子どものお年玉は、「お金の本質」を教える絶好の機会だといいます(漫画:『しなのんちのいくる3』より)

「お金の本質を突く本で、これほど読みやすい本はない」

「勉強しようと思った本で、最後泣いちゃうなんて思ってなかった」

経済の教養が学べる小説きみのお金は誰のため──ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」には、発売直後から多くの感想の声が寄せられている。本書は発売1カ月半で10万部を突破したベストセラーだ。

著者の田内学氏は元ゴールドマン・サックスのトレーダー。資本主義の最前線で16年間戦ってきた田内氏はこう語る。

「みんながどんなにがんばっても、全員がお金持ちになることはできません。でも、みんなでがんばれば、全員が幸せになれる社会をつくることはできる。大切なのは、お金を増やすことではなく、そのお金をどこに流してどんな社会を作るかなんです」

今回は、1980年代の小学生を主人公にした今話題のマンガ『しなのんちのいくる』(仲曽良ハミ著、KADOKAWA)を題材に、お年玉をもらった今の時期だからこそ子どもに伝えたい、「貯金よりも大切なこと」を解説する。

お年玉は貯金しなさい」はもったいない

お年玉は、今も昔も子どもにとっての一大イベントです。


クリスマスでも誕生日でも、プレゼントをもらえるイベントは他にもありますが、お金をもらえるイベントはお年玉以外にはありません(もしかすると、靴下にお金を入れてくれるサンタクロースもいるかもしれませんが)。

ある調査によると、小学生がもらえるお年玉の平均は約2万円だそうです。これは、子どもにとっては大金です。

おそらく多くの親は「たくさんもらったから、将来のために貯金しとこうね」と子どもに声かけをしていることでしょう。実にお年玉の使い道の86%は「貯金」だそうです。

せっかく、子どもに「お金の教育」を実践するチャンスなのにもったいないと私は思ってしまいます。

では、どんな「お金の教育」をすればいいのでしょうか。昨今、NISAが拡充され、「お金の教育」として「投資教育」をすすめる人が多いのですが、子どもにはもっと大事なことを学んでほしいと思っています。それは、お金の増やし方ではなく、お金の減らし方です。

摩訶不思議な「人生ゲーム」の目的

突然ですが、「人生ゲーム」で遊んだことはありますか?

生まれてから死ぬまでのさまざまな人生のイベントをすごろく形式で経験しながらお金を増やしていくあのボードゲームです。最終的には所持金が多い人が勝ちになるのですが、これは非常に奇妙な話なのです。

現実世界でも将来にむけてお金を貯めておこう、増やしておこうと思われている人は多いと思います。その行動自体は間違っていないのですが、いつかはお金を使うことを想定しています。死ぬときにお金をたくさん所持していても意味がありません

本来、お金は増やすときではなく、減らすとき、つまり使うときに幸せを感じるはずです。

子どもに教える順番としては、まずはお金の使い方であるべきです。お金を使うことでどのように自分が幸せになるのかを学び、お金の必要性がわかる。そのうえで、どうすればお金がもらえるのかを考える。「将来のために貯金しとこうね」と言われても、将来どのようにお金が必要になるのかがわからなければ、貯める目的も理解できません

それに、どんな教育にも共通することですが、人は失敗を通して学んでいきます。大人になって社会に出てから失敗しないように、子どものうちに失敗を経験することは大事です。

そしてお金で失敗する場合、その多くはお金の使い方です。お金の貯め方で失敗したという話を聞いたことはありません。使い方に失敗した経験があるからこそ、お金を大切に使えるようになります。

くわしい理由は後ほどお話ししますが、私を含め親世代が子どもだった時代は自然とお金の使い方を学ぶことができました。

小学生「いくる」に学ぶお金の使い方

1980年代の小学生を主人公にした今話題のマンガ『しなのんちのいくる』(3巻)に、「ラジコン計画」というタイトルの話があります。まずはそちらを読んでみてください。

※外部配信先では漫画を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください


出所:『しなのんちのいくる3』(KADOKAWA)



出所:『しなのんちのいくる3』(KADOKAWA)

小学生の男の子「いくる」の夢は、近所の玩具店で見かけるラジコンカーを買ってRCカーグランプリに出場すること。車体やバッテリーなどすべて揃えるには3万円ほど必要です。

ある晩、ラジコンカーが欲しいとお母さんに相談するのですが、けんもほろろに突き放されます。

「バカ言ってないで宿題済ませちゃいなさい」

その反応もいくるには想定済み。彼は、資金計画書と書かれた1枚の紙を見せて、プレゼンを始めますお年玉や、クリスマス、誕生日のプレゼントをすべてラジコンに集約したいという、いくるの熱意に、ついにお母さんの心が動かされます。

「計画を立てて物事を進めるのは大切なことね。やってみなさい」

こうして、半年以上かかるラジコン計画が実行され、駄菓子を買う友達を横目に耐え忍ぶ日々が始まります。

結果がどうなったかはマンガ本編にまかせることにしますが、いくるがお金の使い方やその大切さを学んだことは言うまでもありません。

モノ経済からカネ経済になってしまった現代社会

以前、大阪大学社会経済研究所特任教授の小野善康氏からお話を伺ったのですが、戦後復興から高度経済成長を迎えるまでの日本はモノが不足しており、消費選好の社会(モノを欲しがる傾向が強い社会)だったそうです。

ところが、現在のように経済が成熟してくると、ある程度物質的に満たされており、資産選好の社会(モノを消費することではなくカネを持つこと自体を目的化する社会)になっているといいます。

資産選好の社会に慣れてしまうと、「人生ゲーム」のようにお金を増やすことが目的になっても、違和感を覚えなくなってしまいます


マンガ『しなのんちのいくる』の舞台となる1980年代の日本は、バブルがはじける前で、世の中はまだ消費を好んでいた時代。大人たちも今ほどは貯金に回すことなく消費を楽しんでいたので、いくるのような子どもも、大金をどのように使えば自分が幸せになるのかを自然と考えていたのだと思います。

ところが、現代社会ではお金の使い方を学ぶ機会が明らかに減っています。将来、お金の使い方で失敗させないためにも、親がかけるべき言葉は「将来のために貯金しとこうね」ではなく、何にお金を使ったらいいのかを一緒に考えたり、「貯金するくらいなら没収します」くらいのことを言ったほうが、子どもの教育になると思うのです。

(田内 学 : 元ゴールドマン・サックス トレーダー)