渡邊雄太、代表引退も覚悟して戦ったW杯。バスケ人生で「一番嬉しかった」後輩・河村勇輝からの言葉
この夏、日本中を熱狂の渦に包んだFIBAバスケットボールワールドカップ2023。
テレビ朝日のスポーツ情報番組『GET SPORTS』では、トム・ホーバス(バスケットボール男子日本代表HC)、渡邊雄太、南原清隆がスペシャル対談。48年ぶりに自力で五輪出場をつかみ取った日本代表の激闘に迫った。
テレ朝POSTでは、対談の模様を前後編で特集。前編の本記事では、「ホーバス采配の裏にあった渡邊雄太の秘話」を紹介する。
◆歴史的初勝利の布石は悔しい初戦
今大会、フィンランド戦での歴史的勝利をきっかけに、史上初となるワールドカップ3勝を果たしたホーバスジャパン。
初戦は、後に初優勝を果たすドイツを相手に18点の大差をつけられ敗戦。3ポイントの成功率もホーバスHCの掲げる40%に遠く及ばず、17.1%と低迷した。
しかし、この敗戦こそ日本の快進撃に繋がっていた。
ホーバスHC:「ドイツ戦は最初の試合の緊張感か、3ポイントシュートが全然入らなかった。成功率が17.1%でしょ。(成功率が)40%近くならないと、ドイツみたいなチームには勝てないです。無理です。無理という言葉はあまり好きじゃないですけど、難しいです」
ホーバスHCが敗因に挙げた低い3ポイント成功率。いったいなぜ入らなかったのか。
今大会チームトップの3ポイント成功率をマークした比江島慎は、「単発で3ポイントシュートだけになってしまう傾向があったので、それはチームで反省しなきゃいけない部分」と振り返った。
ポイントガードの河村勇輝もこう話す。
河村:「組み立て的に誰もペイントアタック(ゴール下のペイントエリアに攻め込むこと)やドライブをすることなく、外でボールを回して3ポイントを打つという場面がすごくありました。だからこそオフェンスが単調になったり、流れがつかめないことに気が付けました」
ペイントアタックでゴール下に侵入できず、単調になってしまったという攻撃パターン。ではなぜ、ドイツ戦ではペイントエリアに入れなかったのか。
ホーバスHC:「ポイントガード・河村選手、富樫選手、西田選手の相手がシュルーダー選手だった。シュルーダーのディフェンスはめっちゃいいです。ポイントガードはシュルーダーのディフェンスが結構きつかったから、普通より中へ入らなかった可能性が高いと思います」
日本の司令塔、河村、富樫の前に立ちはだかったのが、今大会MVPを獲得したドイツのデニス・シュルーダー(NBAトロント・ラプターズ所属)。
日本はシュルーダーの徹底マークにあい、ペイントエリアへの進入に苦戦。その結果、フリーの状態をつくることができず、完全にマークされた状態での3ポイントとなり、成功率が低迷していた。
前半を終え、22点のビハインド。その時指揮官は…。
ホーバスHC:「Win this half, win this half.(後半勝つよ、後半勝つよ)」
後の試合を見据えて後半だけでもドイツに勝つことだけを考えた。
その結果、後半はドイツを上回るスコアを記録したことで、次戦のフィンランド戦に向け勢いをつける。
南原:「ドイツ戦で粘れたことがフィンランド戦に繋がっていった?」
ホーバスHC:「間違いないです」
渡邊:「今までのパターンだと、前半あんなに離されたら向こうの勢いのまま40点差とかつけられたりしたんですけど、ハーフタイムで『後半だけはせめて勝とう』とみんなで声を掛け合いました。実際後半勝てたので、自分たちも成長できているなと感じました」
◆「“勝ちパターン”に入っていたと思います」
迎えた第2戦・フィンランド戦。
前半は、2023年NBAオールスターに出場したマルカネンに猛攻を食らい、圧倒される展開。前半を10点のビハインドで折り返す。
その状況を指揮官とエースはどう見ていたのか。
ホーバスHC:「前半は全然うちのベストではなかったけど、そんなに点数が離れていないから大丈夫だと思っていた」
南原:「僕らはもう見ていてヒヤヒヤでしたよ。大丈夫かって」
渡邉:「地力はフィンランドの方が強いと思っていたので、第2クォーターは向こうの本来の力を出されたというか、実力通りの展開になってしまいました。でも自分たちもめちゃくちゃ練習してきたので、後半絶対にやれるという自信がありました。ドイツ戦もそうでしたし、後半になって相手が疲れたところが本当の勝負だと思っていたので、あの点数で前半を終えられたことは“勝ちパターン”に入っていたと思います」
南原:「むしろあの点数で終えられた。逆転できると?」
渡邉:「射程圏内だと思っていました」
初戦で強豪ドイツを相手に後半のスコアを上回ったことが布石となり、このフィンランド戦でも「後半に逆転できる」という強固な自信に繋がっていたのだ。
◆満身創痍のなか試合に出続けたエース
その一方で、ドイツ戦でチーム最多20得点を挙げた渡邊はフィンランド戦で1試合を通じてわずか4得点だった。
渡邊:「今だから言えるんですけど、この日の足のコンディションが最悪だったんです。ドイツ戦は僕にとって久々の試合だったんですよ。NBAで2月にトレードがあって以降ほとんどプレータイムがもらえなくなって、シーズン終わってやっと日本代表に合流してからすぐにケガしたので、全然試合も練習もできないまま久々のドイツ戦。それでもう全力を出し切ったので、身体のあちこちが痛くて」
南原:「いきなり負担がきた?」
渡邊:「とくに太ももに激痛がきていました」
実は2日前のドイツ戦で、大会前から痛めていた足の状態が悪化。試合の翌日には病院の検査にかかるほど限界に近づいていた。
そんな満身創痍の渡邊をなぜ、起用したのか?
