壁の部分だ。中咽頭がんの早期発見は不可能で、進行してリンパに転移して首の腫れで気づく人が多い。

幸い、HPV関連の中咽頭がんは、HPV陰性のものよりも治療が効き、治癒する率が高いことがわかっている。現在の主流は、抗がん剤治療と放射線治療を併用し、その後小さくなった原発巣を手術で切除する方法だ。声を失ったり、容貌が変わったりすることはない。とはいえ、予防できるに越したことはない。

この中咽頭がんもHPV感染が原因なのだから、ワクチンで予防できるはずだ。

日本では、ガーダシルというワクチンのみ、男性への接種の適応がある。だが、知られていないせいか、接種を希望される人は非常に少ない。

スコットランドやオーストラリアでは、女性だけでなく、男性への公費接種も行われている。男性のHPV関連のほとんどはHPV 16型によって引き起こされるため、男性では9価のシルガードを用いる必要はなく、4価のガーダシルで十分だ。最近では、渋谷区、中野区などの自治体が男児へのHPVワクチン接種の費用を助成するようになってきた。全国的にこの流れが広がっていってほしい。

いまわかっていないのは、50歳以降に好発する中咽頭がんを防ぐには、何歳までにHPVワクチン接種を受ける必要があるのか?ということだ。

女性の子宮頸がんは25歳からが好発年齢だ。性交渉を経験してから10年ほどで発病するため、比較的短期間でワクチンのがん予防効果が明らかになった。スコットランドやオーストラリアなど、男子にもHPVを接種している国では、あと30年ほどすると男性の中咽頭がん好発年齢となり、予防効果が明らかになるかもしれない。一方、接種から長い期間が経っており、予防効果はないかもしれない。解明が待たれるところである。

女性と同様に、感染してから10年ほどでがんが生じるのならば、30〜40代でHPVワクチンを受けた男性を登録して10年ほどフォローアップすれば、HPVワクチンによる中咽頭がんの予防効果が早めに確認できるかもしれない。

ワクチン接種率を高めるための対策

世界では、多くの国で高いHPVワクチン接種率が記録されている。ただし、ワクチンの費用が高いため、1回接種でも効果がありそうだ、という研究報告がなされ、世界では低〜中所得国を中心にHPVワクチン1回接種の有効性を検証する動きが始まっている。もし接種が1回で済むとなれば、日本でも複数回の接種が必要なことでためらっている人も打ちやすくなるだろう。

また、日本でHPVワクチン接種率を高めるために私が必要と考えるのは、接種可能医療機関から自治体の縛りを外してしまうことだ。

住んでいる市や町に医療機関が少ない場合がある。また、中高生が自力で行くには、交通の便と医療機関の診療時間を考えると、学校の近くのクリニックのほうが接種を受けやすいだろう。現時点では多くの自治体が、住民票のある自治体の中にある医療機関でのみ、公費の接種を認めている。

物理的なアクセスの悪さが接種率を低迷させているならば、何とももったいない話だ。接種可能医療機関の自治体縛りを撤廃しても、自治体の手間は何ら増えないだろう。方々の医療機関から来た請求書を処理すればいいだけだ。本気で子宮頸がんを減らそうと首長が考えているならば、ぜひ前向きに考えていただきたい。

(久住 英二 : 内科医・血液専門医)