渡邊雄太が「最悪な試合。日本代表として恥」と怒りを露にした大敗から4年…代表引退を賭けてW杯に挑む
最初はシューズについてある、小さな日の丸についての質問に答えていただけだった。だが、そこから派生して話は彼のワールドカップへ臨む日本代表への思いと、衝撃的な発言へとつながっていった。
「やっぱり誰も負けることなんて望んでないですし、見ている人もやっている僕らも、負けることは望んでいない。今回もまた連敗するようなことがあれば、自分は代表のユニフォームも脱ぐつもりでいます。それぐらい、今回の代表にはすごい賭けている部分があるんで、勝てない選手がずっと上にい続けてもしょうがない。
今、若くていい選手がたくさん出てきていますし、早く世代交代できるならやってしまったほうがいい。今年のチームをパリに連れて行くことができなかったら、自分はもう代表選手としている資格はないんじゃないかなというくらいの気持ちで思っています」
渡邊雄太が今回のW杯に賭ける想いは誰よりも強い
先月中旬、渡邊雄太(SF/フェニックス・サンズ)は自身の主催として初めて行なった東京都内でのバスケットボールクリニックでそのように話した。まだ28歳の彼によるその言葉に、その場にいたメディアはなかば虚を突かれた。
※ポジションの略称=PG(ポイントガード)、SG(シューティングガード)、SF(スモールフォワード)、PF(パワーフォワード)、C(センター)。
もっとも、渡邊は以前から常々、代表に対する強い思いを吐露し、あるいは行動で表現してきた。
2019年のFIBAワールドカップ。すでにNBAメンフィス・グリズリーズでプレーしていた渡邊と、その年に日本人初のNBAドラフト1巡指名を受けた八村塁(PF/当時ワシントン・ウィザーズ→現ロサンゼルス・レイカーズ)、元NBA選手のニック・ファジーカス(C/川崎ブレイブサンダース)らを擁した日本は「史上最強」という看板を引っ提げて、開催国の中国へと乗り込んだ。
だが、経験の浅いチームはしたたかな世界の強豪相手に跳ね返され、白星をひとつとして挙げることなく、出場32カ国中31位で失意のまま帰国を余儀なくされた。
【これが最後となる大舞台?】そのなかで渡邊が、怒りに近い感情を露(あらわ)にした試合があった。それは順位決定ラウンドでのニュージーランド戦。大会前の強化試合では勝利もしていた相手に、日本は30点という大差で破れた。
「本当に最悪な試合。ひとりとしてちゃんと準備ができていなかったし、自分も役割をまっとうできていませんでした。最後は遊ばれていたし、日本代表として恥だと思います」
東京オリンピックが終わり、トム・ホーバスHC(ヘッドコーチ)体制で臨んだ昨夏のアジアカップ。彼が出場しなくてもまったく問題視されなかっただろうが、長く厳しいNBAのシーズンを戦い終えた渡邊は、次年度の所属先が不透明ながらこの大会にも参加している。
渡邊はしかし、あらためて代表への参加は自身の責任であるといった、毅然とした口調でこう述べている。
「代表に合流することにしたのは、今年の夏も代表選手として活動したい気持ちが強かったですし、7月というタイミングは自分にとってもいいタイミングじゃないかと思ったのが一番です。リーダーとして、また国際大会を今まで何度か経験している者として、若い選手たちに今まで学んできたものを伝えていくのは、すごく大きな役割になってくると感じたからです」
あれから1年──。渡邊が再び赤い「JAPAN」のユニフォームをまとった。彼の言葉を額面どおりに受け取るならば、あるいはこれが最後になるかもしれない舞台に立つ。
世界を見渡すと、たとえばスロベニアのルカ・ドンチッチ(PG/ダラス・マーベリックス)やギリシャのヤニス・アデトクンボ(PF/ミルウォーキー・バックス)といったスーパースターたちは、NBAのシーズンが終わると必ずといっていいほど国に戻って代表活動に加わる。オフだから体を休めて次のシーズンに備えてもいい、にもかかわらずだ。
