“頭をポンポン”しただけなのに…。部下にハラスメントで訴えられた上司の言い分
ハラスメント相談窓口の担当者・向井小春(32歳)の場合
「ごめん、さおり。実は、例の案件が片付かなくてさ、また行けないや」
そう言って電話を切った向井小春(32歳)は、背中を丸め、ため息をついた。
都市銀行のグループ本社に勤務し、ハラスメント相談窓口の担当者でもある向井は、友人の葉山さおり(32歳)が食事に誘ってくれたというのに、あるセクハラ案件を抱えていた。
その案件とは、都内支店の一般職の女性から寄せられた訴えだった。
その際に性的な発言はなく、あくまで仕事の進捗を気遣う内容なのだが…。相手は、必ず給湯室や廊下など、周囲に人が居ないタイミングで近寄ってくるのだという。
そして最後には決まって「頑張れよ」と、女性の頭をポンポンと軽く叩くのだった。
被害を訴える女性は最初こそ我慢していたそうだが、繰り返し体に触れられる不快さに耐えきれず、勇気を出して「やめてください」と要望したそうだ。
対して男性上司は「僕にとって君は妹みたいなもので、放っておけないんだ」と意に介せず、行為は半年以上にわたって続いているという。
自分のデスクに戻った向井は、当事者2人の人事資料に目を落とした。
被害を訴えているのは支店の窓口業務に従事する飯田詩織(25歳)。そして、行為者とされているのが総合職で入行している今西勝之(33歳)だ。
今西は東大卒で、昇格試験も優秀な成績を収めており、1年前に課長になっている。
銀行における課長職は30代後半で辿り着くのが一般的だといわれるのに対して、今西の場合はスピード出世といっていいだろう。
「…それなのにどうして、こんな軽率な行動で問題を起こすのかしら」
向井は今西の人事評価を手にしながら、なぜこうした事態が起こるのか不思議でならなかった。しかし、いつまでもそんな疑問に頭を使っている暇はないことに気づく。
調査は難航していた。
知られざるハラスメント調査の現実
調査が難航する理由は幾つかあった。
まず、被害を訴えている飯田の問題があった。向井が事情を聞く度に彼女は感情的になり、泣き出すのだ。
「毎日のように私に近寄ってきて、体を触られて不快な思いをさせられて、その気持ちがあなたにわかります?あの人は絶対に私のことを一般職の女だからと下に見ていて、何してもいいと思ってるんですよ!」
そして行為者である今西に対してクビか、さもなければ違う支店への異動を求め、要望が通らないようであればSNSでリークすると向井に迫るのだった。
そうした状況をなだめるのも向井の仕事だった。
もうひとつの問題は、行為者として訴えられている今西の方にあった。
彼は、自身にかけられた疑いに対してあざ笑うようにこう言うのだった。
「彼女に話しかけていたのは事実ですが、体に触ったという内容は彼女が勘違いしているんでしょう。立場のある僕が、そんなことをするような人間に見えますか?」
調査では当事者だけでなく、周囲の同僚にも事実確認をする必要があるが、多くは面倒に巻き込まれたくないので曖昧にしか対応せず、職場の支店長でさえも協力的とは言えない。
なかなか真相に辿り着けず、時間ばかりが過ぎていく。当然ながら向井は本来の業務もできず、残業が続いた。
そして、ようやく2人のやり取りを目撃したという同僚の証言が取れ、今西の行為をセクハラと認定できたと安堵したのもつかの間、今度は別の支店で起こったハラスメント問題だ。
「若い行員から、同僚がいる面前で上司にバカにされたと通報がありまして…」
「送別会の席で支店長が『俺は、女性を管理職にはしない』とポロッと言ってしまったようで…。どうしたらいいでしょうか?」
「またか…」向井は思わずつぶやいた。
ただ、いつもならそれで気持ちを切り替えられるはずだった。「これが私の仕事なんだから」彼女は自分にそう言い聞かせてきたのだ。しかし、限界はあった。
激しくデスクに両手を叩きつける音がオフィスに響いたかと思うと、次の瞬間、向井は同僚や上司が周囲にいるにもかかわらず絶叫していた。
「研修でくどいほど注意しているのに、なんでハラスメントはなくならないのよ!」
なぜ、職場のハラスメントはなくならないのか。最終回の解決編では、その謎に迫る――。
監修:株式会社インプレッション・ラーニング
代表取締役 藤山 晴久
全国の上場企業の役員から新入社員を対象とした企業内研修や講演会のプランニング、講師を務める。「ハラスメントに振り回されない部下指導法」 「苦手なあの人をクリアする方法」などテーマは多岐にわたる。