宮田知秀ENEOSホールディングス次期社長(右)と、山口敦治ENEOS次期社長(左)。非日石、製造畑出身のトップが選任された(撮影:尾形文繁)

ENEOSホールディングス(エネオスHD)は2月28日、東燃ゼネラル石油出身の宮田知秀副社長(社長代行)が4月から社長に就任する人事を発表した。

同日、記者会見に臨んだ宮田氏は、「一連の不祥事でグループの信頼を失望させた」と謝罪したうえで、「自分はそういうこと(不適切行為)は一切しない」と宣言した。

エネオスHDでは2023年12月、懇親の場で同席していた女性に抱きつくというセクハラ行為により斎藤猛社長が解任され、社長ポストが空席になっていた。

女性関連の不祥事が3度続く異例事態

2022年8月には、当時の杉森務会長が沖縄の飲食店で女性従業員に性加害を加える事件を受けて辞任。今年2月には子会社のジャパン・リニューアブル・エナジーの安茂会長もセクハラ行為で解任されるなど、経営トップによる女性関連の不祥事が3度続く異例の事態。

今回の新社長の人選では、会長をはじめとする社内取締役や執行役員から候補者が推薦され、優先順位をつけられ指名諮問委員会に提示された。第三者機関が現在や過去の同僚や部下らにヒアリングし、本人へのインタビューや性格診断テストなども加えて適性を審査した。

指名諮問委員会では「社外からの招聘も検討すべきでは」との意見も出たが、最終的に「(会社から提示された)優先順位は妥当と判断した」(指名諮問委員会の工藤泰三委員長)という。

新社長となる宮田氏は東京工業大学大学院で原子力工学を専攻し、1990年に東燃に入社。同社で和歌山や川崎の工場長を歴任してきた製造畑の人物だ。

売上高2兆円規模の東燃ゼネラルが8兆円近くのJXホールディングス(いずれも2016年度)に吸収統合され、JXTGホールディングスが誕生したのが2017年(2020年にエネオスHDに改称)。


東燃ゼネラルのエッソ。ENEOSブランドに統合され姿を消した(2015年撮影:尾形文繁)

JXHD自体も旧日本石油(日石)を主体に複数企業が再編を重ねてきた歴史を持つ。東燃ゼネラルとの統合以来、社長ポストはつねに旧JXHD、それも旧日石出身者が押さえてきた。

統合当時、東燃ゼネラルの社長を務めていた武藤潤氏は、2020年に鹿島製油所の運営会社社長に就任する形でエネオスHDの経営から退いた。現在、エネオスHDの常勤取締役は宮田氏以外すべて旧日石出身者が占めている。

経営トップの不祥事が相次ぐ緊急事態とはいえ、東燃ゼネラル出身者がエネオスHDのトップに就くのは極めて異例と言える。

また、エネオスHD傘下で石油製品の精製・販売など主力事業を担うエネオスの社長には山口敦治執行役員電気事業部長が就任する。山口氏は三菱石油出身で和歌山製油所所長や製造部長のほか、再生可能エネルギー事業部長も歴任した。

浮き彫りになった「脱黒バット」

エネオスグループで、非・日石かつ製造部門出身の宮田氏や山口氏が社長に就任したことは大きな意味を持つ。

「旧日石が主流のエネオスは『販売の会社』。製造部門は主に旧東燃系が担う形になっていた。今回、製造系のトップがエネオスの経営の中心を担うことになり、“脱黒バット“が進むことになる」

そう話すのは旧日石出身で日沖コンサルティング事務所の日沖健代表だ。「黒バット」とは、旧日石におけるエリートコースを表す隠語。「黒」は産業エネルギー販売部門、「バット」は勤労部長が野球部部長を兼任する伝統から勤労部門を指している。

2022年にセクハラ問題で辞任した杉森元会長は「バット」「黒」両方の経歴を持つ。同じく2023年末に社長を解任された斎藤氏は販売企画部長などを歴任した典型的な「黒」の人物だ。(詳細は、2023年12月20日配信記事:「ENEOS経営トップ、2年連続でセクハラ解任の病理」

ある業界関係者は、「旧日石の勤労畑の人間は労働組合と酒を酌み交わすのが仕事で、杉森氏も酒豪、豪腕として昔から社内で知られていた。一方販売部門は、特約店の店長ら取引先と酒を飲み、ゴルフをするのが仕事だと思っている文化がある」と話す。かつては有力特約店と密接な関係となり、その支持を得て社長ポストを射止める時代もあったという。

記者会見では「取締役の比率を見ても旧日本石油の方々が強い影響力を持っていた。そこがモラルハザードを起こしていた一因ではないか」との質問も飛んだ。

業界全体に蔓延する悪しき商習慣

指名諮問委員会の工藤委員長は「社外取締役になって3年経つが、そのような印象はまったくない」と言う。しかし、会見で配布された資料には「あるべき社長像」として、「古い慣習の刷新」が掲げられている。これこそが「脱黒バット」の狙いだろう。

「会社資料に掲げられている『古い慣習の刷新』とは何か」と記者に問われた宮田氏は、「100年以上続いた石油や石油化学事業をいままでの進め方でやっていてよいのかということだと理解している」などと述べた。

石油業界に詳しい公認会計士の中澤省一郎氏は、「石油業界には元売りが系列特約店などに納入する卸価格をあとから値引きする“事後調整”という悪弊が根強く残っている。差別対価を生むこうした商習慣が特約店との密接な関係を生み、ひいては女性が絡む過剰な接待につながってきた。古い習慣とは、こうした業界全体に蔓延する悪しき商習慣にほかならない」という。

組織改正の一環として今回、エネオスは「広域支店」を新設し、広域特約店や販売子会社に対する支店業務を集約して「関連事業に関する権限・責任を明確化する」としている。「広域支店では問題のある取引が一気に整理される可能性もある」と中澤氏は指摘する。

旧日石は大手特約店へのホールセールを得意とする一方、旧東燃ゼネラルでは小さな特約店にも直接納入していた。新体制では特約店との関係にも変革が迫られる可能性がある。

日沖氏は、「宮田氏も山口氏も特約店とのしがらみがなく、営業文化の改革を進めるには適任だ。今回の人事はその姿勢の表れとみることもできる」と話す。宮田氏の社長就任は、旧日石の「黒バット」文化そのものを変革する可能性を持つ。

新体制は失敗が許されない

一方、東燃ゼネラル出身の宮田氏にどこまでエネオスグループ全体の経営の舵取りができるかは未知数だ。

宮田氏についてエネオス関係者からは、「人の話をじっくり聞くタイプで敵も少なかった。製油所の再編議論でも旧社のしがらみにとらわれずに合理的に議論を進めていた」との評価がある一方、「合理的であるがゆえに、ぎりぎりと部下を追い込んでくる」という声も聞かれる。

ただでさえ再編を繰り返してきたエネオスは社内の主導権争いも苛烈だ。特約店との関係構築に失敗したり、近年相次ぐ製油所トラブルの改善や将来の再編につまずけば、新たな人事抗争が勃発しないとも限らない。

今後、エネオスでは取締役が出席する宴席では管理職や役員が相互に監視し、不祥事が起きた場合は連座して責任を負う新ルールが設けられる。

4月からの新体制は、セクハラなどの人権侵害行為の根絶はもちろん、失敗の許されない綱渡りの経営が迫られることになる。

(森 創一郎 : 東洋経済 記者)