「ジャンボタニシ農法」と称して、水田にジャンボタニシを放ち、除草させているというSNSの投稿が炎上し、騒動になっている。いったい何が問題なのか。進化生物学者の宮竹貴久さんは「世界の侵略的外来種ワースト100という、生態系や人間活動への影響が大きい生物リストにも名を連ねる病害虫で、非常に危険です」という――。

■「ジャンボタニシ騒動」勃発

水田の雑草除草のためにジャンボタニシ(スクミリンゴガイ)を撒(ま)くのはいかがなものか、とメディア・SNSで最近、話題になっています。

これに対して農林水産省はSNSで「除草目的でも撒くのはやめて!」と注意喚起に乗り出しました。

そもそも、なぜジャンボタニシを水田に撒いてはいけないのでしょうか? この貝の生態を解説し、何が危険なのか考えてみましょう。

■水田に目立つショッキングピンクの卵塊

初夏、水稲の緑が青々と連なる水の張った田の側道を歩いたり、サイクリングしたりするのは、とても気持ちが良いものです。太陽の光で水田の水はキラキラと照り返し、稲と田んぼの良き香りがそよ風に乗って漂ってきます。

写真=iStock.com/leekhoailang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/leekhoailang

「秋にはたわわに実った黄金色の稲穂が垂れているのだろうな」と思いながら、ふと水面を眺める。すると、ショッキングピンクのブツブツの塊が目に飛び込んできて、ぎょっとした経験のある人は多いのではないでしょうか?

これが、いま話題になっているスクミリンゴガイ(学名:Pomacea canaliculata)の卵塊です。

卵塊は200〜300個ほどの卵からなり、水田の水路の壁や稲の茎などに産み付けられます。目立つピンク色は「自分は毒だぞ!」という警告色です。ピンクの卵には神経毒が含まれています(*1)。

■水田に撒くと、何が危険なのか?

スクミリンゴガイは、1981年、食用の目的で台湾から日本に輸入されました。

ジャンボタニシと呼ばれる俗称でご存じの方も多いと思いますが、アップルスネール(Apple Snail)と英語で表記され、観賞用で販売されていることもあります。

スクミリンゴガイはやわらかい水稲の苗を食べて育ちます。そのため、食べられた部分の稲はなくなり、ポッカリと穴あきだらけの水田となってしまいます。

たくさんの卵から産まれた貝が食害するので被害が大きく、成長するにつれより大きな稲も食害するため、米の収量減につながります。

■かつては全国500カ所の養殖場

南米を原産地(*2)とするこの貝は、日本では長崎県と和歌山県に食用として導入され、すぐさま全国で500カ所ほどの養殖場ができ、各地で生産されました。

しかし、水稲をはじめレンコン、イグサなどの水田作物を食害することから1984年に植物防疫法によって有害動物に指定され、輸入が禁止されました。

廃棄された養殖場に放置された貝は水路や水田に入り込み、野生化してしまいました。2000年時点での全国の発生面積は、6万6000ヘクタールにも及んでいます。

産卵期間は4〜10月ころまでで、1匹のメスが年間20〜30回も産卵します。3〜4日に1回、卵塊を産む計算になります。そして、1匹のメスが年間に産む卵の数は3000個以上にもなるのです(*3)。

とても繁殖力が旺盛で、みるみるうちに増えるので非常にやっかいな存在です。

■水田はジャンボタニシの天国

卵は2週間ほどで孵化し、最初は藻やウキクサなどを食べ、成長すると稲などの水生植物を食害します(*4)。孵化後、約2カ月で繁殖できるようになり、水路を伝って瞬(またた)く間に分散し、地域に蔓延(まんえん)します。

成貝の殻の高さは2〜7センチメートルほどで、殻の色は個体によって、黄色がかった褐色から黒色に近いものまでさまざまです。

スクミリンゴガイは、水路を利用してその分布を広げています。河川や池には貝を捕食するカニ、コイ、カメ、マガモなども生息するため、スクミリンゴガイはこれらの天敵に食べられます。

ところが、管理された水田にはこの貝を食べる捕食者がいません(*5)。これが水田でスクミリンゴガイが猛威を振るって繁殖する理由なのです。

天敵のいない水田でスクミリンゴガイは自在に稲を食べて繁殖し続けます。そして、14℃よりも水温が低くなると水田や水路の土の中に潜って休眠したまま越冬し、翌年の春にまた活動を開始します(*6)。

写真=iStock.com/Kwhisky
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kwhisky

■湿地植物類に壊滅的な生態的・経済的被害

スクミリンゴガイの被害は、日本のみならずアメリカでも見られます。農業湿地帯の植物種を優先的に食べてしまい、湿地植物類に壊滅的な生態的・経済的な被害をもたらすことが、フロリダ州での調査から明らかになっています(*7)。

