「供給ショック」に対応、日本の"耐久力"の力強さ
過去の石油危機など、日本は供給ショックに対する耐久力を高めてきました (写真: barks / PIXTA)
投資を行う際は、個別企業の業績にせよ、マクロ経済にせよ、状況を分析することが大きな武器となります。たとえば、インフレなどは世界的に進行していますが、賃金については国内外で大きな差があり、そこから投資の機会をうかがうことができます。金融ストラテジスト・岡崎良介氏の新刊『野生の経済学で読み解く 投資の最適解』を一部抜粋・再構成し、その状況の一端を垣間見てみましょう。
日本の製造業労働力は国際競争力を持っている
日本の賃金からデフレ圧力が消え、替わってインフレ圧力が広がっていることも事実です。このインフレ圧力を生み出しているのは景気です。この景気を支える三大要素は、消費、投資、輸出ですが、このなかで労働市場にいちばん影響を及ぼすのが、投資です。
たとえばTSMC(世界最大規模の台湾の半導体メーカーです)が、デンソーやソニーと組んで1兆円規模の工場を熊本に建設するという話だけでなく、海外企業の日本への工場建設や、日本企業の国内回帰の動きがここにきて加速しています。
ここまでの日本での工場建設の話は主に、国家的な戦略ともいえる半導体関連の設備投資となっていますが、それだけではありません。様々な角度から分析して、日本でつくることに「利」があるからです。
図表は日米の民間部門全産業の平均賃金を比較したものです。比較しやすいようにアメリカのそれは年間の平均ドル円レートを掛けて円建てにしています。
※外部配信先ではグラフを全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください
(グラフ:本書より抜粋)
円高の影響もあり10年前までは若干日本のほうが高かったのですが、この10年は完全にアメリカの労働者の賃金が日本を上回っています。このグラフは全産業で比較しましたが、これを工場で働く製造業に限定すると、たとえば2022年の日本の製造業平均時給(一般社員+パートタイマー)は2749円と計算されました。これに対してアメリカの製造業の2022年の平均時給は30.97ドルです。
これに年間の平均ドル円レート131.46円を掛けると4072円となり、なんと日本の製造業の約1.5倍です。日本の複雑な賃金体系を考慮して、さらにこのデータを一般労働者(正社員)に絞ると、日本の製造業の平均時給は2912円となりますが、これと比較してもアメリカの製造業労働者の賃金は1.4倍の高さです。
これなら日本で事業展開するうえでの採算をはじくと、アメリカよりも圧倒的に利益率は高そうです。残念ながら諸外国との比較データは手元にありませんが、かつて急激に円高が進んだ頃は、競争力を国際比較すると、もう日本でモノをつくる意味はないとまで断言されていたのですが、前提条件はがらりと変わってしまいました。
一般的には円が弱くなったからだという認識が広がっていますが、同時に日本の労働者の賃金が、もう何年も上がっていないことが根本的な理由であることも見逃せません。
供給ショックに対する耐久力を高める
石油危機や半導体不足などの供給ショックについても簡単にまとめておきたいと思います。エネルギー資源を海外からの輸入に頼る日本では、この手の供給ショックは、それこそ死活問題でした。“石油危機”と呼ばれた、1973年に原油価格が70%上昇した際には国中がてんやわんやとなり、後に「狂乱物価」と呼ばれて人々の心に長く記憶されることとなりました。
しかし、このときのショックを教訓に、日本はこの手の供給ショックに対する耐久力を高めてきました。それが先述した“複雑”な流通経路であり、わかりやすく言えば仕入れ価格の上昇を、川上から川下までの長い流通経路のなかで、みんなで痛みを分かち合うような構造ができたのです。
その結果、川上から川下への物価の変動は下図のようなグラフで説明される仕組みができ上がりました。
(グラフ:本書より抜粋)
このグラフは、通常の消費者物価指数(CPIコア:前年同月比)と企業物価指数(PPI:3年前比の3分の1)を比較したものです(ともに年間平均値)。企業物価指数を様々に加工していたのですが、この3年前比の3分の1というグラフが最も消費者物価指数に近い形となりました。
海からのインフレは3年かけて届く
シンプルに答えを書くと、海からやってきたインフレを、日本経済は川上から川下へ、そして消費者に届くまでのあいだ、3年という時間をかけて価格調整をしているようです。それは関係する人々に少しずつ痛みを与えているのですが、極力最終顧客には“ショック”を与えないようにしている、いかにも日本人らしい涙ぐましい努力にも見えます。
しかし、これもまた日本における物価の典型的な“粘着性”の姿です。今回のように、企業物価が急激な上昇を見せ(2022年12月に前年比で10.6%を記録しましたが、いまのところこれがピークとなる可能性が高そうです)、それが高止まりを続けると3年前比の3分の1の水準も、当分のあいだ6%台を記録することになりそうです。
(岡崎 良介 : 金融ストラテジスト)