池江璃花子、世界水泳の13レース出場に「気持ちをコントロールできなかった」 パリ五輪に向けて種目を絞る決断も
福岡で開催された世界水泳選手権2023の日程8日間で、池江璃花子(横浜ゴム/ルネサンス)は、個人4種目リレー3種目に出場し、13レースを泳いだ。
社会人として出場する初めての世界水泳で池江が目標に掲げていたのが「復帰後のベストタイムを出すこと」だった。2019年の1月に体調不良から検査を受けると白血病であることが判明し、そこから治療に専念して克服すると、再び水泳の世界に戻ってきた。
世界水泳では、笑顔に涙とたくさんの感情が溢れた池江璃花子
復帰後はもちろん体力も筋力も落ち、以前のようには泳げなかったが、一つひとつ目の前に課題に取り組み、壁を乗り越えてきた。2021年の東京五輪にはリレー種目のみに出場したものの、昨年は世界水泳ブダペスト大会の出場を逃した。だからこそ、自国開催の今大会への思いは強かった。
大会前にはオープンウォーターチームと合宿を行ない、距離を意識して泳いできた。そのなかで「疲労感もあってまだ感覚とタイムがあまり一致していない」という状態だったが、それでも「すごくきれいな泳ぎができていて、自分でも美しいなと思っている」と話していた。
各種目とも少しでも上のラウンドに進み、世界の舞台へ戻って来たことを証明したいという気持ちが強かった。一方で、自分が美しいと感じる泳ぎが、レースでどういう結果につながるかを楽しみにしているようだった。
【多種目挑戦への苦悩】前半戦は、まだ自信を取り戻すに至っていない100m種目からスタート。最初の種目は一時世界で表彰台にも肉薄したことがある100mバタフライ。しかし、戦いは厳しく後半の追い上げが効かずに58秒61で17位。0秒05差で準決勝進出を逃した。
「国内の有観客の国際大会は18年以来だったので、雰囲気がわからなくて...。これまでに経験したことがないくらいに過緊張になってしまい、スタート台に立った時は泣きそうになり、気持ちをコントロールできなかったです」
こう初戦を振り返った池江は、同日4×100mリレー予選の第1泳者を務め、チーム8位での決勝進出に貢献したものの、目標にしていた53秒台は遠く、日本選手権の54秒17にも届かない54秒51。夜の決勝は、前半が26秒07の6番手で折り返す攻めの姿勢を見せたが、後半に失速してタイムを落とし、8番手で第2泳者につなぐ泳ぎに終わった。
「東京五輪はリレーだけを頑張ればよかったけれど、個人があってのリレーだと気持ちが分散されるし、どちらかに響いてしまうこともある。100mバタフライを泳いだあとのリレーは体力的にもしんどかったですが、それでも多種目で選ばれているからには、しっかりすべてで結果を出して期待に応えたいというのはあります。
ただ、その分空回りしてしまうこともあると思うので、本当に自分ができることを見つけて絞っていくとか、自分が将来的にどうなりたいのかを改めて考えていく必要があるのではないかと思いました。今日はいいレースがひとつもなかったけど、次の100m自由形も準決勝に残れる位置にいると思うので、今日の反省を生かすという意味でも気持ちを入れ直して臨めたらと思います」
自由形とバタフライで短距離をやる以上、リレーでも重要な役割を果たさなければいけないのは世界標準だ。だが、それを大きな目標にしていた発病前とは状況が変わっていることも自覚している。池江は中2日置いた26日に、混合メドレーリレーの第4泳者の自由形を2本とも53秒9台のラップで泳いで、7位入賞に貢献。翌27日の100m自由形では、予選を16位ギリギリで通過。だが夜の準決勝は順位をひとつあげたものの、スタートからの浮き上がりで隣の選手に体半分離され、54秒86とタイムを落とした。
それでもレース後は「すごくスッキリしています」と、表情は明るかった。
【今大会輝いた50mバタフライ】「今のレース(100m自由形・準決勝)より明日の50mバタフライへ気持ちが向いています。周りの選手と比べるとブランクもあって体力がないので、50mバタフライも今までは準決勝に残れるかなと思っていたけど、明日は全力で『決勝に残れるように』という気持ちで泳ぎたいと思っています。スタートに関してはまだ遅いという劣等感も強いし、戻るには時間がかかると言われていますが、泳ぎはよくなっているので、そこを改善できれば0秒5は上げられる。100mは泳ぎ切るのが精一杯だけど、明日からは50mなので1レース1レースを大事にしていきたい」