フロリダの研究は、農業だけではありません。いったんスクミリンゴガイの侵入を許した湿地では、そこに棲(す)む藻類をはじめとする多く在来植物にも食害が及びます。物資循環にも影響を及ぼすため、生息する多くの生物にも影響して、生態系システム内の生物同士のリンクを遮断することを示しています。

さらに、この研究は、湿地帯が人類に与える生態系サービスの減少にもつながり、脆弱(ぜいじゃく)な湿地帯に懸念すべき重要事項だと警鐘を鳴らしています(*7)。

スクミリンゴガイは、台湾、ベトナム、フィリピン、アメリカなどにも侵入し、日本では2020年時点で、すでに沖縄、九州、四国の全県、および島根県を除く中国地方と近畿全県、東海、関東を含む31府県で発生が確認されています(*6)。

■恐ろしい健康被害もある

人の暮らしにとって、もうひとつ危険なことがあります。スクミリンゴガイは、広東住血線虫の中間宿主で、沖縄で採れたスクミリンゴガイからこの線虫が見つかっています(*8)。

子供が誤ってこの貝を食べる、もしくは触った手を口にして線虫が感染すると、発熱、頭痛、嘔吐などが生じ、筋力低下、麻痺や失明などの後遺症が残ることがあり、ときには重篤になり昏睡(こんすい)、または死亡することもあります(*9)。

現在までに、スクミリンゴガイは、環境省農林水産省による「重点対策外来種」に選定されています。また、国際自然保護連合(IUCN)による世界の侵略的外来種ワースト100という、特に生態系や人間活動への影響が大きい生物リストにも名を連ねています。

稲の苗や茎を食べる稲作や水耕野菜農家の敵、とんでもない病害虫なのです。

■水田に放す行為は「きわめて危険」

スクミリンゴガイは、人と暮らしにとって有害な面がとても多いことがわかりましたね。

ところが冒頭にも書いたように、近年、水田の雑草も食べてくれるので、この貝を水田にあえて放すことで農薬を減らせるのではないか、という試みがあるようです。

貝が多発する九州地域などでは、水田の管理を十分にしたうえで、独自農法として従来より自分の水田に撒いている方もいますが、新たに安易な理由でスクミリンゴガイを水田に放す行為は、この貝が発生していない場所や地域にもさらにリスクを広げてしまうため、たいへん危険な行為だといえるでしょう。

*1 Heras et al. 2008. First egg protein with a neurotoxic effect on mice. Toxicon 52: 481-488.
*2 Yusa Y, Wada T 1999 Impact of the introduction of apple snails and their control in Japan. Naga, the ICLARM Quarterly 22: 9-13
*3 Tanaka et al. 1999 Density-dependent growth and reproduction of the apple snail, Pomacea canaliculata: a density manipulation experiment in a paddy field. Res Popul Ecol 41: 253-262
*4 Carlsson et al. 2004 Invading herbivory: the golden apple snail alters ecosystem functioning in Asian wetlands. Ecology 85: 1575-1580.
*5 Yusa et al. 2006 Predatory potential of freshwater animals on an invasive agricultural pest, the apple snail Pomacea canaliculata (Gastropoda: Ampullariidae), in southern Japan. Biological Invasions 8: 137-147.
*6 農林水産省 消費・安全局ウェブサイト
*7 O’Neil et al. 2023 Invasive snails alter multiple ecosystem functions in subtropical wetlands. Science of The Total Environment 864: 160939
*8 Nishimura K et al. 1986. Angiostrongylus cantonensis infection in Ampullarius canaliculatus (Lamarck) in Kyushu, Japan. Southeast Asian J Trop Med Public Health 17:595-600.
*9 NID国立感染症研究所

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宮竹 貴久(みやたけ・たかひさ)
岡山大学学術研究院 環境生命自然科学研究科 教授
1962年、大阪府生まれ。理学博士(九州大学大学院理学研究院生物学科)。ロンドン大学(UCL)生物学部客員研究員を経て現職。Society for the Study of Evolution, Animal Behavior Society終身会員。受賞歴に日本生態学会宮地賞、日本応用動物昆虫学会賞、日本動物行動学会日高賞など。主な著書には『恋するオスが進化する』(メディアファクトリー新書)、『「先送り」は生物学的に正しい』(講談社+α新書)、『したがるオスと嫌がるメスの生物学』(集英社新書)、『「死んだふり」で生きのびる』(岩波書店)などがある。
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(岡山大学学術研究院 環境生命自然科学研究科 教授 宮竹 貴久)