谷晃生インタビュー(後編)

ベルギー2部リーグ、FCVデンデルEHへの期限付き移籍が発表されたガンバ大阪のGK谷晃生。ここ最近のJ1リーグでは先発のピッチから遠ざかっていたものの、6月中旬のルヴァンカップの"大阪ダービー"をはじめ、ガンバでのラストマッチとなったセルティック戦でも、コンディションのよさが伺える抜群のパフォーマンスを見せた。その状態を維持しながら「少しネジを外して」新天地に飛び込む決意だという――。

◆(前編)ガンバ大阪・谷晃生が海外挑戦を決めたわけ>>


ガンバ大阪でのラストマッチとなったセルティック戦では好セーブを連発した谷晃生

 ルヴァンカップの"大阪ダービー"から約1カ月ぶりに先発のピッチを任されたのは、谷晃生にとっては期限付き移籍前のラストマッチとなった7月22日のプレシーズンマッチ、セルティックとの一戦だった。

 この試合でも再三にわたるビッグセーブを見せて、相手のシュートを跳ね返した谷は"無失点"で後半にバトンを渡す。試合後、セルティックのブレンダン・ロジャーズ監督に「GKに何度もファインセーブをされてしまった」と賛辞を贈られたとおりの、圧巻のパフォーマンスだった。

「公式戦は1カ月ぶりくらいでしたけど、練習もしっかりやれていたし、不安はなかったです。相手はプレシーズンの時期で、状態が整っていなかったとは思いますけど、対外試合特有の局面での強度の高さや、そういう状況でも高い技術を簡単に出せる選手個々の質からも、改めてレベルの高いチームだなと感じました。僕自身もいい状態でプレーできたと思いますし、何より自分が出場した時間で失点しなかったのが一番よかったです」

 この時点ではまだFCVデンデルEHでのメディカルチェックが済んでおらず、クラブからの公式発表がされていなかったため、試合後に今回の決断について多くを語ることはしなかったが、慣れ親しんだパナソニックスタジアム吹田で見せた鬼気迫るパフォーマンスは、この一戦を最後にガンバ大阪から離れる、彼なりのメッセージだったに違いない。

「クラブには以前から、今夏にチャンスがあれば『(海外に)行きたい』という思いを伝えていましたが、それもわかったうえで慰留もしていただきました。ダニ(ダニエル・ポヤトス監督)にも『残りのシーズンも一緒に戦ってもらいたい』『ガンバで勝負してほしい』という言葉もかけていただきました。

 もちろん僕自身、オファーを受けてすぐに『チャレンジしたい』と思った反面、『ガンバを勝たせられる存在になる』という決意で(期限付き移籍から)復帰していただけに、この先もガンバでプレーをすることや、ガンバのエンブレムをつけて活躍することも、思い描くストーリーのひとつにありました。

 ただ、過去に、ガンバアカデミー出身のGKが世界で活躍しているという前例がなかったことを思えば、僕がその姿を示し、日本人GKに対する世界の目を変えることもクラブへの恩返しのひとつなのかな、と。行くと決めた以上は、期限付き移籍とはいえ、ガンバのことは頭から外して、退路を断って飛び込むくらいの覚悟で臨まなければいけないと思っているし、その結果として、この先もガンバに必要だと言ってもらえる選手であり続けたいと思っています」

 わからないこと、うまくいかないことがあるのは覚悟しているだけに、不安はない。GKというポジションもあって、より"言葉"の必要性は自覚しているが、「サッカーのところはなんとかなりそうな気はしますけど、それ以外のところはまだまだこれから」だという。

 だが今シーズン、チームメイトとして戦ってきたネタ・ラヴィ(イスラエル出身)やイッサム・ジェバリ(チュニジア出身)の姿から学んだことも参考に、海外でも適応するイメージはできている。

