「日本女子の勝利には、深い感銘を受けた。長年、指導者養成学校の教授を務めてきたが、これほど戦術的に模範的な試合も少ないだろう。執筆オーダーを受けていなかったのに、思わずスカウティングリポートを書き上げてしまったほどだ」

 スペイン人指導者ミケル・エチャリはそう言って、女子W杯グループリーグ最終節で日本女子代表がスペイン女子代表を4−0で打ち負かした一戦を興奮気味に振り返っている。

 エチャリは卓越した戦術論で、多くの指導者に影響を与えてきた。現在はアストンビラで采配を振るウナイ・エメリ、ジョゼップ・グアルディオラ(マンチェスター・シティ)も師と仰ぐフアンン・マヌエル・リージョ、昨シーズン、オサスナをスペイン国王杯準優勝に導いたハゴバ・アラサテ、ラージョ・バジェカーノで旋風を巻き起こし、イングランドに上陸したアンドニ・イラオラ(ボーンマス)など、錚々たる面子だ。

「ミケル(エチャリ)が日本人にサッカー戦術を"教えすぎた"! 男子W杯でも、女子W杯でも、スペインは日本に敗れてしまったじゃないか!?」

 エチャリはカタールW杯に続いて、スペインの指導者界隈からそんなメッセージを受け取ったという。web Sportivaの記事だけでなく、日本サッカー協会に講師として招かれ、Jリーグでも柏レイソルなどで講演を行なっているエチャリだが、そこまでの影響はないだろう。ただ、そんな冗談を言ってみたくなるほど、日本サッカーの戦術的進歩をスペイン人指導者たちが感じているのだ。

「日本人は戦術的にレベルが低い」

 その偏見を、なでしこジャパンはサムライブルーに続いて覆した。では、エチャリはどこに感銘を受けたのか?

「まず、日本の選手たちは"何をすべきか"の確信に満ちていた。ポゼッション型で攻めるスペインに対し、前線からプレスをかけ、極力ボールを運ばせない。自陣に入り込まれたら、しっかりリトリートし、お互いがカバーする。セカンドボールでトランジションをかけ、カウンターを狙ってラインを突破し、ゴールに迫る。非常にシンプルだが、教科書的で、効率は高かった。

【スペインが犯した戦術的ミス】

 12分の先制点は、その賜物と言えるだろう。左サイドに幅を取っていた遠藤純へ、バックラインからパス。瞬間、2人のアタッカーがスペインのハイラインと駆け引きしながら裏に走り、そこへボールが出る。これは彼女たちが用意した点の取り方だったはずで、枚数は揃っていたスペインの守備を見事に無効化した。

 それぞれが、数的優位よりも、ポジション的優位を取っていた点は特筆に値する。とりわけ、3−4−2−1(5−4−1)の各ラインは距離感をコンパクトに保っていた。そのおかげで危険なボールを入れさせず、ミスを誘って押しつぶし、守から攻に切り替えられた。


ミケル・エチャリがプレスの質の高さを激賞していた植木理子

 トップに入った植木理子のプレスは、とても質が高かった。常にどちらかにコースを限定し、守備のスイッチになっていた。また、長野風花、林穂之香の2人はとにかく裏を簡単に狙うパスを阻止。同時に宮澤ひなた、猶本光の二人は集中力を高め、サイドからカウンターを準備していた。攻守一体だったことで、攻められながらも、主導権を失わなかった。

 29分、40分の追加点は、まさに典型だろう。敵を誘い込んでの守備でパスカットし、一気のカウンター。植木だけでなく、宮澤もストライカー的性格を持ち、よく決めきった」

 エチャリはかつてエイバルを率いていた時代、5−4−1という守備戦術の使い手のひとりだった。それだけに弱点も知っていた。

「一方、スペインは戦術的ミスを犯していた。前線で激しく守り、リトリートして整然と守る日本に対し、目先を変える攻撃が必要だった。

 たとえばパスの方向が一定になりすぎていた。サイドチェンジを含め、相手の守りの裏をかくようなトライをすべきだった。ポゼッション重視のプレースタイルはわかるが、ショートパスに固執せず、縦への速い攻撃も狙うべきだっただろう。あえて長いボールを入れ、敵陣深くに押し込んで守備をさせ、攻撃に転じるという変化が足りなかった。攻守で日本に余裕を与えてしまっていた。これでは、いくらボールを保持していてもプレーが読まれてしまい、守備戦術の沼にはまってしまうのだ。

 男子のW杯でもそうだったが、スペインはたとえポゼッションを捨てても、意表を突くべきだった。ルイス・エンリケ監督が率いたスペインと同様、スペイン女子の場合も、日本のボール支配率は22%だったとも言われるが、その数字に意味はない。ボールをつなげることに執着し、墓穴を掘ったのだ。

 スペインは、戦術的に準備された日本の罠にはまった。わずかなミスでボールを失うと、広大なスペースを使われてしまい、失点を浴びた。それが焦りを生じさせ、攻め急ぎにもつながっていた」

 その構造は、カタールW杯でのスペインの敗北と似ていた。最後にエチャリは「再戦」を望んだ。

「日本は勝利に値するサッカーをした。ボール支配=勝利ではない、と結論づけたとも言える。男子W杯に続き、女子W杯でもすばらしい戦いでスペインを下した日本の躍進は、日本サッカーに関わってきた人間としての喜びである。ベスト8進出をかけたノルウェー戦の健闘を祈りたい。決勝でのスペインとの再戦を願う!」