若葉竜也「 “横にいる人のことを本当に分かっているのか?”ということを喚起したかった」映画「市子」12・8公開
観客からの支持を得て再演もされた舞台「川辺市子のために」を、杉咲 花さんを主演に迎えて映画化した「市子」が12月8日(金)より公開。プロポーズを受けた翌日に、突然失踪した市子の行方を捜す恋人・長谷川を演じた若葉竜也さんが独自の役作りについてはもちろん、シブすぎる趣味についても熱く語ってくれました。
【若葉竜也さん撮り下ろし写真】
「誰が気づくんだ?」というこだわり
──3年間一緒に暮らしながら、過去を知らなかった市子を捜索する長谷川という役柄を演じるにあたり、どのような役作りをされましたか?
若葉 映画を観ているお客さんと一緒に市子を捜していく役柄なので、常に鮮度というか、とびきり新鮮なリアクションを意識しました。だから、普段の映画の準備の仕方とは、ちょっと違うものになったと思います。「台本を読み込む」という役者なら当然のことを捨てるということをやり、嘘にならないようにすることを考えました。戸田(彬弘)監督からは、そこまで細かい指示はありませんでしたが、市子の過去に立ち入らない優しさもありつつ、見たくないものに蓋をしてきた長谷川のズルさや軽薄さみたいなことは意識しました。
──戸田監督が作・演出されていた原作となる舞台「川辺市子のために」はご覧になられましたか?
若葉 戸田監督から「見てほしい」と言われていないこともあり、見ていません。長谷川は、もともと大阪出身の設定で、台本のセリフも関西弁で書いてあったんです。でも、(市子の母親役の)中村ゆりさんも、(刑事役の)宇野祥平さんも関西の人だし、(市子役の)杉咲 花さんは、僕と同じ東京出身ですが、朝ドラ「おちょやん」で1年間、関西弁に触れていた人なので、そんな人たちの中で、えせ関西弁をしゃべる僕が出てきたら、関西の方が冷めてしまうと思ったんです。それで早い段階で、戸田監督に「長谷川を東京出身に変更できますか?」という提案をさせてもらいました。
──若葉さんの役作りの1つとして、髭と髪の長さがあると思いますが、今回に関しては?
若葉 戸田監督から「髭はない方がいいですね」って言われたので、こうなりました(笑)。ただ、市子がいなくなった後の長谷川は、毛穴をちゃんと映すという判断から青髭状態で撮っているし、回想シーンはファンデーションで髭を消しています。僕の中では、市子と長谷川の過ごした幸せに見える時間っていうのは、イ・チャンドン監督の「オアシス」で障害のあるヒロインが急に健常者に戻る幻想的なシーンに近いかなと思っています。あと、現実を目の当たりにすることで、長谷川は呼吸を始めたと僕は捉えたので、汗も作りものじゃなく、全部本物の汗なんです。そう考えると、「誰が気づくんだ?」というところまで、細かくこだわっていますね(笑)。
台本に書かれていない感情が、いろいろ詰め込まれた
──市子役の杉咲花さんとはNHK連続テレビ小説「おちょやん」などで共演されていますが、本作での共演はいかがでしたか?
若葉 僕が同年代の女優さんだったら、本当に消えてほしいと思っちゃうぐらい、ちょっと次元が違う俳優さんですね。誤解を恐れず言うんだったら、技術的に杉咲さんより達者な方はたくさんいると思うんですよ。でも、技術じゃ到底たどり着けないところに杉咲さんはフワッとジャンプしてタッチしてくるんです。「おちょやん」のときよりも、いろんなものを削ぎ落して、どんどんシンプルになっているし、芸歴とかそういうことでは出せないような表現をしてくるので、「市子」を観たとき、「この後、どこに行くんだろう?」と思いました。いちファンとして、30代になったときのお芝居も楽しみですね。
──宇野祥平さんとの共演シーンでは、無言で感情表現されている印象が強いです。
若葉 この映画は台本に書かれていない感情が、いろいろ詰め込まれた作品だと思います。宇野さんが演じられた刑事の人物像も、もともとは普通の刑事だったんですが、長谷川と一緒に行動するにあたって、虐げられた一人ぼっちの男にした方がいいんじゃないか? というアイデアが出てきたり、原付で走り去るシーンが生まれたり、毎日いろんな変化が起きるような現場でした。だから、台本を超えられたような気がします。
──役者同士の熱量がハンパじゃない作品だけに、ほかの共演者の方とのエピソードもお願いします。
若葉 僕が直接共演したのは、杉咲さんと森永(悠希)くん、宇野さん、中村ゆりさんですが、宇野さんと中村ゆりさんに関しては、僕らみたいな役者が監督と話して、こういう感じにしたいと思ったものを見て、それをズバーンと受け止めてくれるんですよね。そういう人間力というか、安心感に甘えさせてもらった部分はありますね。森永くんに関しては、僕と全く質感の違う役者さんですね。市子に「もう私に関わらないでくれ」と言われるシーンで、よくこんな真剣な表情で「なんでやねん」と言える芝居できるなと思いましたし、森永くんの台本の読み方が気になりました。
邪念みたいなものを排除したい思い
──振り返ってみて、どのような体験をした現場だったと思いますか?
