2018年にプロテストに合格。2019年からツアー本格参戦を果たした菅沼菜々が今季ツアーのNEC軽井沢72でツアー初優勝を飾った。彼女と親交がある永久シード保持者の森口祐子プロに、初勝利を手にするまでの道のりについて話を聞いた――。


NEC軽井沢72で悲願のツアー初優勝を飾った菅沼菜々

 菅沼菜々は2018年にプロテストに合格すると、その年のQTで13位となり、2019年シーズンからツアー本格参戦。賞金ランキング62位という成績を収めると、翌2020−2021年シーズンには賞金ランキング47位となってシード権を獲得した。

 森口祐子プロが菅沼との接点を持ったのは、同シーズンだった。2021年6月の宮里藍 サントリーレディスオープンの時、菅沼のコーチでもある父親の真一さんから相談を受けたという。

「彼女のお父さんから、『娘はどうもメンタルが弱いかもしれないと思うのですが、森口さんはどうやってメンタルを強くされたのですか?』と聞かれたんです。それで、私は『メンタルが強い、弱いというよりも、考え方を変えることで気持ちをラクにする。そうすることのほうが、結果につながることが多いのでは』という話をさせてもらいました。

 その時はまだ、私は菅沼さんが広場恐怖症であることを知らなかったのですが、今思えばそういう事情もあって、お父さんはメンタルのことを気にされていたのかもしれません。

 ともあれ、私はその時に、菅沼さんの気持ちをラクにすることにつながればいいと思い、般若心経の精髄を平易な言葉で表した『かたよらない心。こだわらない心。とらわれない心。広く、広く、もっと広く』という言葉を紙に書いて、お父さんにお渡しました。すると、のちにお父さんから『あの言葉、娘がハマッたみたいです』と、お礼の挨拶をいただきました」

 森口プロが菅沼に送ったのは、薬師寺の高田好胤和上(故人)の訳とされる言葉だ。般若心経の思想の中核である"空"を説明したものであり、"無執着"を説いていると言われ、多くのスポーツ選手が競技中の精神状態を安定させるために口ずさんでいるという。

 学年はひとつ上ながら、菅沼が合格したプロテストの同期には、渋野日向子、原英莉花、河本結、大里桃子ら「黄金世代」がいて、同学年の稲見萌寧もいる。そうしたライバルたちが次々に結果を出す姿を見て、菅沼のなかで焦りがなかったと言えば嘘だろう。

 そんな彼女の心境を推し量った森口プロは、先述の般若心経の教えを訳した言葉を送り、周囲の状況にとらわれず、目先のことに執着しない、といったことを伝えたかったのではないか。

 それからしばらくして、NEC軽井沢72の練習日に菅沼が森口プロの前に現れたという。菅沼のお父さんに般若心経の教えの言葉を手渡してから、およそ2カ月後のことだった。

「彼女が突然、私の目の前にバーッと走ってきて、『なくしちゃんたんです』と言うんですよ。最初は何のことかわからなかったんですが、どうやらあの言葉を書いた紙片のことで、『ちゃんとこうやって挟んでいたんですけど、どこかに落としちゃったんです』と。

 いきなりのことでしたし、要領を得なかったので、『じゃあ、しょうがないわね』って、その場をやりすごすこともできたかもしれません。でも、その時の彼女はものすごく大事なものをなくした、という感じで言ってくれてきたので、『何て書いてあったっけ?』と聞くと、『広く、広くって書いてありました』というので、『ああ、わかった』と言って、また書いてあげました」

 その時のことを思い出しながら、森口プロはおかしそうに笑ってこう続けた。

「ちょっと気の回る子だったら、まずは『この前はありがとうございました。気持ちがラクになりました』と言って、それから少し置いて『(その紙を)どこかになくしちゃったんですけど、もう一度書いていただいてもいいですか』と言ってくると思うんです。

 でも彼女は、いきなり『なくしちゃった』ですからね(笑)。素直と言えば素直。ある意味、表と裏がなく、計算をして(人と)接してくる子ではないのだろうなと思いました」

 森口プロからの言葉を胸に秘め、菅沼はその翌年、2022年シーズンには大いなる飛躍を遂げた。自身出場2戦目のTポイント×ENEOSで10位タイ、続くアクサレディス in 宮崎で5位タイ、さらにヤマハレディースオープン葛城で3位タイという結果を残し、4月のフジサンケイレディスでも10位タイでフィニッシュ。序盤戦の出場7戦中、4試合でトップ10入りという好成績を残した。

 そのフジサンケイレディスの試合後、森口プロは"天然"で"癒し系"とされる菅沼とは違う姿を見たという。

「試合後にクラブハウスの近くに立っていると、菅沼さんがツカツカツカと寄ってきて、またいきなり『私、どうしたら優勝できるんでしょうか?』と、詰問するような感じで問いかけてきたんです。

 その時の、彼女の切実なエネルギーの強さは、ちょっとたじろぐほどでした。と同時に、私から見れば『彼女は今(プロとして)6合目くらいにいる感じかな』と思っていたら、『もう9合目に立とうとしているんだ』と思い、驚きました。

 ただ考えてみれば、見た目のイメージとは違って、仲のいい稲見萌寧さんに触発されてトレーニングにキックボクシングを採り入れるなど、彼女のひたむきさ、向上心や貪欲さを評価する人は多いんですよね。

 それでその時は、お父さんと取り組んでいることなどを含めて、『あなたのやっていることは間違っていないよ』と言いました。そうしたら、彼女は『わかりました!』と言って、元気に帰っていきました。

 でもその後も、何度か優勝争いに顔を出しながら、あと一歩及びませんでした。勝負どころとなる15番、16番あたりで、得意とするアプローチのミスによって勝てないこともありました。メルセデス・ランキング8位と飛躍を遂げるシーズンになりましたが、課題の残ったシーズンでもあったかもしれません」

 迎えた今シーズン、菅沼はその課題を克服。8月のNEC軽井沢72において、勝負どころで真価を発揮した得意のアプローチによって、念願の優勝を手繰り寄せた。

「本戦の最終18番、菅沼さんの第2打はグリーン左のラフへ。3打目に難しいアプローチが残りました。1打差で追う神谷そらさんがバーディーチャンスにつけていましたから、もしボギーにしてしまうと逆転負け、という状況。

 そこで、菅沼さんは難しいアプローチを見事に寄せきってパー。神谷さんとのプレーオフに持ち込んだ。あのパーセーブはすごかったですね」

 悲願の優勝を目前にして「寄せたい、勝ちたい」という気持ちに執着しすぎていたら、前年までのようにミスして自滅しても不思議はなかった。だが菅沼は、自らがピンチにあって、優勝を争う相手がバーディーチャンスにつけている状況にとらわれず、圧巻のアプローチを見せた。

 歓喜する菅沼を見ながら、森口プロは彼女のある変化に気づいたという。

「ふと、菅沼さんがしているリボンが短くなっていることに目がついて。『あれ、いつからだろう?』と気になったんですよね。それで、お父さんに聞いたんです。すると、あとから『"最近、そうだよ"ってサラッと言われました』というメールのメッセージが(お父さんから)きました。

 でも本当は、何か心境や、ジンクス的な変化があったのか。今度本人に会ったら、直接聞いてみようと思っています」

 本人のなかで、何かしら"変化"があったのか。いずれにしても、昨季の課題を克服し、着実に成長を重ねる菅沼のプレーからは、今後も目が離せない