(写真:kou/PIXTA)

「新人の1人が入社式の翌日に転職サイトに登録しました。『会社を辞めたいの?』と尋ねたら、『いえ、この会社で頑張るつもりですが、とりあえずフツウに』という返事でした」

このあっけに取られた体験を語るのは、ある専門商社の教育担当者です。いま、新人・若手の間では、キャリアに対する意識が大きく変わりつつあるようです。

笑いの種になる突飛な行動は減った

今回、新人や若手と接する機会が多い人事部門の関係者など45名に「ギャップを感じたこと」をヒアリング調査しました。

社会人経験がない(浅い)ゆえに、新人・若手が思いもよらぬ行動をするのは、昔からよくあること。今回も興味深い逸話がありました。

「研修の初日に、入社式と同じスーツ姿で参加する新人が多かったので、『リラックスした服装でいいよ』と言ったら、翌日Tシャツ・短パンで現れた男性がいて、ビックリしました」(素材)

ただ、こうした突飛な行動は「数年前と比べて確実に減っている」(物流・IT・小売り)ようです。「就活だけでなく、入社後の会社生活における『べからず集』のようなものが共有されているんでしょうかね」(物流)という推測がありました。

会社であったことがSNSで即座に共有される時代。最近の新人・若手は、つまらないことで先輩社員の笑いの種にされないように、しっかり情報収集し、対処しているようです。

一方、冒頭の例のように、キャリア意識については、「大きく変わったし、変わり続けている」(エネルギー)、「我々の時代とは違うと頭ではわかっていても、驚きの連続です」(輸送機)という声が聞かれました。

「当社でも、入社して間もない頃から転職を考えている新人が目立ちます。仕事に馴染めないという人はもちろん、仕事が順調で楽しそうにしている人もです。後者については、いったい何を考えているのか、ちょっと理解に苦しみます」(IT)

「こういう部署で働いてこういう仕事をしてみたい、と明確にしています。しかも、イメージ先行でなく、職場や仕事のことをちゃんと調べていて、かなり現実的なプランを描いています。驚くほどしっかりキャリアを考えていますね」(電機)

近視眼的なキャリアビジョンではない

不透明な時代に、新人・若手が自身のキャリアを会社任せにせず、自律的に切り開いていくのは大切なこと。ただ、新人・若手が限られた業務経験・情報の中でキャリアを検討すると、キャリアを近視眼的に捉えて、将来大きく成長する可能性を摘んでしまうかもしれません。

大学時代に会計学の授業を取り、簿記3級を取得した。入社して経理課に配属され、1年間、決算業務を担当してスキルアップした。将来は、この会計分野の強みを生かして会計のスペシャリストとして活躍したい……。

近年、ジョブ型で入社後の担当職務を決めて採用する会社が増えていることもあって、「こうした近視眼的なキャリアビジョンを持つ新人・若手が増えているのではないでしょうか?」という筆者の疑問に対し、人事部門関係者の答えは「Yes and No」でした。

「当社でもジョブ型を導入しており、『この仕事しかやりたくない』というスペシャリスト志向の新人がいます。一方、以前と比べて、キャリアを長期的な視点から幅広く考える若手が増えている印象です。二極分化というところでしょうか」(サービス)

「なんでも挑戦して、大きく成長したい、という意欲的な若手が結構多いですよ。もちろん全員ではありませんが。いろいろと経験して2〜3年したら転職するかも、と言われるとガクッときますがね(笑)」(通信)

キャリア論に、計画的偶発性理論(Planned Happencetance Theory)という、若手にとって有用な考え方があります。個人のキャリアの8割は予期せぬ偶発的なことによって決定されるので、偶然の機会を計画的に作り出し、キャリアを発展させていこうというものです。

いろいろなことに積極的に挑戦しようという(一部の)新人・若手の考え方は、この計画的偶発性理論に則っており、有意義なキャリアを形成することが期待できそうです。

プライベート優先だが熱意と志がある

ところで、いまの若い世代は、仕事よりもプライベートを優先すると言われます。「仕事に対して熱意や志を持っていないのではないか?」という疑問を人事部門関係者にぶつけてみましたが、否定的な意見が多く聞かれました。

「行動面を見ると、たしかにプライベート優先です。ただ、そういう新人・若手が目標や志を持っていないかというと、そんなことはありません。仕事を通して成長したい、仕事で何か自己実現したいという欲求は、むしろ以前より強まっている印象です」(精密)

「残業拒否だとか面白おかしく言われていますが、最近の若手はプライベートも仕事も充実させようということで、仕事ぶりは熱心ですよ。逆に仕事が熱心でない若手は、プライベートでもダラダラと酒を飲むだけで、あまり充実していません」(薬品)

さらに、複数の人事部門関係者から、「野心的な新人・若手を目にするようになった」という興味深い指摘がありました。

「ある新人から『30歳までに独立して起業したいので、向こう7年間よろしくお願いします』と言われて、腰を抜かしました。彼にとって当社は、将来の起業のための武者修行の場だそうです」(コンサルティング)

「ある若手から海外拠点に転勤したいという希望がありました。海外で人脈を作り、経営管理の経験を積み、新しい事業を立ち上げ、最終的には社長になりたいそうです。『へえ、そこまで考えているんだ』とビックリしました」(エンジニアリング)

無鉄砲な野心家、合理的な野心家

バブル期までは、新人研修の最初のあいさつで「俺は社長になる!」と高らかに宣言する野心的な新人がよくいました。その後、就職氷河期を経て、若者が一般的に草食化したとも言われ、すっかりこうした宣言を耳にしなくなりました。

しかしここ数年、トップ校で学生起業が盛り上がっている通り(『トップ層の東大生が起業を選ぶようになった必然』参照)、優秀な新人・若手ほど「起業に挑戦し、世の中を変えたい」「社長になってみたい」という野心を持っているようです。

バブル期までの野心家は、「社長になる」という野心があるだけで、そのためにどう研鑽し、どう行動するというプランがまったくありませんでした。「とりあえず言ってみただけ」の「無鉄砲な野心家」でした。

それに対し最近の新人・若手は、野心を持つだけでなく、実現するためのプランを緻密に考え、それを着実に実行しています。「合理的な野心家」と言えるでしょう。

「その新人は、30歳で起業するために、社内でデータサイエンスを学び、どういうタイプのプロジェクトに参加し、途中でMBAに留学し、といった7年間の計画をちゃんと練っていました。最初は『うさんくさいヤツだなぁ』と思いましたが、話を聞いているうちに応援したくなってきました」(コンサルティング)

新人・若手というと、「権利ばかり主張する」「売り手市場で図に乗っている」「先輩社員への配慮がない」などと、とかく批判されがち。たしかにそういう面はあるでしょうが、新人・若手が野心を持って生き生きと仕事をすれば、会社が良い方向に向かうはず。

経験豊富な先輩社員と手を組んで、日本企業・日本社会の変革を主導することを期待しましょう。

(日沖 健 : 経営コンサルタント)