どうなるパリ・サンジェルマン(前編)

 一時期はレアル・マドリード行きがほぼ確定とも言われていたキリアン・エムバペは、今季も"また"パリ・サンジェルマン(PSG)に残ることになりそうだ。「なりそうだ」としたのは、エムバペはこの件に関して、まだ何の発言もしていないからだ。ただ、今の時点では他に選択肢はないだろう。

 それにしてもこれはどこかで見た風景だ。

 去年の夏も、エムバペは限りなくレアル・マドリードに近づき、レアル・マドリードもほぼエムバペを手中に収めたと思っていた。しかし、最後の最後になって彼はPSG残留を選んだ。決め手となったのはPSGが示したレアル・マドリード以上の高額オファー、そしてなによりチームが彼に与えることを約束した権力だった。PSGはエムバペに、チームの運営方針に口を出せる力を与えたのだ。

 こうしてエムバペはPSGの「王」となった。監督もチームディレクターもチームメイトの人事にも口を出せる。これだけはレアルにはできない芸当であった。

 この時はフランスのエマニュエル・マクロン大統領が直々にエムバペに電話をかけてきて、こう懇願したという。

「私個人としても君にはフランスから出ないでほしい。君はこの国にとって大事な人、フランスナンバー1の選手がフランス以外でプレーしたらこの国の恥だ」

 これについてフランスのメディアは皮肉も込めて「レアルとPSG、そして大統領さえエムバペの前にひざまずく」とタイトルをうった。


今季はパリ・サンジェルマンでプレーを続けるキリアン・エムバペ photo by AP/AFLO

 今年も彼はまた同じことを繰り返した。レアル・マドリードとPSGを天秤にかけ、結局は残留したのだ。

 エムバペがレアル・マドリードに行きたいのは確かであり、レアル・マドリードも彼にラブコールを送り続けている。相思相愛である。それならばさっさとレアル・マドリード行きを決めればいいものを、去就を決めるのに、のらりくらりと2カ月も要した。

 ごねればごねるほどチームが出す金額が上がる、自分にとっていい条件で契約できる。エムバペと、彼のマネージメントの一切を仕切る彼の母ファイザ・ラマリは、これまでの成功体験からそう信じてしまっていたのかもしれない。

【来夏のレアル移籍を模索中】

 さらにPSG関係者によると、ネイマールが移籍したアル・ヒラルからエムバペにも巨額のオファーがあり、チームはこれにOKを出していたという。来年タダで手放すぐらいならそのほうがいいと思ったらしいが、エムバペはサウジアラビアに行くつもりはなかった。

 つまり、レアル・マドリード行きがなくなった段階で、エムバペに現実的に残されたのはPSGでプレーを続けることだけだった。なにより契約はまだ1年残っている。それでもすぐに残留を公言しなかったのは、約1週間をかけて、PSGに残った場合に何が起こるか、どうしたら有利な条件を引き出せるかを精査していたからだろう。

 エムバペがレアル・マドリードに行きたいのは本心だ。来夏、確実に移籍できるよう、彼は今も両チームと話し合いをしている。PSGとの契約は2024年6月で切れるため、エムバペはこのままでいけば移籍金ゼロでチームを出て行くこともできる。しかし、それではPSGが納得いかない。金というよりはメンツの問題だ。現在はPSG、エムバペ、レアル・マドリードの三者がともに満足いくような契約の形を模索しているとも聞く。

 8月30日、PSGのアル・ケライフィ会長が「エムバペとの話し合いはうまくいっている」と発言したのはこのことである。PSGとしては、彼の態度にいろいろ思うところはあるだろうが、それでも3人の世界レベルのスターを一度に失うわけにはいかない。

 ただしエムバペにとって、PSGはこれまでのように居心地のいい場所ではないかもしれない。

「どんなユニホームを着てもいいからCLで優勝したい」「PSGではCLを勝つのは難しいかもしれない」......。

 彼が『フランスフットボール』誌のインタビューで語った言葉を、チームメイトもサポーターも忘れてはいない。今さら彼がユニホームにキスをして、「このチームに残れてうれしい」と言ったとしても、空々しいだけだ(だからこそ何も言わないのかもしれないが)。

 実際、『フランスフットボール』にインタビューが掲載されると、6人の選手(名前は明かされていない)がアル・ケライフィ会長に「こんなチームを軽んじる発言をする選手とは、ともにプレーしたくない」と抗議の書簡を送ったという。

 サポーターも、毎年「出て行く、出て行く」と騒ぐ彼のことを快く思っていない。これまではメッシやネイマールがいてくれたおかげで、抗議の矛先はそちらに向いていたが、今度はエムバペが矢面に立たされることになる。彼自身が望んだナンバー1、オンリー1の地位だが、勝たなければすべては彼のせいになる。

 今後、チームが少しでも調子を落とせば、エムバペは真っ先に叩かれるだろう。そしてその可能性は決して低くない。エムバペは気に入らない選手を追い出すことに成功したが、その結果、チームは弱くなるという矛盾に陥った。

 いずれにせよ2年連続の茶番劇で、エムバペのイメージはすっかり悪くなってしまった。彼がチームを愛していないことがはっきりしてしまった。「どこのユニホームでもいいからCLで優勝したい」は本音だろう。だが、チームのリーダーである以上、それを見せてはいけなかった。

 2018年ロシアW杯で、19歳という若さで世界チャンピオンになったサッカー界の新星は、その5年後、多くの人々のストレスと苛立ちの元凶となっている。
(つづく)