ホーバスHC:「マルカネンと渡邊はポジションが同じですから、マッチアップが必要でした。彼は疲れもあったんですけど」
渡邉:「普通に歩けないくらい痛いなかでマルカネンのマッチアップを任されて、『マジでやべー』と思いました」
南原:「ヘッドコーチがマルカネンにつけと言ったんですか?」
渡邊:「『もう雄太しかいない』って。心の中では『マジか』って思いましたけど、それが自分に与えられた役割なので、『じゃあ自分がやります』と言いました。高さでは、僕とジョシュ・ホーキンソンが日本で唯一対抗できるので、そこは僕らが頑張らないと。普段NBAでやっていようが、日本代表ではみな同じ選手ですし、自分も自分に与えられる役割があるので、とにかくマルカネンを止めることだけに100%集中しようと思っていました」
足が思うように動かないなか、マルカネンを止めることに死力を尽くした渡邊。
そんななか、第3クォーター途中に一度ベンチへ退く。
日本は最大18点差のビハインド。後半残り12分、絶望のさなか富永啓生の3ポイントで点差を徐々に縮めていった。
すると第4クォーター、2点差に迫った残り6分。渡邊は再びコートへ戻ってきた。
南原:「最後また出ていったじゃないですか。ベンチで若手が活躍しているのを見ていてどんな気持ちでした?」
渡邊:「僕は足も動いていなかったですし、パフォーマンスもまったく上がらない、むしろチームに迷惑をかけていたくらいに思っていたので、チームがいい雰囲気になってきて追い上げ出したとき、『今日は僕出ない』と思いました。今いるメンバーでやった方が絶対にいいと。本当は出たかったですけど、割り切ってベンチからできることをやろうと思っていました。でも、残り5分くらいでまさかのもう1回(笑)」
南原:「なぜ最後の残り6分、第4クォーターで渡邊をコートへ戻したんですか?」
ホーバスHC:「ヨシ(吉井裕鷹)が4ファウルになった(5回のファウルで退場)。マルカネンとのマッチアップがあんまりよくないなと思いました。とりあえず雄太ができるんだったら雄太を出そうと思いました。雄太に聞きましたよ『大丈夫ですか』と。彼は『もう大丈夫です』と言いました。彼の気持ちは本当にすごいです」
南原:「気持ちが強い?」
ホーバスHC:「気持ちが強いです」
渡邊:「これだけ今日動けていない僕を出すっていうことは、コーチは最後僕に託してくれたというか、僕と一緒に勝とうとしてくれているんだなと思いました」
南原:「粋に感じたわけですか」
渡邉:「はい」
◆「一番嬉しかった瞬間かもしれない」
実はこの試合、渡邊にとってもうひとつうれしい出来事があった。第4クォーターで逆転劇の立役者になった河村が、今大会結果が出なければ代表引退も覚悟していた渡邊にこんな想いを伝えていたのだ。
「勝って雄太さんを絶対に引退させたくない」
渡邉:「試合が終わって、一人ひとりに嬉しくてハグとかしている時に、河村が『雄太さんまだ引退させませんよ』って言ってくれました。あの時点ではまだパリオリンピックは全然確定もしてないですし、その先も勝たなきゃいけなかったんですけど、本当にあの言葉を聞いてより一層『本当にあるぞ』って思いましたね」
南原:「これ本当に(オリンピックが)見えるぞ。手の届くところにきてるぞって」
渡邉:「はい。きてるぞって。バスケ人生でいろいろな楽しい経験をさせてもらいましたけど、もしかしたら一番嬉しかった瞬間かもしれない。大袈裟じゃないけど、それぐらいうれしくかったです」