「代表でプレーするということは、基本的には夏を犠牲にしなくてはいけないということ。そりゃあ僕だって練習場じゃなくて、たまにはビーチに行きたくもなるけど、代表での時間をすごく楽しんでいるし、国を代表することはとても名誉なことさ」
ワールドカップのヨーロッパ地区予選やヨーロッパ選手権のあった昨夏を終えて、ほとんど休む暇もなくNBAの新シーズンに入ることになったドンチッチは、会見でそのように語っている。渡邊も似たような思いでいるはずだ。
【河村勇輝と渡邊雄太の共通点】「僕は16歳の時に初めて日本代表の候補に入れてもらい、ジョーンズカップという台湾で行なわれた大会で日本代表としてデビューしました。自分は今年29歳になる年で、12〜13年ほど日の丸を背負ってプレーさせてもらっています。だけど日の丸を背負っている以上、(代表の活動に対して)軽いことはできないなっていうのはあります」
先述のクリニックで、渡邊はこう話した。冒頭の「代表引退の覚悟」の言葉は、これに続いて出てきたものだ。
この発言は、ほかの代表メンバーにも刺激を与えた。それは、ホーバスHC体制になって初めて代表に招集された若手や経験の浅い選手たちにとっては、とりわけそうだったようだ。
須田侑太郎(SG/名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)は31歳と渡邉よりも年上ながら、2021年11月に初めて日本代表に招集された、いわば"遅咲き"の選手だ。須田は「代表にくる選手は強い思いと責任感を抱いているはず」としながら、渡邊のように「ユニフォームを脱ぐ覚悟」と口に出し、退路を断って戦いに臨む選手はいなかったと、彼に対して尊敬の念を込めた。
「やっぱりそれくらいの心意気でワールドカップに臨むのは、みんな同じでなければいけない。ただ、そういう発言をする選手はなかなかいませんでした。それに対してみんな感じる部分はあると思いますし、感じないといけない、体現しないといけないと思います」
雨後の筍の如き急成長を見せる、日本で今ナンバー1の若手である河村勇輝(PG/横浜ビー・コルセアーズ)は22歳。オリンピックなど世界大会で日の丸を背負いたいという思いから、昨年は完全なプロ転向を果たすために東海大学を中退するという思い切った決断を下した。
どれだけ活躍して賞を受賞しようとも、慢心することなく常に向上心を示す河村の言動を見ていると、同じように自分を律して努力を続けることでNBA入りを果たした渡邊とは、意識の高さという点で共通するところが感じられる。
【富樫勇樹が知る渡邊の想い】そんな河村にとっても、渡邊の覚悟の言葉には身が引き締まる思いにさせられたという。
「賭けているものが本当にすごいんだなと思いましたし、それを聞いて僕が今、このチームのメンバーでいることの大変さや覚悟をさらに持たないといけないと感じました。
生半可な練習をしているわけではないですけど、結果を絶対に出さないといけないという緊張感を持たないといけないと思いました。NBA選手で一番経験のある選手からそういった覚悟のある言葉を聞いて、僕たちは絶対についていきたいなと思いましたね」
チームメイトたちは渡邊の代表引退の言葉だけでなく、彼の練習に臨む集中力やひとつひとつプレーに対するアプローチを見て「違い」を感じ、同様に刺激を受けている様子だ。
先月28日から渡邊が代表に合流したことで、須田は「空気が変わった」「雰囲気が締まる」と述べた。生き馬の目を抜く争いが日常茶飯事であるNBAで5シーズン戦ってきた渡邊の練習ぶりなどを、須田は個人的にも注視しているという。
「たとえば練習前のシューティングでは、どういうことをしているのかなとか。練習中の姿勢もアグレッシブですし、プレー、勝敗、リバウンド、シュートと、練習の中のひとつひとつにこだわっていますね」
渡邊の代表引退についての発言は、少なからず周囲に衝撃を与えた。だが、彼に近しい富樫勇樹(PG/千葉ジェッツ)は渡邊の代表への思いの大きさを知っているだけに、虚を突かれたほどではなかった様子だ。
