とんかつ・カツ丼チェーンのかつや。具だくさんのとん汁もコアな人気を博します(筆者撮影)

「このメニュー、そこまで有名ではないけど自分は好きだなあ」「定番や看板ではないかもしれないけど、好きな人は結構多いと思うんだよな……」――外食チェーンに足を運ぶと、そう思ってしまうメニューが少なからずあります。店側はどんな思いで開発し、提供しているのでしょうか。

人気外食チェーン店の凄さを「いぶし銀メニュー」から見る連載。今回はとんかつ・カツ丼チェーン・かつやの「とん汁」を取り上げます。

飲食チェーンには「代名詞」「定番」というべきメニュー以外にも、知られざる企業努力・工夫を凝らされたものが数多く存在します。本連載では、そうした各チェーンで定番に隠れがちながら、根強い人気のある“いぶし銀”のようなメニューを紹介していきます。

「かつやはとん汁店」「想像の3倍くらいでかい」

今回のテーマは、かつやの「とん汁」です。その名の通り、カツメニューが豊富なチェーンとして知られるかつやですが、実はとん汁もコアな人気を博しています。例えば「かつや 豚汁」と調べると、「かつやは、とん汁屋です」と題した検索結果も出てくるほどです。


果たしてどれくらい大きいのでしょうか?(提供:アークランドサービスホールディングス)

また、競合のチェーンで定食メニューの汁物として一般的に出てくるのは味噌汁。しかし、かつやに味噌汁はありません。汁物として出てくるのは、全てとん汁。サイドメニューでも、大・小と2種類提供しており、特に大サイズは話題になることもしばしば。SNSでは「想像の3倍くらいでかくて草」「大きくてびっくりした」といった声が上がっています。

どれくらい大きいのか、実際に足を運んで食べてみました。店内に入るとまず揚げ物の香りが鼻をくすぐり、一気に食欲が高まります。お昼のピークを過ぎた午後2時前の訪問でしたが、家族や男性ソロ、高齢の夫婦など客層はさまざまで席はほとんど埋まっていました。中には入店と同時に注文する猛者がいるなど、リピート率の高さもうかがえます。

さて、今回は比較のため、小サイズがついてくる定食メニューと、大サイズのとん汁定食を注文しました。到着したとん汁を横に並べてみると、その差は一目瞭然。小サイズは家庭で使うお椀のサイズですが、大サイズの大きさは予想以上です。


並べてわかる、大サイズの存在感(筆者撮影)/配信先では写真を見られない可能性があります。その場合は、本サイト(東洋経済オンライン)内で御覧ください

驚くのは大きさだけではありません。パッと見ただけで具沢山なことが伝わってきます。期待をしながら箸を沈ませると、たくさんの具材に当たります。豚肉や大根、人参、玉ねぎといった野菜の他、こんにゃくも発見しました。

口に運ぶと、噛むまでもなく野菜が溶けていくように感じます。相当な時間、じっくりと煮込まれたのでしょう。そんな中でこんにゃくと、シャキシャキしたネギがいい存在感を示しています。


見せかけだけではなく、具もたっぷりで満足感は相当高い一品でした(筆者撮影)

汁は野菜と豚の旨みや甘みがよく染み出しており、味噌自体はやや甘めで厚みを感じる味わいです。とん汁定食にはヒレカツ・ロースカツの2種類がありますが、カツがなくても十分にご飯が進む、おかずとしてのスター性を存分に感じました。

30〜50代男性をガッチリキャッチ 100円引き券もうれしい

ここであらためて、かつやの紹介です。運営はアークランドサービスホールディングスで、天丼「はま田」や唐揚げ定食専門店「からやま」なども展開しています。中でもかつやの売り上げ構成比は2022年12月期で59.3%と、主力のブランドです。1998年に1号店をオープンし、2022年12月期末時点で店舗数は、国内450、海外75の525店舗に上ります。

同社によると、かつやの人気メニュートップ5は「カツ丼(梅)」「ロースカツ定食」「とん汁(小)」「とん汁定食(ロースカツ)」「カツ丼(竹)」。5つのメニューだけで、売り上げの3割程度を占めているそうです。


2種類あるとん汁定食のうち、人気が高いのはロースカツ(筆者撮影)

メインの客層は、30〜50代の男性。安価に定番のカツメニューをボリュームたっぷり食べられることが人気の秘密です。メニュー開発の際にも、このような点を意識するとともに、見た人が周りにシェアしたくなるようなインパクトあるものを意識しているとのこと。

リピーターが多いのも特徴です。一方で、40代以降は揚げ物を頻繁に食べる人も少なそうに感じますが、どのようにリピーターをつかんでいるのでしょうか。商品本部本部長の戸田鉄朗さんは次のように話します。

