こんにちは、書評家の卯月鮎です。私は車に疎くて、ぱっと見ても車種がほとんどわかりません(笑)。近所のショッピングモールは2階のテラスから駐車場を見渡せるのですが、クルマ好きの友人は飽きずにずっと見ていられると言ってました。一方、私は色の違いくらいしかわからず、あそこに白が停まったら1列できる! なんて「パネルクイズ アタック25」のような楽しみ方をするのが精一杯です(笑)。

 

どの国のどういった車に乗っているかは、映画や小説でも登場人物のキャラクターを表す小道具として重要です。自動車の歴史、勉強してみようかと思います。

自動車という切り口から考える100年の歴史

今回紹介する新書は『自動車の世界史 T型フォードからEV、自動運転まで』(鈴木均・著/中公新書)。著者の鈴木均さんは新潟県立大学国際地域学部准教授、外務省経済局経済連携課を経て、現在合同会社未来モビリT研究代表。単著に『サッチャーと日産英国工場』(吉田書店)があります。

 

BMWが「六本木のカローラ」だったバブル時代

自動車産業および自動車市場の盛衰は、その国の豊かさと安定の指標と、鈴木さんは言います。「鉄は国家なり」とは19世紀のプロイセン首相ビスマルクの言葉ですが、20世紀から21世紀にかけては「自動車は国家なり」といっていい状況だったようです。

 

序章「自動車産業の夜明け」では、1908年のT型フォードから第二次世界大戦までの自動車産業の勃興が解説されていきます。この章ではフォード、GM、クライスラーの「ビッグ3」やトヨタ、日産、ホンダの発祥が簡潔にまとめられ、非常にわかりやすい作り。

 

バブル期を記した第3章「狂乱の80年代 日本車の黄金時代と冷戦終結」は、車に疎い私でも懐かしいキーワードが満載でした。1985年のプラザ合意後の円高を契機に発生したバブル経済。円高に沸く日本人は、BMW3シリーズとベンツ190Eを買い漁り、陸揚げされるやすぐに売れたそうです。両車は「六本木のカローラ」「赤坂のサニー」と呼ばれるくらい都内に溢れたとか。著者の鈴木さんは、輸入車を身近な存在にしたバブル経済の功績は大きい、と振り返っています。

 

日本車は1989年に「国産車ビンテージ・イヤー」を迎えます。16年ぶりに復活しツインターボを搭載した日産スカイラインGT-R、世界初の車体総アルミ製だったホンダNSX、茶室のイメージでデザインされたマツダ・ロードスター。

 

日本車がF1の頂点に立ったのもこの時期。1988年、ホンダのエンジンを搭載し、アラン・プロストとアイルトン・セナの2人をドライバーに擁して16戦15勝と無敵の強さを誇ったマクラーレン・ホンダMP4/4。あのころは、F1がブームでしたね。

 

このあと、中国の台頭、そしてEV、自動運転……と、自動車100年の歴史を国際政治の流れとともに一気に俯瞰できる内容。

 

各章に各国首脳が乗る公用車についてのコラムが設けられているのも、国際関係を意識している本書らしいところ。GMのピックアップ・トラックの骨組みとエンジンを流用したアメリカの公用車、親会社が海外資本のフォードやタタになろうとも歴代ジャガーが指名されてきたイギリスなど、お国柄がよく出ています。

 

自動車産業を巡る国と国のぶつかり合い。自動車という視点で現代史を振り返ることで、見えてくるものもたくさんあります。メーカーや車種の解説よりは自動車史に焦点が当たっているため、ややお堅い内容ですが、「『ルパン三世カリオストロの城』にルパンの愛車として登場するイタリアのフィアット500ヌオヴァ」など、映画も例として挙げられ、詳しく車種を知らない私でもイメージしやすく書かれています。

 

今後、自動車の未来はどうなっていくのか。著者の鈴木さんは「自動車産業は座敷わらしのような存在」とユニークな例えをしています。日本の自動車産業にまだ座敷わらしはいるでしょうか?

 

【書籍紹介】

自動車の世界史 T型フォードからEV、自動運転まで

著者:鈴木 均
発行:中央公論新社

19世紀末、欧州で誕生した自動車。1908年にT型フォードがアメリカで爆発的に普及したのを機に、各国による開発競争が激化する。フォルクスワーゲン、トヨタ、日産、ルノー、GM、現代、テスラ、上海汽車――トップメーカーの栄枯盛衰には、国際政治の動向が色濃く反映している。本書は、自動車産業の黎明期から、日本車の躍進、低燃費・EV・自動運転の時代における中国の台頭まで、100年の激闘を活写する。

楽天koboで詳しく見る
楽天ブックスで詳しく見る
Amazonで詳しく見る

 

【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。