今回のワールドカップには八村が辞退を表明し、渡邊には「唯一のNBA選手」として高まる期待と重圧が否が応でものしかかってくる。富樫は「自分が何を言っても彼の悲壮な覚悟は変えられないだろう」と言うが、せめて結果を残さなければならない責任を渡邊だけに担わせるのではなく、全員で持たねばならないと強調する。
「この大会は、本当に結果を残さなきゃダメな大会。出場していい経験になれば......というだけではダメだと思っているので、僕も同じ気持ちで臨みたいと思います」
【渡邊は日本代表の甘さを指摘】今回のワールドカップの予選ラウンドで、日本はドイツ、フィンランド、オーストラリアという強豪と対戦する組に入ってしまった。しかし富樫が言うように、日本代表に「出場するだけでよし」という空気は、もはやない。
今大会でアジア勢トップの成績を残して来年のパリオリンピックへの切符を手にすることが、日本にとっての最大の目標だ。そこを目指すべく、ホーバスHCの厳しい指導と選手間の選考争いによって、チームの悲壮感とハングリーさはより如実になっている。
それは、練習のなかでの選手たちの激しいプレーぶりに表れているかもしれない。渡邊は以前、練習の強度・激しさでは「甘さがあった」と指摘していた。だが、今の代表チームでは「そんな心配をする必要は一切ない」と満足げだ。
「ここ数年、代表に戻ってきて練習の強度がすごく上がってきているので、やっていてすごく楽しい。もっと強度を高めていって本番を迎えられたらと思っています」
渡邊は8月2日・4日に群馬県太田市で行なわれた強化試合ニュージーランド戦への出場を見送った。合流前のプライベートなピックアップゲームで左脚を少し痛めたこともあり、ワールドカップへ向けてコンディショニングを万全にしていくことに重きをおいた調整となる。
律儀な渡邊は「この先いくつか出場しない強化試合があります」と、あらかじめファンへ向けてSNSで断りを入れている。有明アリーナでのアンゴラ戦(8月15日)、フランス戦(8月17日)、スロベニア戦(8月19日)にも、すべてには出場しない可能性はある。
ニュージーランドとの2戦には渡邊とジョシュ・ホーキンソン(C・PF/サンロッカーズ渋谷)、ふたりのビッグマンがプレーしなかった。高さと技量に秀でる彼らの不在で日本は2戦とも苦戦し、特に2試合目はリバウンドで倍以上の差(日本21本、ニュージーランド45本)をつけられた。渡邊らが外れたことが痛かったのは、明白だった。
【W杯開幕まで3週間をきった】もっとも強化試合は、あくまで調整のためのものだ。2019年のワールドカップ前にはドイツ、2021年の東京オリンピック前にはフランスと、強豪との強化試合に勝利した。しかし、本番では2大会とも全敗を喫している。そうした経験もあり、世界が狡猾にピークを大会本番に合わせてくることを、渡邊も日本代表チームも肌で知っているはずだ。
それに、大会前に大きなケガをしては元も子もない。前回のワールドカップでは富樫が指を骨折して欠場。渡邊も足首の捻挫で一時状態が懸念される経験をしている。
渡邊は東京オリンピック前、複数の強化試合に出場し、本大会でも全試合に出場したものの、それが影響してかその後のNBAのシーズンで故障してしまった。代表引退の覚悟を持って戦うだけにワールドカップにはあらん限りの力で臨むことに変わりはないだろうが、これまで培ってきた経験も生かしながら万全の状態で同大会に入ることに注力する。
「歳も取ってきて、昔ほどリカバリーも早くなくなっています。そういう意味でも無理をする必要はまったくない。そこはしっかり頭を使いながらやらなきゃなっていう感じですね」
ワールドカップ開幕まで残り3週間を切った。代表のユニフォームを脱ぐこともいとわないほどの強い思いで、渡邊がコートでどのようなパフォーマンスを発揮しながら"アカツキジャパン"を牽引するか注目だ。