「私自身も40代を迎えて、毎日のように揚げ物を食べられないようになりました。同じような年齢の方も、揚げ物を食べるのは月に1〜2回程度というケースが多いのではないでしょうか。そうした方に『揚げ物を食べるならかつやだよね』と足を運んでいただけるように、サイズやメニューを豊富にラインナップすることなどは意識しています」

リピーターが多いのは毎回、お会計時にもらえる100円割引券の影響も大きそうです。もともと安い価格がさらに100円も安くなることで、定期的に通うモチベーションにもなるでしょう。

過去には具材を1.5倍に 常に進化を続けるいぶし銀メニュー

かつやのとん汁は、創業当時からメニューに存在していました。とん汁定食はその後に、顧客からの要望を受けてレギュラーメニュー化。当初はヒレカツのみでしたが、2021年10月からロースカツもラインナップに加えました。

とん汁は、いくつかのリニューアルが加わって変化を続けています。「現状がベストだと考えず、より良いものをと考えながら変化を加えています」と戸田さんは話します。一方で、「具だくさん」「家庭で作るようなとん汁」という付加価値は変わらずに貫いてきました。5年以上前には、具材を1.5倍にする“太っ腹”なリニューアルも加えたそうです。

直近では、2年前に味噌をリニューアルしました。減塩志向に合わせるとともに、煮詰まって塩辛くなってしまうことを防ぐために塩分値を下げたものに変更。さらに、ダシの香りにも重点を置いてリニューアルしたといいます。

具材も、切り方やサイズを変えるなど細かく改良。ただ、ラインナップ自体は10年前ほどから変わっていません。現在の顔ぶれは豚肉・大根・人参・玉ねぎ・じゃがいも・こんにゃくと、薬味のネギです。


価格差はたったの約40円で、サイズ感は倍。だったら大を頼みたくなりますよね(筆者撮影)

豚肉には、他のメニューの端切れなどを使わずに豚のこめかみ部分である「カシラ」を使っています。脂身も多いながら、旨みが強い部分で煮込むのに適していることから選んだそうです。

野菜は、全国に8つある協力企業から届くものを使用しています。驚くべきは、セントラルキッチンで加工するのではなく、協力企業に加工してもらっている点です。「地場の企業に頼ったほうが野菜の鮮度や配送の効率の面でメリットがあることや、地産地消の考えから、セントラルキッチンを使わない形にしています」と戸田さん。確かに、セントラルキッチンを設けて全国に点在する店舗へ配送するのではなく、地場の企業から提供を受けるほうが効率的かもしれません。

調理も店舗で行います。毎朝、大きな寸胴で100人前単位の仕込みを開始。肉や各種の野菜を順番に煮込んでいくそうです。その後、ピークタイムが過ぎたころにまた仕込み、1日当たり3〜4回は繰り返すとのこと。

とん汁は月に100万食超、とん汁定食も30万食以上が注文されていることから、仕込みの量は想像を絶します。最初から入れると煮詰まってしまうことから、味噌を入れるタイミングはずらす工夫をしているとのこと。

一方で戸田さんは「じゃがいもや玉ねぎは溶けてしまうくらいがおいしいと考えています」と話します。実際に筆者は、戸田さんに話をうかがうまではじゃがいもが入っていたことに気付きませんでした。ある程度の形が残っていたほうがいい大根・人参は、入れる順番を工夫することで煮込み過ぎないようにしているそうです。

気になるのが、具材の偏りです。「他社と比較して、2倍くらいあるのではないか」(戸田さん)と語るほど具だくさんなことから、気を付けて注がないと「野菜ばかり」「肉ばかり」となってしまうのではないでしょうか。この点は、2段階に分けることで回避しています。まず穴が開いたレードルで、具材のバランスがよくなるように盛り付け。その後、汁のみをすくって再度盛りつけているそうです。

カツカツとん汁カツとん汁なら、年老いても通えそう

先述した通り、他チェーンとは違い、かつやには味噌汁がありません。過去にメニューへ追加することを考えたことはないのでしょうか。戸田さんは次のように答えました。

「とんかつ店でとん汁を出しているところは少ないですし、切れ端を使わずに専用の肉を使っているところはさらに希少です。かつやの強みを捨ててしまうことにもつながりますし、私が知る限り、検討したことは一度もありません」

ガッツリ系のメニューがある中で、とん汁は「一休み」したい人の受け皿にもなっているとか。例えば、まかないで毎日揚げ物を食べるわけにもいかず、店舗で働く人には人気のメニューになっています。

今回は、かつやのとん汁を扱いました。取材からは、確かにとんかつ・カツ丼店ではなく「とん汁店」と銘打っても違和感がないほどのこだわりがヒシヒシと伝わってきます。「権藤権藤雨権藤」ならぬ「カツカツとん汁カツとん汁」のローテーションを組めば、年を取っても月1〜2回どころか、毎日通えるかもしれません。


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(鬼頭 勇大 : フリーライター・編集者)