こんにちは、書評家の卯月鮎です。朝はパン、昼はラーメン、夜はお好み焼き……なんて1日を過ごすと、「明日はどうしてもお米が食べたい!」と焦がれてしまいます(笑)。これが主食の魔力でしょうか。

 

……と言いながら、慣れない海外旅行先でマクドナルドがあってホッと一息、いそいそと入店みたいなエピソードは定番なので人間とは不思議なものですね(笑)。

 

「ジャポニカ学習帳」の昆虫カメラマンが世界を食べる

さて、今回紹介する新書は『昆虫カメラマン、秘境食を味わう 人は何を食べてきたか』(山口進・著/集英社インターナショナル新書)です。著者の山口進さんは昆虫植物写真家。「花と昆虫の共生」をテーマに世界各地で撮影を行い、「ジャポニカ学習帳」の表紙を長年にわたって飾ってきました。『地球200周! ふしぎ植物探検記』(PHPサイエンス・ワールド新書)、『珍奇な昆虫』(光文社新書)など、知られざる昆虫や植物を紹介する著書多数。2022年逝去。本書は季刊誌「集英社クオータリー kotoba」の連載をまとめたものです。

 

ヤシの幹から作る主食「パペダ」の味は?

撮影のために訪れた世界各地で現地の人と交流し、食事をした思い出を綴ったコラム20章からなる本書。第1章「香料諸島をゆく〜パペダの魅力〜」では、赤道直下にあるインドネシア・ワイゲオ島の主食「パペダ」について書かれています。

 

ホタルを撮影しようと、小舟でワイゲオ島に着いた山口さん。村長の家で寝泊まりした際に出されたものが、白い水飴のようなパペダでした。すえたニオイがきつく、最初は喉を通らなかったものの、ほのかに甘く、2日目にはおいしく食べることができたと山口さん。塩味に唐辛子で味を引き締めた魚のスープと相性がよかったとか。

 

パペダは湿地に自生するサゴヤシというヤシの幹を砕き、水にさらして取れるデンプン。インドネシアの香料諸島の伝統的な主食ですが、近年島には小さな雑貨屋が開店し、米も売られ始めたそうです。若者に尋ねると「パペダより米を食べたい」とのこと。伝統的なサゴヤシ生活に変化が訪れようとしているのかもしれません。

 

単純に珍しい食べ物を紹介するというだけでなく、変わりつつある現地の食文化を見つめる視線が本書の深みにつながっています。

 

第2章「ザイール川をゆく〜マニオクの力〜」はアフリカ・コンゴ民主共和国の主食が登場します。アフリカ最大の蝶ドルーリーオオアゲハを探していた山口さんは、マニオク(キャッサバ)いう芋の餅を振る舞われます。クズウコンの葉に包んで蒸してあり、食感は羽二重餅のようにやわらかく、バナナに似た香り。主食のマニオクですが、実は有毒植物で、手間をかけて毒を抜いて食べるその理由とは……。

 

昆虫カメラマンとして著名な山口さんですが、昆虫の話題よりも食べ物にフォーカスした内容となっています。「原則として、出されたものは必ず食べる」というスタンス。どのような食に対しても現地の文化へのリスペクトがあり、好奇心がそそられるとともに温かい気持ちになれます。

 

モノクロですが数多くの調理シーンや料理写真も掲載され、食文化が肌感覚で伝わってきます。米が海外で存在感を増している現状にも触れられていて、グローバリゼーションについても考えさせられる一冊です。

 

「他に食べられるものがないと、人の叡智がものを言う」と山口さん。食を見つめることは、人類の歩みを見つめることでもあります。

 

【書籍紹介】

昆虫カメラマン、秘境食を味わう 人は何を食べてきたか

著者:山口進
発行:集英社インターナショナル

「ジャポニカ学習帳」の表紙を飾る多彩な昆虫や植物を撮影してきたカメラマン、山口進。撮影の旅の先々での知られざるエピソードとともに、現地の個性的な食文化を紹介していくショートエッセイ。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。