世界最大級のECサイトを展開するAmazonはありとあらゆる商品を取り扱っており、小売市場において圧倒的な市場支配力を有しています。しかし、独占禁止法に詳しい一部の経済学者らは、「Amazonが市場を独占することは理論的に不可能だ」と考えていたとのこと。一体どのようにして、Amazonが不可能だと思われていた独占を実現させたのかについて、作家でジャーナリストのコリイ・ドクトロウ氏が解説しています。

Pluralistic: Amazon’s financial shell game let it create an “impossible” monopoly (01 Mar 2024) - Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

https://pluralistic.net/2024/03/01/managerial-discretion/#junk-fees



ドクトロウ氏によると、独占禁止法を生み出した近代経済学者の多くは現実世界の仕組みを出発点とするのではなく、「合理的な選択をする行為者(アクター)」といった抽象的な原理からモデルを構築していたとのこと。こうして生み出された数学的モデルは抽象的でエレガントなものの、現実からは切り離されたものだとドクトロウ氏は指摘しています。

こうした近代経済学のモデルに基づけば、Amazonが多種多様なあらゆる製品の販売において市場を支配することは「不可能」だと考えられていました。たとえば、Amazonがある製品を原価を下回るほどの低価格で販売し、競合他社を排除して市場の独占を試みたとします。この場合、いずれAmazonは赤字に耐えきれず価格を元に戻すことになり、そうなれば他社は再び競争に復帰できると想定されます。

次に、Amazonが特定製品の赤字を別のビジネスによる利益で穴埋めし、恒久的に赤字状態を維持しようとした場合を考えます。この場合でも、利益率の高いビジネスの競合他社がAmazonより低い利益率でビジネスを展開することで、Amazonは利益率が高かったビジネスのシェアを奪われてしまい、結果的に赤字を穴埋めできなくなって価格設定を戻すと考えられていました。

このようなモデルに基づけば、Amazonは圧倒的な市場支配力を手に入れることはできませんが、現実は経済学者らが考えた方向に進みませんでした。実際にAmazonは、ベビー用品のオンライン専門店であるダイパーズ・ドット・コムに対抗してオムツなどの大幅割引を実施し、赤字を垂れ流したまま顧客を奪うことに成功し、2010年にダイパース・ドット・コムを買収しています。



ドクトロウ氏は、Amazonが経済学者らの予想に反して市場支配力を手にすることができたのは、「資本市場へのアクセス」を手にしたからだと指摘しています。一般的な事業者は商品を販売して得られる「利益」を追い求めていますが、Amazonは商品販売による利益ではなく、Amazonマーケットプレイスを利用するサードパーティーセラーから徴収する「地代」による利益を追い求めているとのこと。

まず、アメリカなどの先進国では大多数の世帯がAmazonを利用しています。Amazon Primeに加入しているユーザーの90%は、何らかの商品を購入する際にまずAmazonで検索するそうで、Amazonで販売されていない製品はそれらのユーザーにとって存在しないのと同じです。仮にAmazonでの売上が事業全体の10%を占めている場合、事業者にとってAmazonで販売できなくなることは大きな打撃となるため、Amazonは事業者から最大限の譲歩を引き出すことができます。このように、単一のプラットフォームがさまざまな商品の主要な購入者となり、市場を実質的に支配している構造のことをモノプソニー(買い手独占)と呼びます。

モノプソニーの状態となったAmazonは、個々の売り手から膨大な手数料を徴収することが可能です。ドクトロウ氏によると、Amazonが売り手から徴収するさまざまな手数料(ジャンクフィー)の総額は、製品の売上の45〜51%に達するとのこと。つまり、ある企業が100円の製品を1個Amazonで販売した場合、Amazonに対してさまざまな形で45〜51円の手数料が入るというわけです。また、Amazonは販売者に「価格の自動設定ツール」を提供していますが、このツールで設定できる価格は他社サイトの販売価格が上限となっており、販売者はAmazonでそれ以下の価格で販売することを強いられているとのこと。

Amazonは通販プラットフォームの構造への批判に対し、「45〜51%の手数料はかろうじて損益分岐点に達する程度であり、利益の大半はAmazon Web Services(AWS)から得ている」と主張しています。ドクトロウ氏は、Amazonが2023年に得たジャンクフィーは1300億ドル(約19兆5000億円)に達しており、これらすべてが運営費で消えているとは考えにくいと指摘しています。

しかし、Amazonは公開企業であるものの、財務情報開示においてAmazonの通販プラットフォームの損益を開示していません。これは、企業が複数の事業部門をひとまとめにして利益と損失を合算し、細かいセグメントごとの損益を隠すことが可能になっているためです。この抜け穴を使っているのはAmazonだけでなく、GoogleもYouTubeでどれほどの収益を上げているのか、AppleはApp Storeでどれほど稼いでいるのかを明らかにしていないとのこと。



ドクトロウ氏は、Amazonは「暴走する資本主義の申し子」であり、「利益」ではなく「地代」を稼ぐポスト資本主義の企業と化していると主張。一見すると、Amazonの通販プラットフォームは大勢の商人が集まったバザールのように見えますが、その実態はディズニーランドのバザールに並ぶ店がすべてディズニーによって運営されているように、複数の出店者をAmazonが完全に支配する構造になっていると指摘しています。

アメリカ連邦取引委員会の委員長を務めているリナ・カーン氏は、ロースクール在学中の2017年に執筆した論文「Amazon's Antitrust Paradox(アマゾンの反トラスト・パラドックス)」で、Amazonが従来の独占禁止法が想定した販売者の枠組みを逸脱し、最大のプラットフォームとなることで市場支配力を手にした方法を説明した人物です。カーン氏らはこの主張を元にAmazonを独占禁止法で提訴しており、今後の展開に注目が集まっています。

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ドクトロウ氏は、長らく経済学者らはAmazonのような独占は不可能だと考えていたものの、今やAmazonは市場支配力を徹底的に行使し、ジャンクフィーで膨大な売上を得ていると指摘。このジャンクフィーが運営費で消えているというAmazonの主張は信じがたいものであり、Amazonは電子商取引の損益を分割して報告するべきだと主張しました。