年末年始に多くの人がカニを買い求める、という日本ならではの光景に異変が起きている。水産アナリストの小平桃郎さんは「2021年、22年はカニ価格の高騰で、大量販売を見送った小売店が目立った。日本人は可処分所得の減少にともなって『カニ離れ』が進んでおり、このままだと国内のカニ価格はさらに上昇する恐れがある」という――。

※本稿は、小平桃郎『回転寿司からサカナが消える日』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Gyro

■年末恒例「カニ商戦」に起きた異変

冬の味覚といえば、まず思い浮かぶのがカニです。

日本では殻付きの年間消費量の約7割が年末年始に消費されます。例年、年末になるとスーパーの鮮魚売り場の一角に特設コーナーがお目見えし、正月の高級食材としてカニを買い求める客で賑わいます。

ところが2021年、この恒例の年末カニ商戦に異変が起きました。スーパーの売り場を見ても、そこに鎮座するカニの姿はまばらだったのです。原因はカニの価格高騰。アメリカの需要増により、国際価格が急上昇し、スーパーで大量販売できる価格帯ではなくなってしまったのです。

財務省の貿易統計によると、冷凍タラバガニの2021年12月の1t当たりの単価は、前年同月に比べ1.4倍にまで高くなりました。冷凍ズワイガニも同時期比で1.4倍と高騰したのです。

■海洋熱波の影響でズワイ100億匹が消滅?

アメリカの需要増の背景のひとつには、数度にわたったコロナ対策給付金の支給で財布のひもがゆるみ、家庭で味わえるぜいたく品として人気が高まったことが挙げられます。コロナが収束傾向となり、解放ムードで消費が伸びたことも関係あるでしょう。

結局、2022年もカニ価格上昇の流れは継続し、11月時点でのタラバガニやズワイガニの小売価格は、前年比2〜3割高となっていました。これには円安に加え、アラスカでのズワイガニ禁漁の影響もあります。

2019年から2021年にかけてアメリカ政府が行った調査によると、アラスカ海域で100億匹のズワイガニが消滅したことが判明しました。その後、資源保護を理由に禁漁措置が決まったのです。この個体数激減には海洋熱波の影響が指摘されています。

■「カニバブル」はいつまで続くのか

そして迎えた2022年の年末カニ商戦。12月に入ると、スーパーや百貨店では販売合戦が繰り広げられました。しかし、折からの高値のため計画より販売ペースが遅く、一部の売り場では在庫軽減のため特価での販売を始めました。しかし、末端販売価格にうまく反映できず、販売数量を伸ばすことができた店舗は少なかったようです。

これには昨今の人手不足もあるかもしれません。現場が混乱してしまうことの危惧や、地方発送などの運送便の便数の減少などにより、現場が急な売価変更を避けたという話もあります。

ただ一方で「カニバブルの崩壊は近い」と見る向きもあります。根拠のひとつは、国際カニ相場を押し上げてきたアメリカの景気減速やインフレ加速による購買量の低下です。高くなりすぎたカニの在庫がだぶつき始めているというのです。

■ロシア産カニの輸入単価は下落傾向

加えて、アメリカが行ったウクライナ侵攻に伴うロシア産の禁輸措置により、本来、アメリカに行くはずだったカニが他の国へ流れているのです。

水産業界紙『みなと新聞』(2022年10月12日付)は、「1〜8月における冷凍ズワイの輸入量は前年同期比17%増の1万846t。うちロシアからは77%増の7095t」と報じ、ロシア産の輸入単価が8月は前年同月比25%安となる、キロ当たり2738円に下落したとレポートしています。ロシア産水産物については、政府は日本の地域経済を守るため、ウクライナ侵攻後も禁輸措置を発動していません。

ウクライナ侵攻をきっかけとした、水産業界に関連する対ロシア政策の変更点としては、ロシア産カニ(活・冷凍)の関税が4%から6%に引き上げられたことくらいでしょう。これは、G7各国が協調して、ロシアを最恵国待遇から除外する措置をとった結果、ロシア産水産物の関税がWTOの協定税率から一般税率に変更されたことによるものです。

カニ流通は他の水産流通と比べてかなり特殊で、小売価格の動向は見通しを立てにくいという事情があります。

■韓国・釜山を経由して日本で消費されている

ロシアにとっての最大のカニ輸出相手国は実は韓国で、金額ベースで全体の4割のシェアを占めていると海外メディアは伝えています。日本で消費されるロシア産のカニも、外国産冷凍マグロと同様、韓国・釜山を経由しているものが少なくありません。加えて、中国などの経由ルートが多数存在すると言われています。

