志尊淳「今の時代の中、俳優として生きる決意」
2023年12月に事務所を退所した志尊淳さん。変わったという「人生観」とは――(撮影:長田慶)
俳優としてのキャリアをスタートしてから12年間、志尊淳は役柄の幅を着実に広げ続け、若手実力派俳優の一人として広く注目されている。特に昨年はNHK連続テレビ小説『らんまん』での好演が記憶に新しい。
澄んだ瞳と透明感あふれる存在感を持つ志尊だが、このインタビューでは彼の言語表現能力と深い思考力が際立っていた。
多様な価値観に揺れる時代の中で俳優として生きる
例えば、冒頭で筆者の「今の時代における俳優が果たすべき役割をどのように考えているのか?」という質問に対して、間髪をいれずに答える。
「難しいですね……個人的な意見になりますけど、現代社会ではメディアを通じて自分自身を表現することが一般的です。しかし、情報がさまざまなフィルターを通過する過程で、意図した通りに伝わることもあれば、断片的にしか伝わらないこともある。このように情報が切り取られて伝えられることは、大きな課題だなと感じています」
「しかし、僕にとっては……」と、多様な価値観に揺れる時代の中で俳優として生きる決意を続けた。
(撮影:長田慶)
「夢を持ち続けることが何よりも重要だと思っていて。シンプルですけど、作品を通して人々に何かを伝えたい。メディアの在り方や情報の出口が変わってきている中で、何が正しいかをつねに探求しています。SNSの普及により、テレビが主流だった時代と比べて、今は多様な情報にアクセスでき、それを自分の考えで判断できる時代。俳優として、自分の思いを伝えることも大切ですが、それ以上に、作品を通して何を届けるかを選択し、それに取り組むことが重要だと感じています」
本屋大賞受賞『52ヘルツのクジラたち』が実写化
©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会
そんな志尊が挑んだ作品が映画『52ヘルツのクジラたち』だ。タイトルの“52ヘルツのクジラ”とは、他のクジラが聞き取れない高い周波数で鳴くクジラのこと。仲間に声をかけられないため、世界で一番孤独だと言われている。
志尊が演じるのは家族に人生を奪われてきた主人公・三島貴瑚 (杉咲花)の声なきSOSを聞き取り、救いの手を差し伸べる塾講師の岡田安吾。安吾は、生まれたときに割り当てられた性別は女性で、性自認は男性である「トランスジェンダー男性」として深い孤独を抱えている。
「この作品はさまざまな社会問題を取り上げていますが、岡田安吾役として挑むにあたり特に重視したのは社会問題そのものよりも、個人(岡田安吾)に深く寄り添うこと、そしてその表現を深く追求することでした。物語や個人の感情に深く寄り添うことができれば、観る人が自然と関心を持ち、さらに調べてみたいと行動に移すキッカケが生まれるかもしれない」
(撮影:長田慶)
「その人物はどのように生きているのか?」という内面的な側面に深く寄り添い、理解することに努めた。特に、トランスジェンダー男性を演じるにあたり、誤解を招く表現にならないよう細心の注意を払った。トランスジェンダー当事者である俳優・若林佑真にトランスジェンダーをめぐる表現の監修に入ってもらい、全シーン、全セリフ、一緒に向き合い二人三脚で岡田安吾という役を作り上げていった。
「役者としては、演技だけでなく、メディアへの対応や宣伝方法など、あらゆる面で真剣に向き合う必要があると感じていました。今も生きづらさを抱えている人たちはたくさんいる。この作品を世に出すことが、そんな人たちを支えることにつながることを願いながら撮影に臨みました」
若林佑真のサポートだけではなく、成島監督からは「衝動で演技をしろ」と言われていた。そのため、撮影までは自分なりに深く考えて準備したが、実際に撮影するときは、そのすべてをいったん脇に置いて、「衝動」に従って感じるままに演じるよう心がけていたという。
「もう全部が自分」と受け入れる
今回はそれだけでなく共演者でもある杉咲花の存在が志尊を突き動かしていた。
「岡田安吾は、多くの感情を抱えながらも、魂の番(つがい)である貴瑚に寄り添うことを心がけ、何か役立つことをつねに探し続けている。基本的には他人の行動や感情を受け止める側の人物です。そのため、僕は杉咲花さんの演技に集中し、自分から積極的にアクションを起こすよりも、どれだけ相手に寄り添えるかに注力しました。これは、キャラクターとしての寄り添いだけでなく、俳優としての志尊淳が杉咲花に寄り添うことも重要だと感じていました」
©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会
自分の役に対する他人の評価はいったん忘れ、完全に相手に寄り添うことに集中した。
これは彼にとって初めての経験であり、その影響による自身の変化について振り返る。
「初めて少し不安定な気持ちになりました。以前はプライベートと仕事をはっきり分けていましたが、この役を通じて、その境界がぼやけてきたような新しい感覚が今も続いています。必ずしもネガティブなことではなくて。少し不安定だと感じる瞬間がありますが、それは新しい自分を発見する過程の一部だと捉えているんです」
その不安定さが、表現者として強みになったりするのか?
