原樹理・高梨裕稔ら今季いまだ勝利ゼロのヤクルト投手たち 灼熱の戸田で奮闘、残り1カ月でシーズン初勝利を手にすることはできるか
この夏、ヤクルト二軍の戸田球場は想像を絶する灼熱の日々だった。そんな過酷な環境のなか、強く印象に残ったのが先発投手たちの、それまでとは見違えるような力強いピッチングだった。
「どんな時でも思うことは、一軍で投げて勝ちたい。それだけです」(原樹理)
戸田からはい上がり、シーズン初勝利、プロ初勝利を目指す選手たちの夏を追った。
今季初勝利を目指す原樹理(写真左)と高梨裕稔
市川悠太は「一軍で何回もチャンスをもらったのに、悔しい結果ばかりだったので......やり返したいとずっと思ってやっています」と言った。
7月17日の巨人戦(神宮)で、今シーズン3度目の先発チャンスを得た市川だったが、残酷な現実が待っていた。
「あの日は投げる前から結果を出すことにとらわれてしまって......。初回に6点を先制してもらったのですが、リードがあるというのが変なプレッシャーになって空回りしてしまいました」
3回途中5失点降板。プロ5年目の初勝利はならず、二軍降格を告げられた。戸田に合流すると、「自分を思いきり変えてみよう」とフォーム改造に取り組んだ。
小野寺力二軍投手コーチは「今はサイドスローですね。横の動きでやっています」と教えてくれた。
「見た目ではわかりづらいかもしれませんが、下半身の使い方も変えていますし、腕の高さも変えています。前は最終的にスリークォーターになっていたというか、(腕が)横からきて上に被さっていたので力の伝わり方がよくなかったんです」
二軍降格後は5試合に先発して防御率2.25(成績はすべて9月7日現在、以下同)。新しいフォームに手応えを感じている。
「ボールの軌道も、真っすぐが下から吹き上がるような感じで。そこからスライダーを曲げたり、緩急で落としたり、今はカーブもありますし。バッターには球速よりも速く見えているようで、打席での反応も今までとは違うかなと思います」
市川は残り少なくなった今シーズンについて、「一軍での初勝利はあきらめてないです」と言って、話を続けた。
「今はフォーム的にも結果が出てきているので、そこに満足せずにやるべきことを継続して、どこかでチャンスをもらえたら、しっかり結果を出したいと思っています」
金久保優斗は6月20日の楽天との交流戦(神宮)で、ショートスターター的な役割で今季初先発。チームは4回を終わって9点の大量リードだったが、コンディション面での配慮から63球で降板。シーズン初勝利の権利まであと1イニングだった。
「ノーヒットで4回までいけたので、あと1イニングを投げたかったですが、5四死球でしたし、二軍でも長いイニングを投げていなかったので(交代は)仕方ないと思っています」
戸田ではコントロールを課題に取り組んだ。球速は150キロに迫るボールもあり、イニング数も徐々に増えていった。8月30日のファームでの日本ハム戦では、5回2失点で勝利投手となった。
「僕は真っすぐしかないとよく言われるのですが、この試合ではスライダーで空振りがとれました。真っすぐだけじゃないこともアピールしていきたい。その真っすぐも2年くらい前のよかった頃に持っていって、ずっと練習している変化球も完璧にして、また一軍で勝ちを積み重ねていきたいです」
【一軍初昇格を目指す嘉手苅浩太】プロ4年目の吉田大喜は、4月16日の練習中に足を負傷。リハビリ期間を経て、二軍で7月17日に今季初登板を果たした。
「シーズン序盤でケガをしてしまい、けっこう落ち込みました。でも、焦ったところで治らないものは治らないので、ケガをする前よりもいい状態で復帰できるようにしようと。自分は、変化球はある程度扱えるタイプなので、リバビリ中はウエイトの量を増やしたりして、真っすぐの球速を上げることに取り組みました」
復帰後は2イニングから3イニングの登板を重ね、8月23日のDeNA戦(戸田)は2番手で登板。最速148キロの真っすぐと多彩な変化球、抜群のコントロールで非の打ちどころのないピッチングを披露した。同31日の日本ハム戦(戸田)では、先発して5回3失点で負け投手となるも、シーズン最長イニングを投げた。
「3イニングくらいのショートイニングだったら高いパフォーマンスが出せるようになったので、今はそれを長く維持することに取り組んでいます。もちろん一軍で投げたいですし、そのためには目の前の1試合をしっかりと。誰かが見てくれていると思うので、やるしかないです」
高卒3年目の嘉手苅浩太は、8月6日の練習中に急遽、当日(ロッテ戦)の先発を言い渡された。それまでは中継ぎに12試合に登板して、防御率は10.95だった。
「あの日は本当に急に先発が決まって(笑)。決まった球数でいけるところまでと言われていたのですが、球数が少なかったので5回までいけました」
二軍ではあるがプロ初勝利。同16日には武蔵大とのプロ・アマ交流戦に先発。6回をわずか55球、2安打無失点の快投。その後も2試合に先発し、イースタン公式戦では14イニング無失点を継続中だ。
