日本のアニメは海外でどのように見られているのか。エンタメ社会学者の中山淳雄さんは「世界中のファンが日本のアニメを欲している。呪術廻戦進撃の巨人といったヒット作の続編はもちろん、ゾンビモノや学園モノなどマイナーなジャンルの新作も人気だ」という――。
写真=AFP/時事通信フォト
台北で開催された第10回コミック・アニメフェスティバルで、像の横に立つ女性(=2022年2月10日) - 写真=AFP/時事通信フォト

■世界のアニメファンの評価も高かった「呪術廻戦

世界中にいるアニメファン約2000万人が集う「MyAnimeList」は、アニメ好きのためのWikipediaのような存在だ。

3カ月ごとに60〜70本放送される新作アニメのページが新設され、Members(アニメをリストインしている人)、Score(アニメ評価)、Popularity(Members数の歴代ランキング)、Ranked(Scoreの歴代ランキング)の4つがトップに表示される。当然海外のアニメファンのためのサイトであり、すべて英語。

ここはエンタメを研究する私のような立場の人間にとって宝の山だ。6〜7割が10〜20代の若者世代、5〜6割が欧米ユーザー、あとはアジア・南米などで日本人はほんの1%未満、という純粋な「日本人以外のアニメファン」サイトだ。

ネットフリックスや海外における最大級のアニメ配信サイト・クランチロールによって世界中に配信されたアニメをどう受け止めているかのリアリティが、ここにある。

今回注目したのは、『呪術廻戦 懐玉・玉折/渋谷事変』である。

当然ながら2023年夏(7〜9月)クールで最初から1番人気の作品。期間増加したメンバー数25万人は堂々の2位。

アニメの評価となるScoreは8.86でダントツの1位。呪術第1期となる2020年秋のScore8.61を上回っており、3年ぶりとなったこの第2期がいかに期待を超えるものだったかが数字に表れている。

■「2023年に最も求められたテレビ番組」

「最後の3エピソードはアニメ化においてMAPPAの純然たる傑作と言える。特にエピソード3は私的には10/10点満点だった。天内理子の水中シーンは一番好き」
「これほど厳しいスケジュールでMAPPA(放送の1週間前まで翌エピソードを制作していた)が作っているのをみると、もうハラハラして客観的には見れなかった」

サイトには絶賛コメントが並ぶ。さらにはYouTubeには「呪術×海外の反応」動画が無数に上がっている。

これだけでも十分かもしれないが、私自身が海外の反応で最も衝撃を受けたのはParrot Analytics社が選ぶGlobal Demand Awardsの「Most In-Demand TV Series in the World 2023(2023年に世界で最も求められたテレビ番組)」として呪術廻戦が受賞した瞬間だった。

ディズニーのキラータイトルに勝利

これは「アニメシリーズ」の受賞ではない。ドキュメンタリー、ドラマ、ホラー、アジアオリジナルなどサブカテゴリーそれぞれでの受賞はあるが、呪術廻戦は「世界のすべてのテレビ番組の中でのトップ」だった(昨年の受賞作は『Stranger Things』、一昨年は『進撃の巨人』だった。『イカゲーム』を抑えての受賞だった)。

しかもこれは、映像業界のなかで批評家やプロデューサー同士が選び合ったものではない。実際のファンデータの数値をたどり、ギネスレコードにも認定されるオンデマンドでアクセスされた実績の結果として年間を通して選ばれるのだ。

オールジャンルでノミネートされていた全5作品は他に『The Last of Us』(同作はドラマ部門で受賞、他に第75回プライムタイム・エミー賞も受賞)とスター・ウォーズ派生でDisney+のキラータイトル『The Mandalorian』、そして『ワンピース(アニメ)』と『進撃の巨人』である。

ただ本当にすごいのは、呪術と進撃の制作を手掛け、両作品をランクインさせているアニメ制作会社のMAPPAである、というべきかもしれない。

■「ゾン100」の躍進

呪術がこれだけの評価ならば、3カ月でそれを超える30万人ものMembers増加数を誇った『ゾン100〜ゾンビになるまでにしたい100のこと』はどう評価すべきだろうか。