そう話した池江は翌日の50mバタフライ予選で、復帰後ベストに0秒01足りないだけの25秒50で泳いで全体を3位で通過。これまでにないスッキリとした表情を見せた。スタートからの浮き上がりも「サラ選手はまだ全力ではなかったから」とは言うが、隣のレーンで泳ぐ世界記録保持者サラ・ショーストレム(スウェーデン)にそれほど遅れていなかった。
「ふたつ前の組のセンターレーンで泳いだ選手はサラ選手より速いスタートをするので、彼女の水中映像を見てどういう風にキックを打っているか研究しました。私は上半身をなるべく動かさないようにしているけど、彼女は上半身も連動させていいウェーブを作っているので、『必ずしも上半身を固定させてやるのが速いわけではない』と思ってやってみました」
こうやって他の選手を研究しながら泳ぐ池江は、夜の準決勝もショーストレムの隣でさらに差を縮めるスタート。予選よりタイムは落ちたが組2位の全体5位で、目標にしていた決勝進出を果たした。
「本当にこの日のために頑張ってきたというか。ここで決勝に残れなかったら、ずっと言っていた『世界に戻ってきた』ということを証明できないと思っていました。50mではあるけど、しっかり決勝に残れたことは素直にうれしい。予選より力んで全体的にはうまく泳げなかったですが、サラ選手の反対側にいる選手(メラニー・エニック/フランス)には絶対に負けないぞと思い、最後はタッチ差で交わすことができました。ここで満足するわけではないけど、今後、世界大会の決勝の経験を生かせるようなレースができたらいいと思います」
だが、好調を維持するのは非常に難しいことだった。翌日の午前に行なわれた50m自由形の予選は、準決勝に進めばバタフライ決勝の十数分後にレースがある。「準決勝に進めるところにいると思う」と意欲を見せていたが、全体20位で敗退。レース後は号泣した。
「悔しいとかツラいではなく、自分でもわからない感情でした。昨日は(50m自由形で)準決勝に残りたいと言ったけど、今朝はレースに出ることのしんどさをすごく感じ、『レースにいくのが嫌だな』と思ってしまって。会場入りしてからは気持ちも入り始めたけど、コントロールができない弱い自分が出てしまってそれを切り替えることができなかった」
【パリ五輪に向けてどこにポイントを絞るのか】こう振り返る池江の心のなかには、「今の自分は過去の自分とは違う」という思いもあり、複雑な心境をのぞかせた。ただ、夜のバタフライ決勝に向けては、気持ちを切り替えて臨めた。
「あとはもうやるだけだと思ったし、1%でも勝てる可能性があるのならそれを信じてやろうと思って臨みました」
結果的には7位で終わってしまったが、決勝の舞台に進んだことを、母親をはじめとする多くの人たちが喜んでくれていることを知り、悔しさはありながらも満足感を得ることができた。そして、この先についてはこう話す。
「次からは50mではなくて、100m種目にフォーカスしなければいけないと思います。だから9月のアジア大会のあとは、50mのことは忘れて100mをメインにしてトレーニングを積んでいきたいと思っているし、来年の日本選手権は五輪の本番を見据えて、予選や準決勝から積極的なレースができるようにしていきたいと思います」
大会最終日に女子メドレーリレーの自由形を泳いだ池江は、「午前の予選が終わってからメンバーを変えるという話になったけど、自分が勝ち取ってきた決勝を泳げなかったらものすごく悔しいと思い、もし出られるなら絶対にタイムをあげてやると思いました」と言うように、これまでのリレーでは53秒9台だったラップタイムを53秒66にあげ、6位で受け継いだ順位を守り切って、予選8位から順位を上げる意地の泳ぎを見せた。
「泳ぎは過去の自分に引けを取らないスピードも出ているので、あとは自分のスタートの足りないところをどんどん強化していくだけだと思う」と言う池江が、これから出られる種目のすべてに出たいという欲を抑えてどう種目を絞り、チームとしてのリレーにどこまで取り組んでいくのか。この8日間の戦いと50mバタフライ決勝進出という結果を踏まえ、パリ五輪に向けた彼女の次なる戦いがここから始まる。