金価格は高値圏で推移しているものの、もしアメリカのインフレ懸念が再燃すれば下落する可能性がある。その際はどうすればいいのか(写真:kai/PIXTA)

アメリカのインフレ再燃懸念は完全に消えていない。少し前から振り返ると、2月前半に発表された1月の消費者物価指数(CPI)と生産者物価指数(PPI)が、共に予想を上回る強い伸びとなり、「インフレ沈静化」が優勢だった市場はそれ以降、再び波乱含みとなった。

最新の個人消費支出でもインフレ沈静化確認できず

まず、同月13日に発表されたCPIは、総合指数が前月比0.3%上昇と、4カ月ぶりに高い伸びを記録。さらに変動の激しいエネルギーと食品を除いたコア指数は0.4%上昇と、こちらは2023年5月以来の高い伸びを記録した。

確かに前年比で見るとインフレは引き続き順調に減速しているとはいえ、速いペースでのインフレ沈静化と、FRB(連邦準備制度理事会)の早期利下げを期待していた市場から見れば、これらは衝撃的な結果だった。

これで次の金融政策決定の場となる3月19〜20日のFOMC(連邦公開市場委員会)での利下げの可能性はほぼ消滅。その次の開催(4月30日〜5月1日)での利下げの可能性も低下している。本当にインフレは沈静化するのか、逆に再度インフレ懸念が高まるのか、その場合には市場にどのような影響をもたらすことになるのか、検証してみたい。

1月のCPIを見て気になっている点は、やはりアメリカでのサービス価格の高止まりだ。前年比では5.4%と、前月の5.3%から伸びが加速した。

月雇用統計で非農業部門の雇用者数が前月比+35.3万人と予想を大きく上回ったことや、時間当たり賃金も同+0.6%と伸びが加速するなど、雇用市場は極めて好調な状態だ。総コストにおける人件費の占める割合が高いサービスの価格は、この先も強い伸びを維持する可能性は高いと見ておいたほうがよい。また住居費も、引き続きサービス価格を押し上げそうだ。

確かに、FRBが金融政策を決定する際に重要視するPCE(個人消費支出)コア価格指数(食料品とエネルギーを除いたもの)は最新の1月分(2月29日発表)が前月比+0.4%となり、市場予想に一致したことで大幅な株高を演出した。

だが、懸念していた市場予測を超えなかっただけで、むしろ2023年2月以来の伸びとなり加速していることが明らかとなった。物価上昇圧力がくすぶっていることにまったく変わりはない。

実際、FRBの姿勢を見ても「今後のデータを見て金融政策を決定する」という方針に、まったく変化は見られない。利下げの開始は夏以降にずれ込む可能性が高くなり、場合によっては追加利上げを検討する必要が生じることがあっても、何ら不思議ではないと考えておいたほうがよい。

インフレ再燃なら金価格は下落せざるをえない

では、もしインフレが沈静化しなかった場合、市場はどのような影響を受けるのだろうか。株式市場にとって、インフレ再燃は通常大きな売り材料だが、「景気が強い」という一段の押し上げ要因となる可能性もあり、判断は非常に難しいところだ。

実際、アメリカのインフレが高止まりしている最大の理由は、経済や雇用が好調を維持していることだ。この部分だけ取って見れば、短期的には強気材料と受け取ることもできる。

FRBが政策金利を現行水準に長期間とどめておけばおくほど、あるいは追加利上げに踏み切らざるをえなくなれば、いずれ景気の大幅な減速につれて、株価にも調整圧力が強まるはずだと見ているが、経済が好調さを維持している間は、買いの勢いも、簡単には衰えることはないのかもしれない。

一方でFRBの早期利下げ観測の後退の影響をストレートに受けるのは、金利市場を除いては、やはり金市場になると見ておいたほうがよい。アメリカの長期金利上昇やドル高の進行が嫌気されれば、売りに押される可能性は高い。

「2024年の金価格は何回も最高値を更新しそうだ」(1月4日配信)では、金価格はインフレ再燃という新たなリスクでも生じない限り、史上最高値を何度も更新する展開になるとの見通しを示した。だが、インフレ再燃の可能性が消えないのだから、金についての見通しも柔軟に変更する必要があるだろう。

それでも、金価格は3月に入ってから急騰、最高値をつけている。だがこれは1日に発表された2月のISM製造業指数やミシガン大消費者指数が弱気の内容となり、景気の先行き不透明感が強まったことをきっかけにポジション調整の買い戻しが一気に加速したことによるものだろう。

月が替わったところで、資金の移動が起こりやすかったこともあって、
値幅はかなり大きなものとなっている。だが、あくまでも一時的な買い戻しによるものであり、中長期的なトレンドを変えることはないと考える。


金市場は、ほかの商品市場と異なり、現物市場での需給バランスがほとんど相場の変動要因にならないという特徴がある。それだけに、金融市場の動向には、どうしても大きく振り回されてしまうことになってしまう。

インフレ高止まりに対する懸念がアメリカの長期金利を高止まりさせ、ドル高が継続している状況下では、投機的な売りの勢いもかなりのものになると、見ておいたほうがよい。

もっとも、現在のようにファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)が刻一刻と変化している状況下では、金市場でトレードするチャンスも、それだけ多くなると考えてよい。

金融緩和の状況が整えば、金の買い意欲が一段と高まる

経済の状況が変化するときに真っ先に反応するのは金利であり、その金利の動きに対する金の反応もまた大きなものとなるからだ。FRBの利上げ効果がいよいよ表れるようになり、景気や雇用の悪化が進めば、いずれかの時点でインフレも本格的に後退するはずだ。

もしFRBが自信を持って金融緩和を進められる状況が整えば、アメリカの長期金利低下やドル安が支えとなる中で、金に対する買い意欲が一段と強まる可能性が高い。2000年初めのITバブル崩壊や、2008年のリーマンショックの際も、危機を脱した直後には他の市場に先駆けて金価格が上昇に転じていることも忘れてはならない。あとは、そうした転換点がいつやってくるのかという、タイミングの問題だけとなりそうだ。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(松本 英毅 : NY在住コモディティトレーダー)