「MyAnimeList」より

小学館「マンガワン」に連載されてきた同作は初動スコア8.45の高評価で、呪術やBLEACHなどすでに人気確立したシリーズひしめき合う同期間で、最初からダークホースの呼び声が高かった(平均的に7〜8に落ち着く中で、評価8以上は高い期待値の表れである)。

初動に10万人以上登録しながら、それが4倍以上に膨らんだ作品といえば、前回も特集した『推しの子』『地獄楽』『天国大魔境』で、「ゾン100」もそれらに比する跳ね上がり方だった(2023年を通して最も飛躍した作品は、初動9万から54万人へ6倍になった『葬送のフリーレン』である)。

「ゾン100」の特徴は「食われる恐怖のないゾンビ」にある。3年前に完全なブラック企業において不眠不休で働かされていた主人公天童輝が、ゾンビだらけになった環境で「会社に行かなくても済む!」「青い空! 緑の木々! 真っ赤な血ッ!」と存分に生きることを楽しみ、100のやりたいことを叶えるために日本中を行脚する“無敵状態”からはじまる。

■日本にしかできないテーマ

ゾンビは完全にモブであり、毎回話を転換させるとき、ヒロインと結ばれそうになるとき(話が完結に向かってしまう)、新しいキャラクターを登場させたいときの「合いの手」にすぎない。

ゾンビがきた! 逃げるぞ、といいながら、ゾンビが話を進展させ、主人公たちを成長させ、物語を紡ぐための必要不可欠な要素になっている。

写真=iStock.com/gremlin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gremlin

こんな新解釈のゾンビモノは日本のマンガ・アニメにしかできないものだろう。

日本のブラックな労働環境をシニカルに捉え直す作品で、「人類史上最も前向きなゾンビパニック」「世界破滅をこんなにポジティブに考えるやつ初めて見た」「破滅的世界を自由に動き回ることがいかに自分自身や自分の夢・希望を盗む周囲に影響を与えるかを天才的な手法で描き直すゾンビパニック」と評価されている。

欧米ユーザーも度々引用するKANA-BOONによる主題歌「ソングオブザデッド」の歌詞もこの世界をうまく歌詞に落とし込んだタイアップ成功作である。

■「学園ラブコメ」は海外でもウケる

人気シリーズがひしめき合っていた2023年夏。呪術のみならず『無職転生 II 〜異世界行ったら本気だす〜』も『ホリミヤ -piece-』も『BLEACH 千年血戦篇-訣別譚-』も『彼女、お借りします』も『文豪ストレイドッグス』もトップ10はすべて2期以降のシリーズものである。

そうした中で初めてのアニメ化作品ながら「ゾン100」とともに『わたしの幸せな結婚』が健闘し、ノーマークだった『好きめが(好きな子がめがねを忘れた)』の躍進が注目すべきところである。

隣の席のド近眼の女の子がメガネがないことで超至近距離まで接近したり、間違った相手にチョコを渡したり、天然ボケをかましまくる。

どうみても長期連載に限界がありそうなストーリーは、『月刊ガンガンJOKER』(KODOKAWA)で2018年から連載されすでに11巻刊行、100話以上となっている。隣人の顔すら識別できない近眼のヒロインはすでに100回以上眼鏡を忘れていることになる。

好きな子からの無自覚な接近イベントが連発する「ゼロ距離ラブコメ」とも呼ばれ、毎度純情な主人公と近づくのか近づかないのかの絶妙な距離感に心臓が圧死する様を、ほほえましく鑑賞するのが本作の正しい視聴スタイルである。

友達以上恋人未満の関係性は、基本的に遅々としてしか進行しない。それを、北米も南米も欧州もアジアでも、固唾(かたず)をのんで見守るファンがひしめき合っている。

『からかい上手の高木さん』(2018年冬)を彷彿とさせるこうしたほっこりとした学園アニメは“空気系”の伝統がある日本以外でほとんど見たことがない一大ジャンルに進化する可能性を秘めている。

『スキップとローファー』『僕の心のヤバイやつ』も含め、日本は「学園ラブコメ」「ゾンビラブコメ」など“新解釈”モノの天国である。

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中山 淳雄(なかやま・あつお)
エンタメ社会学者、Re entertainment社長
1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。著書に『エンタの巨匠』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』(すべて日経BP)など。
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(エンタメ社会学者、Re entertainment社長 中山 淳雄)