「文化も、生活も、人間性も違う海外に飛び込むからこそ、あえて少しネジを外していくのも大事かなと思っています。いきなりチームに加わってきた日本人選手がツンツンして愛想もよくないというよりは、そのほうが受け入れる側も受け入れやすいはずだから。

 それは、今シーズンのガンバの外国籍選手から学んだことでもあります。僕がベルギーに行く以上に、ネタやジェバリが日本に来て、母国の選手がほとんどいない、文化、宗教、食べ物もまったく違う国、Jリーグでプレーするほうがよほど大変だったと思うんです。なのに、彼らはあっという間にチームに溶け込んだ。

 それはなぜかと考えたら、"入り方"にあったと思うんです。彼らは最初から、言葉は通じなくてもすごく明るく、オープンマインドだったし『日本の文化を知りたい』『ガンバに溶け込んで、キミたちと仲間になりたいと思っている』という思いを伝えてくれた。

 そうすると、やっぱり僕らも『なんとか彼らを助けてあげよう』『話をしたいな』って思うじゃないですか? それを見習って、僕も少しネジを外し目でいこうかなと(笑)。幸い、相手の懐に入っていくのは得意なほうなんで、まずは言葉の壁をあっさり越えるくらいのコミュニケーション力を発揮していこうと考えています」

 彼の話を聞きながら今シーズン、谷がチームで見せてきた姿を思い出す。宇佐美貴史や三浦弦太、鈴木武蔵など、歳の離れた経験豊富なベテラン選手を前にしても、谷に臆する様子はなく、クラブハウスではよく彼らを呼び捨てにしては「貴史"くん"な!」などとツッコまれていたものだ。

 公式戦においても、自身が控えメンバーに回ることが決まったなら、「控えのGKに暗〜い顔でベンチに座られていたら嫌だと思うので」と気持ちを切り替えて、ムードメーカーに。他の控えメンバーとともに、スタメン組を常に盛り上げていたのも印象的だ。もちろん、そんな谷のことを先輩選手も容赦なくイジり、可愛がっていたことも。

 それは、セルティック戦後、彼を囲んで集合写真におさまる仲間とのやりとりからも伺えたが、おそらくは、その空気のままにベルギーに乗り込むということだろう。

「将来的には世界五大リーグと呼ばれる場所でプレーしたいし、日本代表としてワールドカップにも出場したいという目標はあります。

 ただ、日本代表というのは、あくまでチームでの活躍の先に、結果論としてついてくるものなので。正直、少し日本代表から遠ざかっている今は、日本代表のことはまったく頭にはないです。今回の期限付き移籍も『ヨーロッパにチャレンジしたい』という思いだけで決断したことで、今はデンデルで試合に出ることしか考えていません。

 まずは新たな環境で、自分が何を感じるのか。全然やれると思うのか。自分の弱さを知ることになるのか......今はまだわからないですけど、いずれにしても、僕がすべきことは、行ったからこそ感じられることを、すべて自分の力にすることだけなので。それができれば、きっとまた見えてくることがたくさんあると思っています」

 渡航を前に、身の回りのもので日本からマストで持参すると話していたのは、炊飯器のみ。谷曰く「今の時代、大抵のことは現地でなんとかなるし、なんかあっても気持ちでどうにかする」そうだ。取材の最後にサラリと彼が口にしたその言葉を、とても重いものに感じたのは、きっとその奥に潜む、彼のそこはかとない覚悟を見たから。

 谷にとって初めての海外、デンデルでのチャレンジが始まる。

(おわり)

谷晃生(たに・こうせい)
2000年11月22日生まれ。大阪府出身。ガンバ大阪のアカデミー育ちで、高校1年生の時に二種登録され、2017年3月にはJ3リーグデビュー。同年12月には飛び級でのトップチーム昇格が発表された。2020年、湘南ベルマーレに期限付き移籍。2022年までの3シーズン、不動の守護神として活躍。2023年、ガンバに復帰した。世代別代表では、2017年U−17W杯、2021年東京五輪に出場。2021年8月、日本代表にも初めて選出された。