嘉手苅のピッチングを見て思わず唸るのは、1イニングを3〜6球と少ない球数で終えることがしばしばあることだ。嘉手苅は自身のピッチングをこう振り返る。
「僕の真っすぐは(回転が)きれいではないのですが、ピュッといったり、沈んだりするので、相手バッターも『あれ?』みたい反応をしますし、タイミングが合わなかったりするからじゃないですかね」
真っすぐと同じくらいの球速のツーシームは、「自分のラインがあって、コントロールがしやすくて、ゴロを打たせることができるので使いやすいです」と言う。
松岡健一二軍投手コーチは、嘉手苅について次のように語る。
「今の最速は145キロくらいですが、150キロの出力は持っています。それを出せるか、出せないかで苦しんでいますが、成長段階の経験としてはいいことです。プロ入り後にスピードが落ちましたが、これまでは"ただ投げて速かった"というだけで、なぜ速かったかということを理解していけたら、今後はスピードが落ちなくなる。身長191センチのあの体を見てもわかるように、ポテンシャルは高いですから。今こうして自信をつけてくれて、いい方向に進んでいるタイミングで上に上がれたら面白いですね」
嘉手苅に初めての一軍への期待について聞くと、「まだまだです」と答えた。
「投げ方もいろいろ迷ったり考えたりしていくなかで、やっと145キロ以上が出るようになってきたので、まずは150キロに戻したい。最近は球速が安定するようにはなってきましたが、まだ試行錯誤の段階です。平均球速もまだまだですし、もっとスピードを上げていって、いつ一軍に呼ばれてもいいような状態で投げられるように練習していきたいです」
【残り1カ月で今季初勝利なるか】戸田球場では、先発ローテーションの一員としてリーグ2連覇に貢献した原と高梨裕稔も今季初勝利をつかもうとあがいていた。
原は昨年、自己最多となるシーズン8勝をマーク。今年はプロ入り後、8年連続勝利のかかるシーズンだったが、コンディションが整わずにキャンプは二軍スタートとなった。その後も一軍登録されることはなく、コンディションと向き合うシーズンを過ごしている。
松岡コーチは原についてこう語る。
「樹理は、今の自分ができることに対しての考え方が、頭のなかで整理できつつあると思います。ここまで苦しんできましたが、今の自分をどう受け止め、どう変化すればいいのかということを理解できるようになりました。いい方向に進んでいると思うので、シーズンも残り少ないですがすごく楽しみにしています」
7月からは間隔を空けながらも、5イニング以上投げる試合が増えた。原は「何年連続勝利とかは関係なしに......」と言い、こう続けた。
「プロとして一軍で投げることが大前提なので、そこは変わらないです。今年は状態が上向いたと思ったら、また悪くなるというところがあったのですが、それを言っても何もならないので。今できることの最善策を見つけたい。残り1カ月ほどですが、やるしかないです」
高梨はシーズンが開幕すると5試合に先発するも「今年はダメだったらダメなまま。大量失点のゲームが多かった」(高梨)と、0勝3敗、防御率7.66の成績で、5月27日に一軍登録を抹消された。
小野寺コーチは、高梨が戸田に合流した時に「自分に何か変化を持つことが必要だよ」と話したという。
「去年7勝しましたが、"ここぞ"という時に代えられてしまうところがありました。それを乗り越えて結果を出すことが、今年は全然できていなかった。なので、戸田ではデータを見たりして、体の使い方について見直していこうと」(小野寺コーチ)
目指すところは、力まずに140キロ台後半のボールを投げることだと、高梨は言う。
「145キロを投げそうな腕の振りで145キロを投げても、バッターは嫌な感じにならないと思うんで。僕は力を入れるといいボールがいかないので、力を抜くなかでしっかりしたボールを投げることを意識してやってきました」
取り組んだ成果は、7月の終わり頃から顕著となった。4試合に先発して防御率1.16。ボールの力強さは明らかで、なにより猛暑のなかでも弱音を吐かず、任された役割を果たす責任感の強さに二軍首脳陣からの信頼は厚かった。
「毎日、一軍に上がるため、一軍で活躍するために一生懸命やってきました。戸田には3カ月ちょっといましたけど、そういう思いを持ちながら練習も試合もやっていました」(高梨)
シーズンも残り1カ月、プロ2年目から8年続いている先発での勝ち星について聞くと「そんなことを言っていられない立場ですし」と、前置きしたうえでこう答えた。
「ここから最後まで一軍にいることが大事ですし、前半は本当にチームに迷惑をかけました。今は二軍でやってきたことをしっかり継続して、チームに少しでも貢献したいですし、そのなかで勝ちがついてくれたらいいのかなというくらいの気持ちです」
郄津臣吾監督は残り試合での二軍からの起用について、こう話している。
「何人かは一軍に来て、先発する人はいます。リリーフは流動的になるので、いつから誰々と決めてはないですけど、それもそのうちあると思います」
灼熱の夏を乗り越えてたくましくなったピッチャーたちが、一軍のマウンドで躍動することを願ってやまない。