ちなみにロシア連邦漁業庁によると、2022年における水産物の輸出量は230万tと、前年比10%増となっていますが、そのうち4分の1を中国への輸出が占めています。しかもカニを含む甲殻類の輸出は3割増となっています。この一部は中国を経由して別の国に流れているとも考えられます。

いずれにせよ、ロシアとの水産物取引は、戦争という事態を受けてのイレギュラーな体制になっており、どこにどれだけ在庫があるのか、全体像を把握することは容易ではありません。

■値上がりは止まっても、暴落は起きないのでは

こうした状況の中であえて今後の価格動向を予測するとすれば、そろそろカニの値上がりの余地はなくなってはいますが、突然半額になるような暴落も起きないのでは、というのが筆者の見立てです。

カニは水産物のなかでも単価が高い部類に入ります。カニ漁は多くの場合、漁期が数カ月と短いため、荒波のなかでも出港し、徹夜で操業することもしばしばです。

写真=iStock.com/Bobby Ware
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bobby Ware

日本でもカニ漁船作業員は高額バイトのひとつとしても知られていますが、過酷さあってこその高収入なのです。カニ漁で一攫千金を狙う海外の人気ドキュメンタリー番組を観た方もいるでしょう。

加工にも多くマンパワーが関わっています。流通量の大部分を占める冷凍カニは、ボイルされ、甲羅を取り、肩の状態にして凍結されて箱に詰めて出荷されます。

ちなみに現地の工場ではカニミソが入っている甲羅が床に転がっていることもしばしば。ミソ好きの日本人にとってはもったいない限りですが、手間や効率を考えて肩だけの状態で出荷されることが多いのです。

■カニ缶は極寒の工場で加工されている

これを水産業者が買い付けるわけですが、その際に身の割合(身入り)が非常に重要視されます。工場に買い付け担当者が検品のため張りついて、生産時期や漁獲場などをチェックしながら、なるべく身が詰まったカニを選別していくのです。

その後、カニフレークなどに加工されるものに関しては、中国や東南アジアの加工場に持ち込まれますが、カニは解凍し再凍結すると味の劣化が著しいため、半解凍の状態で作業が行われます。そのため、工場内の温度は低く保たれ、働く工員は重装備の防寒対策を強いられます。

そんな状態で彼らは1gでも多くの身を取るため、殻をペンチで挟み、ガンガン叩きながら中の身を出していくのです。さらに透明の中骨を除去するため、ほぐした身に、暗室内でブラックライトを照射して、工員がピンセットを用いて手作業で除去していきます。

需要と供給でモノの価格が決まるのは市場の常ですが、こうした人件費が原価として存在する以上、冷凍ガニや加工品に関しては今後も価格が下がっていくことはないと思われます。

■「カニ離れ」がカニバブルを継続させる恐れ

一方で、直近のカニ相場よりも筆者が危惧しているのは「日本人のカニ離れ」です。

小平桃郎『回転寿司からサカナが消える日』(扶桑社新書)

今でも「カニ食べ放題ツアー」などは旅行会社の人気商品ですが、参加者の多くは高齢者が占めています。総務省家計調査などを見ても、カニの購入数量は10年以上、減少し続けています。日本では丸茹でされたものを自分でむいて食べるというのが一般的ですが、これも原因でしょう。高いうえに、殻をいちいちむかないといけません。可処分所得が減っている中年以下の世代にとって、高価で面倒なカニは敬遠されるのは目に見えています。

一方で、風味かまぼこ(カニかま)市場が拡大しているのは、皮肉としか言いようがありません。チェーン系回転寿司店でも、何年も前からカニかまが定番メニューとなっています。

カニ離れが加速すれば、「規模の経済」が成立しなくなり、日本におけるカニの価格はさらに上昇していく可能性もあるのです。

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小平 桃郎(おだいら・ももお)
水産アナリスト
1979年、東京都生まれ。東京・築地の鮮魚市場に務める父の姿を見て育つ。大学卒業後、テレビ局ADを経て語学留学のためアルゼンチンに渡り、現地のイカ釣り漁船の会社に採用され、日本の水産会社との交渉窓口を担当。‘05年に帰国し、輸入商社を経て大手水産会社に勤務。‘21年に退職し、水産貿易商社・タンゴネロを設立。水産アナリストとして週刊誌や経済メディア、テレビなどに寄稿・コメントなども行っている。
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(水産アナリスト 小平 桃郎)