(撮影:長田慶)
「この不安定さも含めて自分というか。俳優という仕事をしてると、もう全部が自分だってある種受け入れないとやっていけない。以前は評価を気にしたり、良い演技を心がけたりしていましたが、今はそうした感覚からは離れ、現在の自分を受け入れられるようになりました。これが今の自分だと思えるようになったことは、大きな変化です」
最近の志尊は、以前に比べて一つ一つの人物や作品に割く時間を増やしている。かつては、俳優としての地位を築くためにさまざまな作品に出演していたが、現在は各作品に対してどれだけ時間を投資できるかを考慮し、仕事を選択している。このアプローチの変更により彼の演技や伝えたいメッセージにも変化が見られそうだ。
©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会
声なき声に耳をすませてくれる人がきっといる
「僕が演じた岡田安吾とすべてのトランスジェンダー男性が同じ感情を持っているわけではないと思います。どんなに寄り添おうとしても、意図せずに他人を傷つけてしまう瞬間があることを認識しています。しかし、知らなければ理解できないことも多いため、つねに学び、寄り添って理解しようとする姿勢を大切にしています」
例えば、自分と異なる価値観に遭遇した場合、あなたの対応はどうなるのか? その価値観を拒否し目を背けるのか、それとも理解を深めようと試みるのか。未知の世界への興味をかき立てるとき、物語が新たな視点を提供する可能性があると志尊は信じている。
©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会
「ハリウッドでは、アカデミー賞ノミネート作品における多様性に関する規定があるように、もっと広く理解を深める必要があると考えています。LGBTQ+に関する作品が増えている今、なぜ理解が進まないのか、その原因を自問するきっかけになりました。この作品を通じて実際のトランスジェンダー男性やトランスジェンダー女性が直面する日常を役者としてできる範囲ではありますが、体現したいと思って演じています。僕の目的は、何かメッセージを伝えることではなく、岡田安吾という人物を知ってもらうことです」
これらを言葉で説明すると、「綺麗事に聞こえがち」という難しい課題も理解している。それでも、幅広い層に作品が届いてほしい。特に学生に観てもらいたいと語る。
「僕は、これまでにさまざまなLGBTQ+当事者の役を演じてきた中で、多くの方々にインタビューする機会がありました。すべての方がそうだとは言いませんが、ほとんどの人がカミングアウトのタイミングや、一人で抱え込んでいた期間が長ければ長いほど、深い傷を負っている。特に、“学生時代に傷ついた”という経験を多く聞くことがありました。
でも最近は、多様性を受け入れることができる社会に変わりつつある。その中で人々が互いに寄り添い、声にならない叫びに耳を傾けることがとても大切だと思います。この理解と共感があれば、救われる人がきっとたくさんいる。だから、学生に限らず、若い方に観ていただくことで少しでもキッカケになればいいなという思いです」
志尊は昨年末に俳優として独立するなど環境も一新した。役者として、また人間として、今後どのような成長を目指しているのか。
「まあ、物事は自然に任せるしかないですよね。今まで俳優として強く突き進んできましたが、その過程で自分を疲弊させてしまった時期もありました。『売れなければ、人気がなければ、フォロワー数が多くなければ』というプレッシャーを感じ、つらい日々も経験しました。そんな中、病気でほぼ寝たきりになり、活動を一時休止したんです。そのときに、これまでの価値観を捨てて、新しい考え方を持ちたいと。自分を厳しく責める必要はないし、生きているだけで十分だと感じるようになりました。仕事に対する考え方はともかく、人生観が変わったのは間違いないですね」
(撮影:長田慶)
新たな人生観とともに歩む道
「将来はこうなりたい」と具体的な目標を立てるよりも、自分ができることをつねに見極めながら進んでいく。昨年の秋にファンクラブを立ち上げたのも、この考え方が影響しているようだ。
「俳優で表現することも大切なんですけど、それと同時にずっと応援してくれてる方々に感謝の気持ちをずっと持ちながら、しっかりと還元していきたい。僕を応援したことによって楽しんでもらえるような人生を歩んでもらえたらなって。その気持ちが特に強いです」
インタビューの中で、志尊が繰り返し語ったのは「ずっと寄り添う」という姿勢だった。
(撮影:長田慶)
「愛を注ぐ人って、友達とか家族とかいろんな人がいると思うんですけど、そういう人が見つけられたら、『その人のために何かしたい』。それが僕の生きがいです。もうそこしか自分の武器がないんですよね。武器という表現は適切ではないかもしれませんが、その気持ちは変わらず、これからも持ち続けていきたいと思っています」
彼の言葉からは、俳優として難しい役柄に深く共感し、共演者とともに作品の重みを担い、そして彼を支え続ける人々に寄り添う決意が感じられた。
それを有言実行していくのが志尊淳の生き方なのかもしれない。
スタイリスト:九 ヘア&メイク:大木利保
(池田 鉄平 : ライター・編集者)