若葉 初めての経験じゃないですが、作品を試写で観たときに、あまり見たことのない顔をしていたんです。例えば、プロポーズのシーン。なんなら「おちょやん」で一回プロポーズが失敗しているから、それぐらいのトーンでやろうと思っていたんですけど(笑)、思いのほか、自分の心がザラザラとよく分からない方向に行ったんですよね。あとは、森永くんとの対峙や中村さんとのシーンなど、それを切り取ってくれた戸田監督や撮影監督の春木康輔にすごく感謝しています。自分の想像の範疇では収まり切れない奇跡に出会えると、すごく嬉しいんです。
──この作品が、観客にどのように伝わってほしいと思われますか?
若葉 公式コメントにも出したんですが、僕は自分が安心したいから、人をカテゴライズしていくってことに対して、すごく気持ち悪さみたいなものを感じているんです。例えば、通り魔のニュースが流れて、犯人が捕まって、犯人はこんな家庭環境だったから、こんなことになった。だから、自分とは違う人種なんだという考え。だから、この作品を対岸の火事のようにしたくなかったし、横にいる人のことを本当に分かっているのか、ということを喚起したかったんです。
──今や日本映画界には欠かせない存在となった若葉さんですが、この数年間での状況の変化をどのように捉えていますか?
若葉 さかのぼると「葛城事件」あたりから、明確に変わっていったと思うんですが、ご一緒したかった監督からのお声がけが増えたんです。そして、ありがたいことに自分が好きだと思える脚本を手渡されていることも増えました。それで、実際に成功しているかどうかわからないですけど、より邪念みたいなものを排除したい思いは強まりましたね。例えば、役者として良い評価を得たいっていう欲望は、映画にとっては邪魔になることがあると思うんですよ。僕はもともとそういうタイプではないですが、よりなくしていきたいと思う、今日この頃です(笑)。
こんな趣味だから、全く女性と話が合わない
──今後こういう役をやりたいなど、希望や展望があれば教えてください。
若葉 特にないんですよね。まだ情報解禁になってない作品も含めて、苦しめられて、追い込まれて疲弊していく役が多いんですよ。だから、沖縄ロケでハッピーな映画をやりたいですね(笑)。なんだかんだ神経を使う間抜けなバカ役は多いですが、底抜けに明るいバカ役はないんですよ。でも、そういう役が来たら……うーん。いや、やっぱやらないかも(笑)。
──気分転換にやられている趣味などがあれば教えてください。
若葉 スケボーとか、デッドストックのスニーカーとか、あとはクルマというか、旧車。男臭い趣味ばかりですが、かなり地味に塊根植物とか盆栽とか、植物の世話するのも好きなんですよ。もともとグリーンが好きだったんですが、ここ1年ぐらいで塊根のかっこよさにめちゃくちゃハマってしまって……。パッと見はショウガなんですが(笑)、今では10種類ぐらいあって、少しずつ成長していくのが楽しみです。昨日、仕事で一緒だった池松壮亮さんに、お気に入りのオペルクリカリア・パキプスの写真を見せたら、「ただの木じゃないですか!」と一蹴されました。盆栽は6つぐらいあるんですが、すごく高価だし、手もかかるんですよ。
──なかなか、シブい趣味ですね。
若葉 あとは、金魚ですね。国産の金魚だけ扱っているお店で購入しているんですが、自然発生的に生まれたような柄とは思えないかっこよさというか、その個性がアートに落とし込まれる意味もわかるぐらいきれいなんですよね。「死ぬのは寂しいから、道ずれにする」という理由から、本当は名前を付けちゃいけないんですが、ペット愛に目覚めてしまったようで、あまりにかわいすぎて、飼っている2匹に名前付けちゃっているんです。こんな趣味だから、全く女性と話が合わないんですよ(笑)。
──現場に必ず持っていくモノやグッズがあれば、教えてください。
若葉 キャメル色のレザーの台本カバーです。新しい作品が始まるときに、そのカバーに台本を入れ替えるんですが、その瞬間から「これから始まるぞ」って気分になるんです。それまでお金がなくて、紙のカバーみたいなものを付けていたんですが、「葛城事件」の直後に、仲のいい先輩が「もっといいモノに替えろ」と、プレゼントしてくれたんです。だから、「南瓜とマヨネーズ」(2017年)あたりから、ずっといろんな死闘を繰り広げる現場のお供をしてくれている感じです。かなり擦れたり、血糊とか付いていたりしますが、マブダチのような存在です。あと、タバコとお茶の3点セットですね。
市子
12月8日(金)より、テアトル新宿、TOHOシネマズ・シャンテほか全国公開
(STAFF&CAST)
監督:戸田彬弘
原作:戯曲「川辺市子のために」(戸田彬弘)
脚本:上村奈帆、戸田彬弘
音楽:茂野雅道
出演:杉咲 花、若葉竜也、森永悠季、倉 悠貴、中田青渚、石川瑠華、大浦千佳、渡辺大知、宇野祥平、中村ゆり
(STORY)
3年間一緒に暮らしてきた恋人・長谷川義則(若葉竜也)からプロポーズを受け、その翌日にこつ然と姿を消した川辺市子(杉咲花)。途方に暮れる長谷川の前に、市子を捜しているという刑事・後藤(宇野祥平)が現れ、彼女について信じがたい話を告げる。市子の行方を追う長谷川は、昔の友人・吉田(中田青渚)や高校時代の同級生・北(森永悠希)など彼女と関わりのあった人々から話を聞くうち、市子が違う名前を名乗っていたことを知る。
公式HP:https://happinet-phantom.com/ichiko-movie/
(C)2023 映画「市子」製作委員会
撮影/映美 取材・文/くれい響 ヘアメイク/寺沢ルミ スタイリスト/Toshio Takeda(MILD)