鈴木誠也が明かした「どうせ打てない」不安 復調のカギは「完璧主義」ではなくなること
ベースを一周する鈴木誠也は何度も手を叩き、ホームに駆け込んだ。ダグアウトに戻ると、シカゴ・カブスのチームメイトたちと笑顔でハイタッチを交わした。まさにそんな光景こそ、鈴木の入団時にシカゴのファン、カブスの関係者が期待していた姿ではなかったか。
8月9日(現地時間。以下同)にニューヨークで行なわれたメッツ戦の9回表、2−4とリードされた場面で飛び出した鈴木の一発。チームの勝利には結びつかなかったものの、この日は初回に3塁打、4回に左前打を放っており、サイクルヒットまであと一歩に迫る猛打を見せた。この試合だけを見たファンがいたとしたら、はつらつとフィールドで躍動する鈴木の姿に、「メジャーでもエンジン全開」と思ったことだろう。
スタメン落ちも経験したが、復調の気配を見せる鈴木
しかし――。実際にはメジャー2年目の鈴木は苦しんできた。前半戦を打率.259、7本塁打という今ひとつの成績で終えると、オールスターブレイクを挟んだ7月は26試合で打率.240、2本塁打と低迷。プレーオフ争いの真っただ中で負けられないチームは8月上旬、鈴木を一時的に先発メンバーから外す"荒療治"に出た。
8月5日のブレーブス戦から8日のメッツ戦まで、4戦連続スタメン落ち。厳しい状況下で、鈴木は「悔しい。うまくいかないと悩むのが人間。なかなか整理がつかなかった」と、自らの苦悩を正直に認めていた。聡明さを感じさせる鈴木が、その起用法の意図を理解していないわけがない。
「大切な試合が続いているので、今までは我慢して使ってもらってましたけど、そういう状況じゃないのはわかっています。結果を出していれば試合に出られていると思いますし、これが野球。それは理解しているし、仕方のないことなので、早く(打撃の状態を)治さなきゃいけないと思っています」
8日のメッツ戦前、日米のメディアに囲まれた鈴木は失望を押し殺しながらそう話した。チーム内で立場を取り戻すためには、出場機会を得た時に結果を出すしかない。冒頭で述べた、本塁打を含む渾身の3安打が飛び出したのはそういう状況でのことだったのだ。【鈴木が感じていた焦りと不安】
去年の春先を思い返すと、鈴木の現在の状況は少々信じがたいものがある。5年8500万ドルという好契約でカブス入りした日本のスーパースターは、メジャー1年目の開幕直後は絶好調。4月11日からの6試合では、打率.412、3本塁打と打ちまくり、ナ・リーグの週間MVPも受賞している。
「誠也の打撃は本当に素晴らしい。バットに当てた瞬間、ボールが飛び出していくような勢いのある打球を打っているね」
当時、シカゴの地元メディアはそう報じていたように、春季キャンプ、シーズン開幕後に何度か取材をした筆者も同じような印象を抱いた。間違いなくメジャーでも通用するだけのツールを持っている。いきなりスター級の活躍ができるかはともかく、一定以上の貢献をすることは間違いないと思えた。
ところが、以降の鈴木は左手の故障もあってなかなかペースが上がらず、結局は打率.262、14本塁打と合格点とは言えない成績に終わった。さらに、今春は筋力アップが話題になったが、今度は左脇腹痛でワールド・ベースボール・クラシックの出場を辞退。メジャー2年目の開幕にも間に合わず、4月中旬に復帰してからも全開とはいかなかった。
5月こそ27試合で打率.319、5本塁打と好成績を残したものの、6月以降は低迷。スタメン落ちにまで至ったのはすでに記した通りである。
「このシーズンにかける思いが強く、最初にケガもあり、少なからず焦りはありました。うまくいかないことが続くとどうしても先が見えなくなり、『この先大丈夫かな』と不安になることもあった。『どうせ打てないんだろうな』といった不安な状態で打席に入ることが増えていた。そうなるとなかなか結果としてはいい方向にはいかないと思う」
8月上旬、鈴木がニューヨークで残したそんな赤裸々な言葉は、思い通りにならない日々の中で精神的に苦しんできたことを物語る。なんとか結果を出したいという重圧が力みにつながり、悪循環になっていたのだろう。
カブスのデビッド・ロス監督が発した次のような言葉は、背番号27が感じてきたことをわかりやすい形で代弁しているようだった。
「誠也はカブスだけでなく、母国を代表し、彼と家族のためにいいプレーがしたいという重荷を背負っている。自身に大きな期待を抱いている。長い期間、いい選手であり続けてきたから、自らに重圧を課してしまっているんだ」
それでも心強いのは、8月上旬に4日間のスタメン落ちを経験して以降、鈴木の調子が上向きに見えることだ。9日のメッツ戦で3安打と爆発してスタメンに復帰し、9日からの5試合で19打数7安打、2本塁打4打点と復調の兆しを見せている。
「スイング以前の問題で、本当に考え方だと思うんです。練習ではまったく悪くないので、あとは試合で慌てずに打席に入れるかどうか。どうしても打ちたいという力みが勝ってしまう。もう少しリラックスして打てれば、何か違ってくるのかなと思います」
自身の打撃をそう分析していた鈴木は、落ち着いて打席に立つ術を見つけたのだろうか。ニューヨークでのメッツ戦では、スタジアムを訪れていた馴染みの先輩、内川聖一と話したことが「気分転換になった」とも述べていた。きっかけはどうあれ、打席でより積極的になり、フィールドでも笑顔が目立っていたのはいい兆候だろう。
チームとしては、カブスは6月9日の時点で26勝36敗と10の借金を背負い、7月20日になってもナ・リーグ中地区で首位まで8ゲーム差、ワイルドカード最終枠となる3位のチームにも7ゲーム差をつけられていた。
しかし、そこから8連勝で急上昇。8月1日のトレード期限までには内野手のジェイマー・カンデラリオ、投手のホセ・クアスを獲得して戦力アップした。8月15日時点で地区首位のブリュワーズと3.5ゲーム差、ワイルドカード争いでも3位に1ゲーム差まで迫っている。
カンデラリオの加入と、やはり外野手のマイク・トークマンの打撃が好調だったゆえに鈴木のプレーチャンスが減ることになったわけだが、それでも終盤戦は、一定以上の出場機会を与えられるだろう。
ここから先の重要なゲームで働けば、少なからず評価は回復できる。チームをプレーオフに導くような活躍ができれば、周囲は前半戦の不振も忘れてくれるだろう。ベースボールが盛んな都市のファンの気質はそんなものだし、カブスに関しても例外ではないはずだ。
「完璧さを求めるより、自由にプレーしたほうが継続的な成功が得られるもの。(責任感の強さの)おかげで彼はここまでやってこられたのだろう。ただ、少し冷静になり、このゲームでは誰も完璧ではいられないことに気づいてほしい」
ロス監督のそんなメッセージは鈴木に届くのか。まだ逆襲の時間とチャンスは残されている。完璧主義者がいい意味で力を抜くのは簡単なことではないが、フィールドでよりリラックスし、ベースボールの楽しさを思い出すことができれば、鈴木の魅力的なツールが大事な時期に飛翔を始めるかもしれない。